隙間

文字数 612文字

「君の街に行って散策していたら、ビルとビルの間にさ、細長いドアがあったのよ。」
穏やかな声は紫煙と共に耳に心地よく流れ込んでくる。

久しぶりの喫茶店での雑談中、不気味な、不思議な街の遺構についての話題になった。私が民家の2階の壁に階段のないドアが付いているのが怖い、と話した際のことだ。私は、自分が内側から出てそのまま落ちることに怯えていた。
彼はそれに共感を示しつつ、自分は繁華街の、建物の間の小さい扉について話していた。

「あの、30センチくらいの、人間が入る幅じゃないドアの向こうに何があるのかな、って僕は思ったのよ。」

いつもの通り、とりとめのない話だ。そのまま私達は話続けて、深夜に解散した。最後に握られた手に、私は導かれることなく自宅のベッドで眠った。

翌日の夕方、いつもの通り研究室に向かう。神楽坂の家から地下鉄に乗らず、歩いていた。人通りの少ない道路沿いには、扉を固く閉ざしたバーや喫茶店が並び、水分を失った紫陽花が遺骸を晒している。黒いアスファルトは熱を帯び、踏みつける私達を攻め立てる。

ふと。隙間があった。

細長い、煤けた雑居ビルが二棟並んでいる。
ドアがある気がした。彼が望んだ何者かがその先にいるのだ。人間の幅ではない、誰かが。

私は覗いた。ドアはなかった。

「ああやって言えば、貴方この隙間を見るでしょう。」

心地よい声が響いた。

隙間に挟まれた肉塊から、放物線が迸る。
黒い鮮血がアスファルトに熱せられながら広がっていく。
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