第八話

文字数 1,197文字

遺跡の周囲を巡った私は、一ヵ所きりの入口の前に佇んでしばし黙考した。
やはりと言うべきか、大男は襲撃を仕掛けてこない。灯火の準備は無論してあるが、果たして敵の根城に侵入するのが正しいかどうか。
陽はまだ高い。潜ってしまえばどうせ闇なのだから、昼日中から敢えて侵入する必要はないとも言える。しかし白状してしまうと私は待つということが大変苦手だ。師匠の教えにも朝の気は鋭、とある。どのみちここで待っても侵入しても奇襲に備える緊張感は同じなのだ。暗さと狭苦しさはどうにも気に入らないが、私は地下に隠された巨大な墳墓へと足を踏み入れることにした。

松明に火を灯し、入口で十分に目を慣らしてから暗い通路へ歩を進めた。調査済みの地区についてはミノメールや元案内役の話でおおまかな方向の見当がつくが、男がどこに潜んでいるかが不明な以上、あまり意味がない。幸い方向感覚はいい方なので、よほどたちの悪い迷路でもない限りは迷う心配はないだろう。地上とは一転して冷え切った空気の中、松明の小さく爆ぜる音を聞きながら、私は慎重に進んで行った。
遺跡という響きから崩れかかった壁や洞窟のような足場を予想していたのだが、実際に入ってみると表通りの石畳と比べても遜色のない床や壁面が残っていた。粒の細かい砂漠の砂に埋もれながら、その侵入を許さなかった緻密な建築の技が見て取れた。職人の技という奴が好きな私は頬が緩むのを感じたが、同じ技術が罠の開発設置にも使われていると考えると笑えないものがある。
短い(きざはし)を何度か降りて、扉の並んだ通路に出た。案内役たちの話によればここは昔の墓守り達の居住区だそうだ。狂っているとはいえ、大男にとっても住みやすい空間と考えていいだろう。
灯りを床に近づけてみると、そう古くない足跡が堆積した埃の上にいくつも残されていた。入り乱れる足跡の大部分は、常人と比べて桁外れに大きい素足の形をしている。目指す狂戦士のものと見て間違いない。私は油断せず扉を開けていった。

地下墳墓の静寂というのは絶対的だ。自らの鼓動はもとより、瞬きや筋の伸縮するまで聞き取れる気がする。それなのに、大男が立てたと思われる物音は一切聞こえてこない。最初は一室調べる毎に息を詰めていた私も、途中から次第に馬鹿らしくなってきた。どの部屋にも多かれ少なかれ男が出入りした痕跡があることから、凶漢が(ねぐら)を定めていないことが分かった。これで足跡を見るたびに緊張していたのでは、戦う前に草臥(くたび)れ果ててしまう。一度だけごく至近距離で何者かの気配を感じたような気がしたのだが、結局は張り詰めた神経による思い過ごしだったようだ。
私は呼吸を整えると、行商にもらった首飾りを指で確かめた。宝石というよりは玉に近い手触りが心地良かった。ふと艶やかなミノメールの肌を思い出しながら、私は次の間へ探索を進める。
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