第七話

文字数 1,653文字

 父にもようやく騎士として認められ、これで悩みは解決――とはならず、むしろ最大の難事はそのあとに降りかかってきたのです。
 竜狩りのお役目を果たさず手ぶらで帰還したことが不敬罪にあたるとして、わたしは宮廷に出向くように命じられてしまったのでした。

 使いのものに渡された書面には、戴冠式を間近に控えた長兄カ=レド殿下のサインが記されておりました。
 どうやら貴族たちは宮廷に戻ってきたばかりの王子に取りいって、目ざわりな筆頭騎士を闇に葬りさるおつもりのようです。

 わたしは慌てふためき、父に助言を求めました。
 とくに目下の相手であるカ=レド殿下の、お人柄については重点的に。

「先王に仕える傍ら、私は殿下に剣を指南したこともあったが……なんというか大物ではあったよ。興味のあることにはとことん追求し、逆にそうではないものはすぐに匙を投げたがる。責任感はあったから、一応は教えたとおり最後までやっていたが」
「なるほど。まさに放蕩者といった感じですね」
「この話を聞かれたら、お互い不敬罪で処刑されそうだな。人当たり自体は悪くなかったものの、誰にも心を許さないところがあった。幼いころに母君を亡くし、父も王であるがゆえに親としての務めをおろそかにしていたから、彼は孤独に苛まれていたのかもしれん。実際、先王は病床でそのことを悔いていたよ」

 そして父は嫁ぎにいく娘を見るように、こう言いました。

「まずは向きあってみるといい。騎士であるお前が、剣を捧げるお方なのだから」

 
 ◇


 いざ宮廷におもむき、奥のテラスで待っていたカ=レド殿下と対面したとき、わたしは父の言葉を思いだし、緊張に震えながらもご挨拶したしました。

「お初にお目にかかります、カ=レド殿下。わたくしはフズム王国筆頭騎士の――」
「長い。どうせ断頭台に送るのだから、お前の名前をいちいち覚えようとするわけがなかろう。議会より竜狩りを命じられたにもかかわらず、てぶらで帰ってくるような不忠義者だ。即位に先駆けて見せしめに処罰するのが、新王となる余の務めだ」
「お、待ちください……!! どうか今一度、わたくしに忠義を示す機会を……」

 肝を冷やしたわたしは、父の前で見せた威勢はどこへやら、泣きべそをかきながら懇願します。
 すると暴君さながらのはカ=レド殿下は突然、気さくな笑い声をあげました。
 
「では、どうする。夜空に浮かぶ星々でも集めてくるか。それとも別の山にのぼり、今度こそ山の化身そのもののような、超然とした竜を狩ってくるか。どちらでも好きなほうを選ぶといい」

 わたしはそこでハッとして、目の前にいる殿下のお姿を眺めます。
 冬山の天辺に積もったような、真っ白な髪。
 放蕩者だけあって、どこか野性味のある精悍な顔立ち。
 髭を丹念に剃りあげているからか、三十なかばを過ぎた年齢以上に若々しく見え、少年のように澄んだ翡翠色の瞳が、こちらをまっすぐに見つめています。

「そんな、まさかあなたは……」
「余の顔に虫でもついているのか。それとも見知った男の面影でも見つけたか。今のお前にはなにが視える。ありのままを話してみよ」

 信じられなくて、気が動転していて。
 だから自分の立場も、目の前にいるお方の身分も忘れて、こう言いました。

「わたしには、偏屈な狩人だった男の姿が見えます……」
「よかろう。ならばお前がその狩人を、この国にふさわしい王にしてみせるのだ。さすればこれまでの不敬はすべて免じてやろう」

 そして殿下は再び、高らかに笑いました。
 だからわたしも笑みを浮かべ、こう答えることにいたします。

「はい。あなたがそう望むのであれば、わたしがその道を支えましょう」
「放蕩者に剣を捧げるとは、騎士というのはかくも不毛なものだな。シイよ」

 こうしてわたしは、新たな王となるものの姿を見て、快活な笑い声を聴き、そして竜になろうとしていた男の心を、ようやく識ることができたのです。
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