第6話 風紀が乱れます

文字数 1,916文字

 近江キアラを逃したのは失敗したな、と佐原メダカは思った。

 思ったので、キアラに出会った次の日、メダカは学園内を探索してキアラを見つけ出すことにした。

 朝早く学園に来て、高等部の学舎をうろちょろする。学生服の襟のカラーは、何年生のものだったろうか。覚えてない。

「覚えてない、なんてことがあるのかな?」

 不思議に思ったメダカだったが、あまり気にしないようにした。そのアバウトさは、朽葉コノコの影響を受けているからなのかもしれないな、と結論づけた。

 

「なに朝からうろちょろしているのですか、佐原メダカ。目隠し前髪が闊歩していたら、正直邪魔ですわ。風紀が乱れます!」

「いや、乱れないでしょ。なんでわたしが歩いているだけで風紀が乱れるのよ、金糸雀ラズリ」

「呼び捨てにしないでくれるかしら」

 風紀委員の金糸雀ラズリは腰に手を当て、胸を張ってこちらを睨んでいる。朝からご苦労なことだ。

「ラズリはコノコ姉さんのこと、好きだったわよね」

「お姉さまの名前をみだりに出すのはやめていただけないかしら!」

「注文の多いことで」

 歯を食いしばった金糸雀ラズリは、朝の服装チェックでスカートの丈を測るスチール製の巻き尺の入った丸いケースをポケットから出した。

 丸まった巻き尺を引っ張り出す。

長く伸びたスチールの巻き尺を、ラズリはリノリウムに打ち付けてから、鞭のような状態にして、構えた。

「コノコお姉さまのことが好きなのは内緒なのに。ぐぎぎぎぎ。許せませんわ。巻き尺で亡き者にしてやりますわ」

「いや、涙子さんとコノコ姉さんに関して、違う生徒のことを聞こうとしただけでおかしいことひとつもないんだけど?」

 床に勢いよく叩きつけられるスチール製の巻き尺。

「それ、怪我じゃすまないよね?」

「いいですか、前髪オンナ。あなたを葬り去るのが学園の風紀を守るのに必要だとわたしは断じました。排除しますわ」

「え? なに、それ? どういうロジックでそうなるの?」

「うるさぁぁあああぁぁあいッッッ」

 敵前逃亡やむなし。くるりと回転し、後方へダッシュするメダカ。これじゃ近江キアラのことを聞けないや、と思う。

 後ろからラズリの声が届く。

「わたしの〈ディスオーダー〉は、物理・武器使いの一種〈サブスタンス・フェティッシュ〉。そう簡単に逃げられると思ったら、そうはいきませんわ」

 弓矢か槍のように巻き尺が飛んできて、メダカの頬を攻撃がかする。メダカの頬から一筋、血が滴る。巻き尺はまたラズリの手元に戻っていく。

「なにそれ。ヨーヨーみたい」

「ちがいますわよ! あー、頭にきたッ。ディスオーダー能力の〈潜在者〉とはいえ、お姉さまに近づきすぎです、佐原メダカ!」

 また繰り出される巻き尺飛ばし。

「コノコ姉さんから頭を離しなさいよ、バカ」

 横に避けるメダカだったが、ラズリは巻き尺を手元でコントロールして、メダカの身体に包帯のようにぐるぐる巻きつかせる。

「巻き尺が縄のように? なにこれ?」

「足元にも、ですわ!」

 ラズリがもう一本巻き尺を出して、両方の足をぐるぐる巻きにした。

 メダカは縛られて、バランスを崩して倒れる。

「ふふ。煮ても焼いてもよろしくて?」

「うぅ、校舎内を歩いてただけじゃない。なんでこんなことに。……あのさ、金糸雀ラズリ。あんた、近江キアラって娘、知らない?」

「近江……キアラ?」

「知らないならいいんだけど」

「知ってますわ。なう」

「なう?」

「今朝、風紀委員会に拘束されたばかりでしてよ。ほんの五分前ぐらいに」

「拘束?」

「ええ。あなたも拘束されたのですから、お会いできてよ?」

 わらわらと集まってくる風紀委員。集まると、メダカの身体のあちこちを掴む。

「ちょっと! 離しなさいよ! 何人もの腕がわたしの身体をまさぐる! えっちなまんがみたいな展開でしょ、これ! いやああああぁぁぁああぁ」

「創造力たくましいこと。身体を掴んでもいやらしいことはしません! 連れていきなさい。生徒指導室へ」

「ちょっと! おしりとか触ってるわよ、こいつら! ほんと許さない! たーいへんなことされるうううぅぅぅ」

 芋虫のようにじたばた動くメダカだったが、放してくれる気配はない。

 メダカの身体を掴んだ風紀委員たちはメダカを持ち上げて、生徒指導室へと運んでいった。

「阿呆につける薬はないというけど、実際は、ありますわよね」

 ミッションコンプリート、と金糸雀ラズリは舌なめずりして、手の指を鳴らした。
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登場人物紹介

佐原メダカ(さはらめだか)

 朽葉珈琲店で働く元気いっぱいの女の子。

朽葉コノコ(くちはこのこ)

 朽葉珈琲店の一人娘。飄々とした性格。

空美野涙子(そらみのるいこ)

 私立空美野学園の生徒会副会長。ちょっと粗暴な性格。

金糸雀ラズリ(かなりあらずり)

 学園の風紀委員。コノコのことが好き。コノコを「お姉さま」と呼ぶ。

近江キアラ(おうみきあら)

 涙子と付き合っているというのだが?

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