嘘も方便 一
文字数 2,651文字
七月四日
「それでは、前日の株価指数の終値を見ていきましょう」
アナウンサーのその言葉で、私――宵村維純はテレビを見た。株価に特別興味があるわけではない。しかし、今までは雑音として聞いていたこれらの情報に、近頃は耳を傾けるようになっていた。まあ、優里香の影響だろう。
この他にも、四月に除霊師のバイトを始めて以来、変わった事が色々ある。同じ世界を視る、友人が出来た。自分と同じ思いをする人間が、身近なところにもいる事が分かった。
しかし、私はそれらが無意味なことを知っている。どれだけ日常が変わろうと、残された時間は変わらない。
――維純ちゃんて、何か、人生のモチベーション低いよね。ただ、惰性で生きてるって感じ?――
いつかの鈴の言葉を思い出す。まったく、その通りだ。
学校へ行き、存在するか定かでない未来の為に学ぶ。バイトへ行き、よく知りもしない誰かの為に除霊をする。
そうやって、短い畢生 を惰性に過ごす。
今日もいつも通りに学校へ行き、その後にいつも通りにバイトへ行く。
「最近、一気に除霊の仕事来過ぎじゃありませんか?」
私の隣の後部座席に座る優里香が、車窓の向こうを見ながら言う。
「ちょっと前までは内職内職内職、だったのに」
彼女の言葉に、運転席に座る為辺さんが呆れたように返す。
「しょうがないだろ。霊だって当番制じゃないんだ。それに、夏休みに入ったらもっと増えるぞ。肝試しとか言って危険な場所に行く馬鹿な若者どもの所為でな。全く、盆は本業も忙しいっつーのに・・・」
「夏休みねー。もうそんな時期かー。梅雨明けが遅いからすっかり忘れてたよ。維純もそろそろ夏休み・・・」
優里香はそこまで言って一瞬言葉を止め、一際大きい声を出した。
「ってか、そろそろ期末テストの時期じゃない!?なんかフツーにバイト来てるけど!」
「ああ、ちょうど今テスト期間中だよ。今週の木曜から来週の火曜まで。今日もテストしてきた」
今日は土曜日だが、そもそも科峰は土曜授業が当たり前にある為、平日と同じように今日の午前中にもテストがあった。
私がそう正直に伝えると、優里香は愕然とした表情で言った。
「まさかの真っ最中!?え、ちょっと、除霊なんて行ってる場合じゃないでしょ!」
「いいよ別に。高得点狙ってるわけでもないし」
私がそう言うと、優里香が呆れ返ったように大袈裟な溜め息を吐いた。
別にそこまで心配しなくても、宿題は毎回やってるし、休み時間だってやる事がないから勉強している。それだけで毎回平均点はとれるので、その他で特段勉強する必要性は感じない。
しかし、運転席の方からも「余裕ぶっこいてんじゃねえよ雑魚が・・・」と呟く声が聞こえてきた。彼の場合は心配でというよりも妬みで言ってる気もするが。
今日は、除霊で依頼人の家に行くことになっている。なんでも、家に霊が憑いているとの事だ。
14時過ぎに件の家に到着すると、四十代位の女性が迎えて入れてくれた。優しそうな人だが、少し草臥 れた様子に見えた。その女性は、名前を木下さんといった。
「どうも、わざわざお越し頂きありがとうございます」
木下さんは、そう言って畳の部屋に通してくれた。為辺さんと優里香に続き、机に沿って置かれている座布団に腰を下ろす。ちょうど私の目線の先に、
「それでは、早速本題に入らせて頂きます。お電話で聞いた霊障は、視線や物音、声との事でしたが、他には何かありますか?」
その問いに、木下さんが答える。
「はい。それだけです」
「次に、このような現象はいつ頃から起きていましたか?」
「三ヶ月位前からです」
為辺さんはハイペースで質疑をする。それもそうだろう。この家に渦巻く怨念はヤバい。為辺さんが電話で聞いたという霊障の内容は、先刻私も車の中で聞いていたのだが、そこまで危険度の高いものに思えなかったので、正直見縊 っていた。
しかし、この家の外観を見た瞬間、そのような考えは消え失せ、思った。この家に取り憑いているのは、厄介な霊だと。恐らく、為辺さんと優里香も、同様に評価を覆したに違いない。
そして、為辺さんの焦燥感は、きっとそれだけが理由ではない。
「・・・それで、何か心当たりはありますか?」
状況にもよるのだが、そこに足を踏み入れただけで、何の霊がいるのか分かってしまう場合がある。特に、今回はそれが顕著だった。
「実は、ちょうどその現象が起きる少し前に・・・」
私は、伏せていた目をゆっくりと上げる。その目線の先には。
「息子が、亡くなりました」
仏壇の中で微笑んでいる、男の子の写真があった。
「為辺さん、どうするんですか?」
家の中を散策させてもらうとの事で、私と為辺さんは廊下に出ていた。優里香は、万が一に備えて木下さんに付き添っている。
「どうするって、祓うしかないだろ。物音や視線だけで実害がなくても、長い間こんな状態だった所為で、木下さんの精神は弱ってしまっている。それに、この先直接手を出してこないとも限らない」
為辺さんの言葉に、私は首を振る。
「そうじゃなくて。どうやって祓うんですか?・・・木下さんは、ああ言ってましたけど」
そう言うと、為辺さんは僅かに目を伏せる。
為辺さんと私が部屋を出る直前、木下さんが急に立ち上がって言ったのだ。
『あの、祓うというのは、成仏させるという事でいいんですよね?・・・もし万が一、あの子だったら・・・安らかに眠って欲しいんです』
恭しくも必死に、懇願した。恐らく、彼女も霊の正体に気付いているのだろう。
『分かりました。我々にお任せください』
為辺さんはそう躊躇なく答えていた。けれど。
「実際には、どうするつもりなんですか?」
「封印するに決まっているだろう」
為辺さんは先程と同じように、躊躇なく答えた。
「思っていたよりも怨念が強い。怨念の対象が何であるかはまだ定かでは無いが、子どもの霊とはいえ野放しにするのは危険すぎる。・・・時には、優しい嘘が必要な場合だってあるだろ」
分かっている。為辺さんの言っている事は正しいのだ。彼奴等は、人を苛める存在でしかないのだから。
「それでは、前日の株価指数の終値を見ていきましょう」
アナウンサーのその言葉で、私――宵村維純はテレビを見た。株価に特別興味があるわけではない。しかし、今までは雑音として聞いていたこれらの情報に、近頃は耳を傾けるようになっていた。まあ、優里香の影響だろう。
この他にも、四月に除霊師のバイトを始めて以来、変わった事が色々ある。同じ世界を視る、友人が出来た。自分と同じ思いをする人間が、身近なところにもいる事が分かった。
しかし、私はそれらが無意味なことを知っている。どれだけ日常が変わろうと、残された時間は変わらない。
――維純ちゃんて、何か、人生のモチベーション低いよね。ただ、惰性で生きてるって感じ?――
いつかの鈴の言葉を思い出す。まったく、その通りだ。
学校へ行き、存在するか定かでない未来の為に学ぶ。バイトへ行き、よく知りもしない誰かの為に除霊をする。
そうやって、短い
今日もいつも通りに学校へ行き、その後にいつも通りにバイトへ行く。
「最近、一気に除霊の仕事来過ぎじゃありませんか?」
私の隣の後部座席に座る優里香が、車窓の向こうを見ながら言う。
「ちょっと前までは内職内職内職、だったのに」
彼女の言葉に、運転席に座る為辺さんが呆れたように返す。
「しょうがないだろ。霊だって当番制じゃないんだ。それに、夏休みに入ったらもっと増えるぞ。肝試しとか言って危険な場所に行く馬鹿な若者どもの所為でな。全く、盆は本業も忙しいっつーのに・・・」
「夏休みねー。もうそんな時期かー。梅雨明けが遅いからすっかり忘れてたよ。維純もそろそろ夏休み・・・」
優里香はそこまで言って一瞬言葉を止め、一際大きい声を出した。
「ってか、そろそろ期末テストの時期じゃない!?なんかフツーにバイト来てるけど!」
「ああ、ちょうど今テスト期間中だよ。今週の木曜から来週の火曜まで。今日もテストしてきた」
今日は土曜日だが、そもそも科峰は土曜授業が当たり前にある為、平日と同じように今日の午前中にもテストがあった。
私がそう正直に伝えると、優里香は愕然とした表情で言った。
「まさかの真っ最中!?え、ちょっと、除霊なんて行ってる場合じゃないでしょ!」
「いいよ別に。高得点狙ってるわけでもないし」
私がそう言うと、優里香が呆れ返ったように大袈裟な溜め息を吐いた。
別にそこまで心配しなくても、宿題は毎回やってるし、休み時間だってやる事がないから勉強している。それだけで毎回平均点はとれるので、その他で特段勉強する必要性は感じない。
しかし、運転席の方からも「余裕ぶっこいてんじゃねえよ雑魚が・・・」と呟く声が聞こえてきた。彼の場合は心配でというよりも妬みで言ってる気もするが。
今日は、除霊で依頼人の家に行くことになっている。なんでも、家に霊が憑いているとの事だ。
14時過ぎに件の家に到着すると、四十代位の女性が迎えて入れてくれた。優しそうな人だが、少し
「どうも、わざわざお越し頂きありがとうございます」
木下さんは、そう言って畳の部屋に通してくれた。為辺さんと優里香に続き、机に沿って置かれている座布団に腰を下ろす。ちょうど私の目線の先に、
気になるもの
があったのだが、敢えてそちらは見ないように目を伏せる。木下さんが向かい側に座ると、為辺さんが早々に口を開いた。「それでは、早速本題に入らせて頂きます。お電話で聞いた霊障は、視線や物音、声との事でしたが、他には何かありますか?」
その問いに、木下さんが答える。
「はい。それだけです」
「次に、このような現象はいつ頃から起きていましたか?」
「三ヶ月位前からです」
為辺さんはハイペースで質疑をする。それもそうだろう。この家に渦巻く怨念はヤバい。為辺さんが電話で聞いたという霊障の内容は、先刻私も車の中で聞いていたのだが、そこまで危険度の高いものに思えなかったので、正直
しかし、この家の外観を見た瞬間、そのような考えは消え失せ、思った。この家に取り憑いているのは、厄介な霊だと。恐らく、為辺さんと優里香も、同様に評価を覆したに違いない。
そして、為辺さんの焦燥感は、きっとそれだけが理由ではない。
「・・・それで、何か心当たりはありますか?」
状況にもよるのだが、そこに足を踏み入れただけで、何の霊がいるのか分かってしまう場合がある。特に、今回はそれが顕著だった。
「実は、ちょうどその現象が起きる少し前に・・・」
私は、伏せていた目をゆっくりと上げる。その目線の先には。
「息子が、亡くなりました」
仏壇の中で微笑んでいる、男の子の写真があった。
「為辺さん、どうするんですか?」
家の中を散策させてもらうとの事で、私と為辺さんは廊下に出ていた。優里香は、万が一に備えて木下さんに付き添っている。
「どうするって、祓うしかないだろ。物音や視線だけで実害がなくても、長い間こんな状態だった所為で、木下さんの精神は弱ってしまっている。それに、この先直接手を出してこないとも限らない」
為辺さんの言葉に、私は首を振る。
「そうじゃなくて。どうやって祓うんですか?・・・木下さんは、ああ言ってましたけど」
そう言うと、為辺さんは僅かに目を伏せる。
為辺さんと私が部屋を出る直前、木下さんが急に立ち上がって言ったのだ。
『あの、祓うというのは、成仏させるという事でいいんですよね?・・・もし万が一、あの子だったら・・・安らかに眠って欲しいんです』
恭しくも必死に、懇願した。恐らく、彼女も霊の正体に気付いているのだろう。
『分かりました。我々にお任せください』
為辺さんはそう躊躇なく答えていた。けれど。
「実際には、どうするつもりなんですか?」
「封印するに決まっているだろう」
為辺さんは先程と同じように、躊躇なく答えた。
「思っていたよりも怨念が強い。怨念の対象が何であるかはまだ定かでは無いが、子どもの霊とはいえ野放しにするのは危険すぎる。・・・時には、優しい嘘が必要な場合だってあるだろ」
分かっている。為辺さんの言っている事は正しいのだ。彼奴等は、人を苛める存在でしかないのだから。