契約と言う名の制約
文字数 5,298文字
胸が熱い。光が眩しい。これが異端の力なのか。……ん?? ……え?
「あれ? ラハルさん、何をやってるんで??」
そこには、俺の胸に手を翳したラハルの姿があった。
いや、それなら別に構わない。ただ、彼のソレは全く違う。違うからこそ聞くしかなかった。
「え? 能力開花を……」
「いやいや、そんな目を点にされても……。下の光は、懐中電灯ですよね? それと、俺の胸に当てがってるのは何ですかね??」
「あは……あははは、ちょっとねっ」
──ちょっとねじゃねぇよ!!
俺は神々しいと思った事に後悔しつつ溜息をついた。
その悪びれない素晴らしい笑顔は神でも引っぱたきたくなる。
「いや、ほら。別に開花は無演出なんだけどさ? 演出あった方が気持ち高ぶると思って毎回やってるんだ。────やってあげてるんだッ!!」
毎回やってるのかよ……。つか、恩着せがましいな。誰も頼んですら居ないだろーがよ……。
「で、その手に持ってるのは何なので?」
「ぁあ、これ? これは、冬を越すための暖房石だよ。今は丁度、冬場だしねっ」
手のひらに転がったのは、若干赤く光る小さい石ころ。それに、俺の元世界は確か春口。なるほど……、やはり違いはあると言う事か。通りでスウェットでも過ごしやすい訳だ。
だけど、
「冬場なのに、雪は降らないの??」
「今は……そうだね、降らないんじゃなくて、降らなくなった、が、正解かな」
きっとそれは、堕神が影響しているのだろう。
この廃れた荒野も、見る限り枯渇した木々も、全てが全て、とは言わない。いや、俺が住んでいた元世界。その都会を見ているからこそ言う事は出来ないが、それでも幾らかは関わりがあるに違いない。
なら、今の俺にはどんな言葉をかけることが出来るのだろうか。
今の俺には、この切ない表情を浮かべるラハルを慰める事が出来るのだろうか。
そう問い詰めた時、出た解は“否”。俺は異国者であり、本質は人である。となれば、彼の気持ちをわかる事は出来ない。彼の悲しみの視点はあまりにも広過ぎてしまう。広大で壮大で、それ故に理解し難く、乾いた風のような声に潤いを与える事は出来はしない。
俺は、話を切り替える事が無難な逃げ道だと行き着き、
「そう言えば、俺の職は何になったの?? やっぱり剣士とか??」
「ん?? ぁあ、真道陸君。君は、猛獣使い『ビースト・テイマー』だね」
──ん?? 今、何っつった??
「えっと……はい?」
再び聞き直すしか出来ない俺は、一体どんな表情だっただろうか。信じ難い発言に、キョドり面白い顔だったのだろうか。ラハルはそんな俺の瞳を見つめ、何食わぬ顔で、
「だから、猛獣使いだよ? 凄い事だよ? 中々居ないんだよ? 珍しいんだよ?!」
いやいや、そう言う事じゃなくて、
「確か、猛獣使いッて動物を使役して戦う。とか言うアレですよね……?」
「そうそう! なら話は早いねッ!」
「早くねぇよ!!」
それだけは勘弁してくれ。本当に動物は苦手なんだよ。なんたって、それに選ばれた。
「そんなに眉を顰めて、嫌そうな顔しなくても……。猛獣使いは珍しいんだよ?」
「いや、そう言う事じゃなくて、違う職出来ませんかね??」
「それは出来ない。さっきも言った通り、その人にはその人の才能、才覚がある。それが、それこそが天性の授かり物」
言い返せない歯痒さと、さっき認めてしまった軽さが後悔という波で押し寄せる。
「んー。とりあえず、職について説明しようかねっ? 職は五つに分かれてるんだ。とは言っても、大体が“剣士・魔術師・武道家”の三種職に当てられるんだけど……って、脱帽しきった顔だけど大丈夫?? 口ぐらい閉ざしなよ、マヌケ面だよ流石にッ……ぷ」
──人が真面目に末恐ろしいと思っているのに、この神様はっ!!
「と、とりあえず、じゃあ説明してくれるかな」
俺は嫌々に、投げやり気味に口にした。
それもそうだ、だって俺、確実に詰んだでしょ。
動物が苦手で、関わりを持たないまま数十年。それを、これから動物、しかも猛獣と共にとか巫山戯てるッ……。
「ん? そう?? なら話すねッ。剣士と言うのは能力向上が全てにおいて平均に上がる。武道家と言うのは、知能は低いが打たれ強さと反射神経に長け。魔術師は、知能が高いが打たれ弱いんだ。だけど、機転が利く分。戦闘では策略家になるのが大いんだよね」
「じゃ、この中だと剣士が最弱職なの??」
すると、ラハルは瞼を閉じ、口角を上げると“ちっちっち”と舌を鳴らしながら、
「違うよ? “万能職”なんだよ。平均してる分、魔術も使える。反射神経もあるし打たれ弱くもない。本職には劣るけど」
──なんだよ、その主人公的な職。そっちの方が良かったじゃんか……。
俺は項垂れずには居られなかった。
ラハルはそんな俺の機嫌わ、取るかのように両肩を手で叩き掴むとニッコリと微笑みながら、
「残る二職は、中々現れない珍しい職なんだよ!」
──そりゃ、そーだろーよ。
だって、猛獣使い、もとい調教師だろ。
聞くからに冴えない職業だ。
「真道陸君の職である猛獣使い。もう一つが“傀儡士”まぁ“召喚士”とも呼ぶかな」
「傀儡士??」
何その聞くからに強そうな感じ。
「ま、説明するから聞いててね。猛獣使いは、全パラメータが平均よりも下なん」
「いやぁぁぁぁぁあ!! 低いとか、そりゃ確かに元の世界でもそんな感じだったけどさ……! せめて、異世界ぐらい希望持たせてくれてもさ!」
「お前さんも忙しい奴だな……。とりあえず話を聞きなさいよ……。その代わりに、第六感“悟り”の目を持つ事が出来き、心に語りかける事が出来たりもする。このお陰で動物の気持ちも分かったり出来るんだ。それ故に猛獣使いになれる。上手く使いこなせれば、魔族だって手懐ける事も可能。
次は傀儡士。これもまた特殊で、自然から具現化した物を造り上げる事が出来る。例えば、土から巨大な土偶を造ったり。水から水龍を造ったりとね」
俺は思った。傀儡士ズルイ、完璧なチートじゃん。
いやまて、俺はチート能力は要らないとは言った。言ったけれど、やっぱり猛獣使いはキツイものがある。
「……うーん、そんな溜息吐いて。なんで猛獣使いをそこまで嫌がるの?」
何故だと理由を聞かれても困る。寧ろ俺が知りたいと思っている程だ。
このせいで、どれだけ揶揄われ、馬鹿にされてきたか。思い出すだけで拳に力が入るよ、まったく。
だが、それでも覚悟は決めなきゃいけない。
この世界で生きる為にも、
「その理由が分かれば克服のしようだってあるさ」
「──なる程ね? フムフム。じゃあ、そこら辺は良しとして、お前さんには俺からプレゼントをしよう!」
高らかに声を上げ、ラハルが指をさす方向を見ると二匹居るのが分かる。
ってか、
「用意周到すぎない?? もしかして最初から分かってた?」
「知らないッ」
まったく目を合わせない。コイツ確実に確信犯だよな。と言うか、シエラと通じてるなら俺が動物苦手なことだって知ってたはずだ。
──惚けやがって!!
「じゃあ左から。あの檻に入ってるドラゴンは、エンシェント・ドラゴンの子供。檻の上に止まっているのが、風の加護を受けし鳥、セイレーンの子供。んで、大分離れて居るのが」
──え? 二匹じゃないの? って、本当だ。
むっちゃ遠くに居るじゃん。
「スノーウルフの子供。さあ、選びたまえ!」
両手を空に仰ぎながら、ラハルは、さながらプロローグのナレーションの様な対応を取る。
が、
「あの、ちょっと質問いいかな??」
「あ、どうぞっ?」
「あの、檻に入った赤いドラゴンは何で、中に居るのに首を鎖で繋がれて、口も塞がれてるの? と言うか、なんでガチャガチャやってんの?」
「えっと、逃げないように?」
「嘘つくな!」
「あははは、ですよね。ほら、ドラゴンて太古の生き物じゃん? その分プライドが高くて血の気、ようは血気盛んなわけよ。だから、ああでもしなきゃ豪炎に包まれちゃうのよ」
なら何で、そんな危険極まりない生き物を連れてきた。俺が扱える訳ないだろ。
それに怖いし強い『こわ』よ、トカゲ特有の鋭い瞳。
当然、
「却下です」
「じゃあ、セイレーンは? 人懐っこいし、忠義深い! それに! 女の子だよ? 女の子!」
何で女の子を強調した? あからさまに俺が女っ気無いような言い方だな。──ッハ!!
くっそ、絶対シエラのヤツだな。
こんな嬉しそうな表情しやがって。いくら女っ気ないからって、人じゃない女に目がいったら、それこそどうしようもないだろ。
それに、人懐っこいのが困る。
無理に戯れに来られても辛いし。
正直、カッコよさで言うなら二匹とも申し分ない。セイレーンも、極彩色で鋭い嘴に鋭い爪。成長したら、きっと、もっとカッコよくなるだろう。それに強さでもだ。しかし、俺には荷が重すぎる。
「あのむっちゃ離れてるのは?」
「あれは親とはぐれて、さ迷っていた所を拾ったんだよね。何故だか、人を拒むんだよ」
──拒む……か。
それは、何処と無く俺に似ていた。
そして、都合良くもあった。人見知りならば、接する機会も少ない筈。
そして、自分の技量を磨けば猛獣使いでなくとも、偽剣士みたいにはなれる。俺は自問自答を終え、
「じゃー、スノーウルフの子供にするわ」
「本当に良いんだね?? これは君の、真道陸の一生のパートナーになるんだよ?」
「一生??」
「ぁあ、正真正銘の一生だ。猛獣使いとして磨きをかけ他の生き物を使役しても、お前さんが死んでも死なずに野生に帰る。寧ろ、長時間、使役するのも困難だろう。しかし、心、即ち命で繋がるスノーウルフは、お前さんが命を落としたと同時に命を落とす。それは、一心同体って奴だな。だから責任があるんだ。一人じゃなく、他にも護るべき物が居ると言う事を肝に銘じて置くのが大事さ」
ラハルは決まり事を当たり前のように口にしたに違いない。その何一つ崩さない表情で淡々と説明したのが何よりもの証拠だろう。
しかし……しかしなんだ? このモヤモヤは。
一心同体? 俺が死んだら一生に死ぬ?? 駄目だ吐きそうだ……。
この喉につっかえた気持ちの悪い異物はなんだ? 俺に何を言わそうとしているんだ?
「ちょっ、大丈夫か? 蒼白してるぞ?」
「ごめん、大丈夫。構わない、スノーウルフに決めた」
「そうかい?? ──じゃあ、手を貸して?」
俺は言われるがまま、差し出してきた逞しい手を掴む。
ラハルはもう一方の手をスノーウルフに翳す。
一体何をするのだろうか。
「目を瞑って、呼吸を落ち着かせて、精神統一をして」
「分かった」
「──じゃ、行くよ? 多少苦しいかもしれないけど我慢してね」
「苦しい? 一体なに────グッ……」
──イタい!! イタすぎる!!
脳みそを直接掴まれてるような激しい痛みが全身を襲う。神経は痺れ、膝は笑い、握った手は力が入らない。
苦しいとか、そんな事、比じゃない!!
今まで感じた事すらない痛みが襲い続ける。
「──くぅ……ォーん……」
意識すら朦朧とし始めた中、少し遠くから高い遠吠え……いや、苦しそうな鳴き声が聞こえる。
そうか、俺が痛みを感じているって事は使役相手のスノーウルフも同じ苦しみを……。
泣き言なんて言ってられない。俺の勝手で、苦しめているのだとしたら、そんな事許されない。
俺は、深く息を吸い込み吐き出しながら精神を保つように努力した。
──これは、なんだ?? 意識? いや、記憶が頭の中に……。この記憶は──アイツの??
「……よしっ!! 瞼を開いていいよ!」
その記憶に全てを集中し見ていた中。どれくらいたったのか、ラハルは唐突に明るい声で伝える。
俺は、力を入れすぎ、若干痙攣した瞼ををゆっくり開いた。
再び深い息を吐き出すと、ラハルは満遍な笑顔で顔を近づけ、
「これでお前さん達は、完璧に心でリンクした」
「リンク?? 通りで……」
「お? なんか思い当たる節があったのかな?」
「あったと言うか、“見た”アイツの過去ってやつをね」
俺は、フと乾いた風に淡青色をした毛並みを揺らしながら座る小さい体を視野に入れた。
何となく目があったソイツは何かを俺に言っているかのように青い瞳を合わせる。
一体、アイツは何を感じたのだろうか。
俺が動物嫌いだと言う事も知ったはずだ。けれど、それも良いのかもしれない。
それを早めに知っておけば、尚のこと俺とは深い関係になったりしないだろう。
「そうかそうか、俺には見る事が出来ない。それは、真道陸君にしか分からない事さ。その記憶は大事にしなきゃだめだよ」
黙って頷くとラハルは、手を大きく鳴らす。
それは、いつの間にか薄暗くなった場所に良く響いた。
きっと、冬場と言う事もあり空気が澄んでいるのも相まってなのだろう。
「次は、この大陸“エルドラード”について話をしたいんだけれど、夜になってきたし。また今度にしようか」
──まて、それ今度にしちゃダメな奴なんじゃ?
「冗談だよ、そんな不安そうな表情をしなさんなっ! ──じゃあ話そう。この大陸にある五つの柱について……」
俺は舌を鳴らし、ラハルの真剣な表情を見ながら耳を傾けた。