第15話 風の吹く丘 壱

文字数 2,008文字

 丘の上に、並んで座り空を眺める幼い二人の子供の姿があった。白い簡素な服と透き通る細い金の髪が、風になぶられ柔らかく揺れている。愛らしい顔立ちをしているが、二人とも少年のようだ。並ぶ二つの顔は、鏡に映したように同じだった。

「双子か? 珍しいな」

 同行者のハインズが呟く。鎧を着こみ剣を携えた俺達が歩み寄るのを見て、子供達は怯えた様子を見せた。

「ほら、怖がられてるわよ。大丈夫、安心して。私たちは司祭様に呼ばれて来たの」

 ハインズの相棒マルカが、しゃがみ込み視線を合わせ、女らしく柔らかくほほ笑んで見せると、安心したのか、

「こっちだよ」
「ついてきて」

 俺達を案内すると言い、二人手を繋いで駆け出した。


 大地の神々の教会が今回の依頼主だ。古くからこの土地々々で崇められる小神を合祀している。幻夢郷はカダスの宮殿で宴に耽る大地の神々は、イホウンデーやツァトゥグァと比べ、顕現することは極めて稀で、信者にはせいぜい託宣をもたらす程度。それ故今はその勢力と信者を減らし、現世利益を求めるより、理性と悟性を磨く者が集う場となっている。

 キリクとキリコと名乗る幼い双子は、侍従として置くには早すぎるように見える。俺の表情を読んだハインズが呟いた。

「厄介払いの口かもな。双子は獣腹と忌む土地は多い」

 長子ならどちらかを残すものだろうが、揃って教会に送られたのは貧しい農家の口減らしも兼ねてか。

 教会の敷地に入った辺りで、奇妙なものが目に留まった。――服か?
 修道服が無造作に脱ぎ捨てられている。靴も一揃い落ちている所を見ると、洗濯物を落とした訳でもないようだ。服の持ち主は裸でどこへ向かったというのだろう。

 教会の入り口は固く閉ざされていた。扉を叩き来訪を告げるも、中から応じる様子はない。

『人の気配がまるでないわね?』

 マルカに子供達を任せ、ハインズと手分けして教会の周囲を探る。宿舎棟も無人。いつでも剣を抜けるよう身構えつつ、敷地内を捜索する。教会の裏手は墓地。その奥には森が広がっている。木立の影に、動くものの姿を捉えた。

 魔物だ。人を歪めたような形をしている。剥き出しの肉に所々肌の色。一匹じゃない。木立の奥から次々と湧き出してくる。

「アイン! 魔物だ!」

 叫び声に振り向くと、ハインズが肉色の魔物相手に剣を振るっている。
 囲まれた。子供を連れてでは分が悪い。裏口にも鍵が掛けられていたが、扉を押し破り教会の中に踏み込んだ。詰所に使われているらしいその部屋の椅子や戸棚を動かし、扉と窓に手早く防壁を作る。

「ここにも服が……」

 双子を庇うマルカが呟いた。外で見掛けたのと同じように、一揃いの衣服が落ちている。その様子に、俺は強烈な違和感を覚えた。廊下を出た先の、礼拝堂への扉は鍵が掛かっていたが、構わず壊して押し入る。そこに残されていたのは、中身のない修道服の群れだった。

「あの魔物の群れが相手か。どうする? 司祭もいないんじゃ、詳しい話を聞きようもない」

 教会から受けた依頼は、村の近くの森の調査だったが、不運にも、俺達が来るより早く事態が進んでしまったらしい。魔物の棲家の場所や、群れの数の情報を得られぬまま、三人で当たるしかない。仕事が討伐に切り替わった分の報酬の増額は、村長にでも掛け合えばいいが、この双子をどうするか。

「護りが充分か見てくる」

 礼拝堂の中を調べていたハインズが裏口へ向かった。争った形跡もなく、落ちている衣服を眺めているだけでは、魔物に襲われたのかどうかも分からない。確認は済んでいないが、廊下の左手にもう一つ扉があった。司祭の私室だと思われるが、そこの窓も塞いでおくべきだろう。もっとも、この服の主達は、どこも破られた形跡の無い礼拝堂の中で姿を消したようだが。

「ハインズ……遅いわね」

 外から扉を叩く音が続いているが、頑丈な礼拝堂の扉は持ちこたえており、裏口もまだ破られた気配はない。マルカに目顔で頷き礼拝堂を出た俺は、礼拝堂を出てすぐの廊下に、ハインズの衣服だけが残されているのを目にした。違和感の正体に思い当たる。脱いだのではない。着たまま中身がいなくなったのだ。ハインズの着ていた物は、ご丁寧に服の上に鎧を付けた形のままわだかまっている。

『風と縁の深い神が、捧げものを受け取るときの様子みたいね。ハスターの教団あたりと揉めたのかしら?』

 名付けざられしものや歩む死を崇める者の存在は知っている。だが、北の地方ならともかく、この辺りで崇められる神ではないはずだ。

「――ハインズ!!」

 マルカは相棒の消失を知ると言葉を失い、しばし呆然としていたが、取り乱すこともなくすぐに表情を引き締めた。

「これじゃ立て籠もっていても意味がないわね。ここを突破して村へ向かいましょう」
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