第九十五話

文字数 5,748文字

/*** カズト・ツクモ Side ***/

 湖が近づいてきた。
 ここまで来て、俺や3人にもはっきりと匂いが解る。

「姫様」

 フラビアとリカルダの、シロを呼ぶときの呼び方が安定しない。
 ”姫様”と呼ぶときと、”シロ”と呼ぶときと、”シロ様”と呼ぶときがある。シロは、”私の名前はシロだから、シロと呼ぶように”と言っている。多分、姫様かシロ様になりそうな雰囲気がある。

「リカルダ?これは・・・」
「間違いないでしょう」
「どうした?」

 シロもリカルダもフラビアも気がついているようだ。
 聖騎士の儀式かなにかだろう。

「カズト様。すまないが少し離れた所で止まってもらえないか?」
「それはいいが手遅れにならないか?」
「・・・」
「ツクモ様。すでに・・・」

 そういう事か・・・。
 集落は壊滅しているという事だな。

『カイ。ウミ集落が見下ろせる場所はあるか?』
『主様。近くにはありません』
『わかった。入り口が見える位置で止まってくれ。ウミもわかったな』
『かしこまりました』『うん!』

 集落の入り口だと思われる場所が見えてきた。
 そこは異様な雰囲気が漂っていた。

 やつらの所業は俺の予想を遥かに上回っていた。快楽の為に人を殺す。見せしめの為に殺す。自分を守るために殺す。家族を守るために殺す。俺は、今回は集落の少ない富を搾り取るための”見せしめ”だと思っていた。それか、宗教的な事が絡んで、”アトフィア教”以外の者を殺しているのだと思っていた。
 目の前で展開されているのは、どう考えてもそれではない。

「なぁシロ。フラビアでも、リカルダでもいい。俺に教えてくれないか?俺は、今夢を見ているのか?だとしたら、納得もできるし、理解出来ない俺がおかしいとは思えない。なぁ俺は今寝ているよな?この肉を焼いたかのような匂いや、血の匂い。目に見えている事。全部夢なのだろう?」
「・・・」「・・・」「・・・」

「なぁなんとか言ってくれよ。俺は自分が抑えられなくなりそうだ」
「カズト様」

 シロが後ろから俺を強く抱きしめる。

「カズト様。カズト様」
「なんだ。シロ。教えてくれるのか?」
「・・・はい。私が話したあとで、それで納得できなければ・・・腰にある剣を私にお使い下さい」
「わかった。話してみろ」
「・・・はい」

「カズト様。あれは、赦しの儀式です」
「赦し?」
「はい。アトフィア教では、神に許されれば生き返ると教えられています。そのために、罪を犯した者は、神の前に赴き罪を告白して”赦し”を得るのです。それを・・・」
「胸のシンボルは?」
「神の前で、アトフィア教であることを証明するためです」

 だから、全員全裸の上、胸にアトフィア教のシンボルが”焼印”で押されているのか。

「あの格好は?」
「神の前に出るときの最上位の祈りの形です」
「あれがか?」
「・・・はい」

 頭おかしいよな?
 ひざまずいて、後ろに身体を反って、両手を地面に付ける。足を開いて安定させているとはいえ、上を見上げている格好になる。胸のシンボルがよく見えるようにするのと、屈辱感を与えるためか?

「教皇や枢機卿はやらないよな?一般信者だけだろう?」
「・・・はい。そう教えられています」

 やはりな。
 どこまでも腐ってやがる。

「なぁシロ。神の前に行くという事は、既に殺されているとおもっていいよな?」
「・・・はい」
「見た感じ外傷は無いのだけど?スキルか?」
「いえ、スキルは神に与えられた奇跡ですので、罪人に使う事はありません。ですので、通常は毒物を飲ませる事になります」
「ふぅ・・・あの格好は、自分からなるのか?」

「本来はそうです」
「そうか、本来は・・・か・・・」
「はい」

 集落の大きさから30名ほどだろう・・・目の前に展開されている儀式の犠牲者は、31名。集落全員が死んでいると思って良さそうだな。子供を逃がすために・・・なのか・・・それとも、親が・・・。

「なぁシロ」
「はい」
「あの集落に居る。クズはどのくらいの地位だと思う?」
「・・・最低でも、司祭だと・・・枢機卿は来ていないので、司祭だと思います」

「司祭の定義は?」
「定義とは?」
「そうだな。役割でもいいし、権限でもいい」

「ツクモ様」
「フラビアか?なんだ?」
「司祭に関しては、私からお話してよろしいですか?」
「あぁ頼む」

 シロが俺を抱きしめる力が強まる。

「司祭は、神から指名されます」
「神?神託じゃなくてか?」
「あっいえ、神託ですが、アトフィア教では、神託と神の言葉はイコールです」

 そうか、神託の形では都合が悪い事実があるのだな。

「そうか、わかった。それで?」
「はい。司祭は、アトフィア教の中では、教皇直轄になり、権限は”祭事”に関しては、枢機卿を上回ります」
「・・・そうか」
「はい。司祭は、神の声を伝える事ができる者ですので、神の声を聞くことができない枢機卿よりも、祭事では上になります。しかし、教会内の決めごとは枢機卿が決めます」
「なぜだ?神の声が聞こえる者が担当したほうがいいのではないか?」
「そうなのですが、枢機卿は信者からの推薦が必要です」
「ようするに、枢機卿は信者獲得などで教会に貢献した者であり教会のあり方や方向性を決める者たちで、司祭は神の代弁者であり教皇の代弁者だという事だな」

「・・・はい。ですので、総本山の中では枢機卿の権力が上ですが、総本山以外の場所では、司祭の権限が上回る事になります」
「そうか、その両方の上に立つのは教皇という事になるのだな?」
「はい。しかし・・・」
「なんだ?」

「フラビア。その後は、私がカズト様に説明します」
「シロ」
「はい。ほとんどすべての枢機卿は、枢機卿選出後に教皇から任命されるのですが、その時に”神の声”を聞きます。そして、司祭にも任命されるのが通例です」
「茶番だな」
「・・・はい」
「それで?」
「父は、それを拒んだのです。神の声なぞ聞こえないと・・・それが、粛清の最大の理由になりました。私は、父にそう教えられました」
「それで?」
「父は、”神の声なぞ無い。歴代教皇が言っているだけだ。教皇が持つ、アーティファクトでそれ(茶番)が行われているのだ”と言っていました」
「あぁスキル念話のアーティファクトか?」
「・・・わかりません。あと・・・カズト様。カズト様は、カイ殿やウミ殿やライ殿と話ができるとおっしゃっていますが間違いないですか?」
「あぁできるぞ?」
「それは、念話ですか?」
「あぁ固有スキル念話だな」

「すみません。話がそれてしまいますが、固有スキル念話を、私やフラビアやリカルダに使う事はできますか?」
「どうだろう?できると思うぞ?」
「やってみてもらえませんか?」

 なぜか、身体を離して、カイから降りた。
 俺の前にひざまずいて手を握って祈りのポーズのような格好になる。

 フラビアとリカルダも同じ様な格好になる。

 不思議に思いながら、念話を発動して、シロに話しかける。

『シロ。フラビア。リカルダ。聞こえたら、上を向け』

 3人が、手を握ったまま上を向いた。
 シロにいたっては、大きく開かれた目からは、大粒の涙が流れている。

「カズト様・・・ありがとうございます」
「わかった。わかったから、涙を拭いてくれ、フラビアどういう事だ?」

 フラビアの方を見る。程度の差こそあれフラビアも同じ様な状態だ。リカルダも同じだ。

 俺としては、儀式の真意を確認したかった事もあるが、それ以上に司祭が居たときに、どうすれば1番苦しみながら死ぬのかを知りたかっただけなのだ。

「ツクモ様。我ら、アトフィア教の聖騎士は、司祭に次ぐ地位に居ます」
「それで?なんで、シロが大粒の涙を流さなければならない?」
「はい。それは・・・」

「フラビア・・・私が話す。カズト様。申し訳ありません」
「いや、いい。それで?」

 シロは涙を拭いたが、跪いた格好のままだ。

「私たち聖騎士は、騎士や教兵の中から、神の声を聞いた者や、神の声を聞くことができる者が選別されます」

 見えてきた。

「そうか、それで司祭に次ぐ地位なのだな」
「はい。地位は司祭の次なのですが、命令は枢機卿から出されます。枢機卿配下の組織になります」

 そうか、祭事を司る司祭に対抗する為に枢機卿が作った組織が聖騎士なのだな。

「”神の声を聞くことができる者”だと誰にでも可能性があるのではないか?」
「はい。神の声を聞くことができると選別するのは、教皇です。教皇が選別して、準聖騎士になり聖騎士の従者になります。そこで、修行をして神の声が聞こえてくるのを待ちます」

 それで、聖騎士の中には選民意識が芽生えるのだな。
 修行と称して準聖騎士をいじめる図式の出来上がりなのだろうな。シロやフラビアやリカルダが歪まなかったのは、教皇という後ろ盾があった事や、父親の影響も有るのだろう。
 今回の遠征が枢機卿から出されたのだとしたら、厄介払いされたのだろう。上手く行けば、ロングケープ街の教会付きの聖騎士にするつもりだったのではないか?見た目上栄転になるし、失敗したら・・・考える必要はないだろうな。

「そうか・・・フラビアとリカルダは、準聖騎士なのか?」
「いえ違います。私が、聖騎士になったときには私付きの準聖騎士でしたが、この遠征前に神の声を聞いて、聖騎士になっています」
「そうか・・・スキル念話なんてありふれた物だろう?ペネム街なら結構な奴らが使える・・・そうか・・・固有スキルになっている者は多くないな」

 ナーシャが念話持ちだったが、だからこそ、巫女にされそうになったのだったな。
 多かったら、巫女に選出されるような事は無いのだろう。

「カズト様。それに、アトフィア教では、スキル念話は、獣人から産まれたスキルで、忌避すべき対象です」

 と、いう設定で、一般の信者や聖騎士や司祭がスキル念話を使わないように教えているのだな。
 多分・・・そうなると・・・

「シロ。スキル眷属やスキル呼子。スキル変体やスキル影移動、スキル操作なんかも忌避されるスキルじゃないのか?」
「・・・そうです。でも、なぜ?」
「なんとなくだな。それよりも、さっきの念話で、”神の声”がわかってしまったのだな」
「はい。スキルカードの念話はためした事がありますが、スキルカードの念話ではお互いにスキル念話を発動しないと声を聞くことができませんでした。それで、私が発動していない状況でも聞こえたので、”神の声”を疑いもしませんでした。でも、今私はスキルを発動していないのに、カズト様の声が聞こえました」

 なんか、違うな。今度実験してみるか?
 スキル念話は片方が発動すれば”会話”ができたはずだぞ?本当にそうなるのか?もしかしたら、スキル念話のカードには仕掛けは難しいかも知れないが、なにかあるのかも知れない。

 話を戻しておこう。

「わかった。それで、集落の中には、司祭が居るという事で間違いなさそうだな」
「はい。何人かの司祭が討伐隊と一緒に来ています」
「そうか・・・シロ。俺が、司祭を殺した場合に、アトフィア教からの抗議が届くと思うか?」
「・・・」
「そうか、そもそも、俺だってわからなければいいわけだな」
「・・・はい」
「もう一つ・・・司祭は、復活を本当に信じていると思うか?」
「っ!わか・・・りません」

 まぁそういうしか無いよな。

「シロ、フラビア、リカルダ。俺は、集落の中に居る奴らを許すことができそうにない。先程逃げてきた男児と女児の事もある。1人として生かしておく事ができそうにない。どうしたらいい?」

 神の名で行われた惨劇。逃げ出した男児と女児はまだ目を覚まさない。

 3人を見つめる。多分、全力を出さなくても、集落に居る奴らを制圧できる。

「ツクモ様。シロ様と私とフラビアに任せていただけないでしょうか?」
「ん?」
「カズト様。私からもお願いいたします。奴らを許せない気持ちが・・・。私たちの手で始末を付けさせて・・・お願いします」

 3人の悲痛な表情で俺を見つめる。
 確かに、幕引きとしては、3人に任せたほうがいいだろう。

「わかった。3つの約束が守られるのならおまえたちに任そう」
「ありがとうございます」
「一つ、お前たち3人は、アトフィア教の聖騎士ではなく、ペネム街の人間で対処する事」
「しか・・・し」「姫様。ツクモ様のお話に従いましょう」
「わかりました。あと二つは?」
「一つ、司祭がトップだと思うけど、司祭は生きて捕まえる事」
「それは約束します」
「一つ、お前たち3人は怪我を絶対にしないこと、身体だけではなく心もだ」
「・・・」
「どうした?約束できないのなら、俺が行く」
「カズト様。我ら、1人として傷つかないことを約束いたします」
「心もだぞ」
「もちろんです」
「わかった、それなら任せる。そうだ、スキルカードを持っていけ、好きなだけとは言えないけど、かなりの枚数は持っている、全部使い切っても問題ないからな」

 俺が持っているスキルカードを全部渡した。
 何があるか覚えていないが、勝手にやってくれるだろうと思っている。

「はい」
「わかった。3人に任せる」

 3人は剣を携えて集落に向けて歩いていく。
 葬送なのだろうか、晒されている遺体の体勢を戻している。祈りの言葉だろうか何かをつぶやいている。一体一体だ。

 それに気がついた集落を占拠していた聖騎士たちが出てくるが、あれでは相手にならない。
 シロが祈りを捧げて、フラビアとリカルダが現れた聖騎士たちを倒している。確実にとどめを入れている。

 足元がフラフラの聖騎士なぞ、シロたちの相手にならない。容赦なく殺していく。
 出てきた聖騎士を倒した後で、集落の中に3人が消えていった
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