第一話
文字数 1,528文字
女神様からの質問だった。誰もが今まで、腐るほど耳にしたフレーズだろう。それを俺は小学生の頃から、はぐらかし続けてきた。「お医者さん」と答えたことは、一度も無い。
夢から覚めると、母に呼ばれて、家族全員で朝食を取る。
「今日も、ボケ老人の相手かー」
と父が呟いた。愚痴は延々と続く。内科医である父は、老人が大嫌いだ。時には、収容所を作る話まで発展する。さっさと俺は無言で済ませ、予備校へ自転車で向かう。パチンコ屋に止めると、ゆっくりと階段を上った。初夏だが冷房はまだで、蒸し暑い。教室の机に力なく鞄を置くと、後ろから声を掛けられた。
「夢太郎、誕生日おめでとう!」
俺はようやく、二十歳になったことに気付く。振り向くと、同じく純粋医学部浪人の恵三郎さんだった。長髪で、太っており、趣味の悪い眼鏡をかけている。さらにキムタクを崇拝しており、ファッションも真似ていた。そのアンバランスのせいで、一番女にモテない奴の典型に成り果ててしまっている。年が俺の一つ上ということもあり、指摘ができない。
昼休みに弁当を鞄から出そうとしたら、メールの着信に気付く。高校の同級生の吉田からだ。
「飲もうぜ。総一郎も来る」
吉田は現役で国立医学部に合格したが、バイトと部活に励み、留年をしている。背は低いが、がっしりした体格だ。総一郎も同級生だ。同じく、医師を目指したが浪人してしまう。しかし二箇月で諦めて、文転した。今は経済学部の一年生だ。昔から痩せていたが、浪人時代にはガリガリになっている。最近はマシになったが、百八十センチの身長を、誰も一目では感じないだろう。
激安居酒屋で、吉田は仕事の流儀を語る。俺は素っ気ない返事しかしない。
「そうか。良かったな」
吉田は俺の肩を揉む。
「夢太郎、分かっている? お前のために話しているから」
「え?」
「受験勉強の間に、バイトするといい。騙されたと思ってしてみろよ。社会というものが理解できるから」
「興味ないよ」
「そう言わずに……」
「大学では勉強をしないのかよ?」
「五月蠅いなー。ユメにだけは言われたくねーよ」
「卒業が危ないだろ?」
早々に酔っぱらっていた、総一郎が笑顔で手をこまねく。
「ユメー、もうー。諦めてこっち来いよ!」
吉田は急に満面の笑みを浮かべ、
「おい、総一郎。そういえば、ソープで働いているんだって?」
と話題を変えた。
「ああ、そうだよ。別に女がサービスしてくれる訳ではないけど、裸同然で歩いているぜ」
「おおー」
吉田は手を叩いて、喜んだ。そして、
「お前、そこで働けよ。総一郎はバイトだけど、夢太郎は正社員になれるじゃないか」
と俺の背中も叩く。総一郎は苦笑した。
「いつか僕も正社員になるけどな。将来は社畜だぜー。今のうちに遊ばないとね」
それから延々と、総一郎がつまらない未来を語り始めた。吉田は聞き続けている。俺はひたすら無言で、軟骨唐揚げをつまんだ。テーブルから食べ物が無くなると、俺は無理やり確信をしようとした。
医者になれば、総一郎には勝てる。
一次会が終わると、彼らは俺の分を持ってくれた。二次会に誘われたが、俺は断る。
「おっパブ行こうぜ」
「嫌だよ」
突然後ろから、吉田が俺の胸を揉む。
「少し太ったな」
「やめろ、やめろって」
「童貞を卒業すれば、受かるって」
総一郎が俺の財布を奪った。
「二千円、二千円出せ。残りは持つからよー」
しつこく絡む彼らを振りほどいて、俺は逃げた。自宅に向かっていると、全国チェーンの古本屋がリニューアルオープンしている。
そこで、少し前の不良漫画を立ち読みした。そこには倫理観が完全に吹き飛んだ高校生が、わんさか出てくる。たいして面白くないが、遅くまで読んでいた。