文字数 2,903文字

 注文は、七架のぶんも私がした。店員さんに変な目で見られるかな、と思ったけれど、特に意識はしていないようだった。

 二人ともパスタにした。どうしてこうパスタばかり選んでしまうのだろう。好きは好きだけれど、食べる回数にふさわしいほどのパスタ愛なんて持っていない。

 七架はどうだろう。彼女に好物を訊いたことはない。

「ナナカは、パスタ好きなの?」

「うん、でも、たまたまっていうか、選びやすいっていうか……」

「あぁ、なんとなくわかる。手軽だよね、安いし」

「うん……」

 パスタが届き、食べ始める。テーブル席なのに、二人で並んで食べるというのは、カップルでもしないのではないか。いや、どうだろう。顔を見ていたいか、近くにいたいか、どちらの気持ちが強いかで決まるかもしれない。

 もしかして、七架の「温もり要求」があるかも、と身構える。ただ、ここはファミレス。二人きりではない。さすがに場をわきまえたほうがいいだろう。手を握るくらいなら、許容してもいいけれど……、

「ナノ?」

「ん?」

「私……、ゆり組になれて、やっぱり嬉しい」

「あ、うん……」

「ここからが、なんか、新しいスタートっていうか、やっとアイドルできるってくらいに思う」

「そっか」

「かご組のままだったらね、たぶん、ナノに言えないこと、いっぱいあった。ナノも、私に訊けないこと、いっぱいあったと思う」

「うん、そうだね。私も、ナナカと秋ヶ瀬のことで話してみたかったの。でも、そう……、言えなかった。ナナカを傷つけるかもしれないから」

「うん、ありがとう……」

 いったん会話が途切れ、そう経たないうちにパスタを食べ終える。コーヒーとデザートを追加した。

 七架はやや俯いている。今は髪を下ろしているから、いつも以上に大人しい雰囲気。

「じゃあ、今なら言えること、なにかある?」七架に訊いてみる。

「うん……、かご組は、辛い。まえも言ったけど、頑張れば頑張るほど、ここにしかいられないのかなって思って……。応援してくれる人がいるのはわかってる。メンバーのみんなとも、励まし合いながら、頑張ろうねって言って、やってこれた。でも、ここにい続けるのは違うって、やっぱり、そう思って。ゆり組になれたときは、びっくりしたけど、でも間違ってなかった。ナノたちと一緒にいたいって、思った」

「そっか……、うん、言葉が思いつかないな。ごめん」

「いや、いいの。聞いてくれるだけで」

「わかった」

「でね……、かご組のときは、いろいろ考えた。私がゆり組になれないのはなんでかなって、とにかくその答えを知りたかった。面白くないからとか、ダンスが下手だからとか、努力不足だからとか、いろいろ理由を考えたけど……、結局は、私だから、だったんだよね。私だから、だめなんだ。そもそも、アイドルになったのが間違いだったって。でも、そんなこと誰にも言えなくて、かご組の仕事をやり続けるしかなくて……」

 七架は、一度黙る。

 聞いてくれるだけでいい、

 その言葉を信じて、私は待つ。

「でも……、しかたないよね。私は、私なんだもん。東城七架としてしか生きられない。ナノのことを羨ましく思っても、ナノにはなれない。だけど……、思ったの。ナノのことが好きなら、ナノみたいになっちゃいけないって。ナノより低い所にいなきゃ、ナノの綺麗な姿を見上げられないから。今は、少しだけ近づいて、同じ高さにいられるけど、それでも、見えるのは背中だけ。手の届かない存在だからこそ、ナノのことを好きでいられる。憧れのままでいられるの」

 七架は、少し顔を上げて。

 私の顔を、一瞬見て。

「あ、でも……、やっぱり好きだから、ときどきは近くにいたいな、こうやって。いい?」

「もちろん。そんな、憧れとか、よそよそしいよ。私たち、せっかく仲良くなれたんだから。いつでも来て」

「ありがとう。だけど、やっぱりナノはすごいから……。もう比べたりするのはやめようって思うけど、それでも、ナノのオーラはすごいから。こんな、私が並んで座ってるなんて、今でも信じられないくらいで……」

「そんな、大袈裟だよ。私だって、気持ちだけはみんなと変わらないと思う。こう見えても、不安や緊張は持ってるし。アンドロイドじゃないんだよ?」

「それはわかってる、大丈夫。ナノ、あったかいもん」

「よかった。あ、コーヒー冷めちゃう。話に夢中で……」

「うん、飲む」

 七架の話は、とても素直で、そして残酷。

「私だから、だめなんだ」

 その言葉が、重くのしかかる。

 アイドルに最も求められるものは「可愛さ」だ。この考えは、今のところ覆っていない。私のアイドル人生を振り返ってみても、「可愛い」というのが、いちばん多い褒め言葉だからだ。

 この「可愛い」は何に対しての評価か、というと、まずは生来のルックスだ。これは遺伝的に決まるもので、自分で選ぶことはできない。生まれたあとに変更することも不可能だ。そんなことは、誰もが知っている。でも、アイドルのような職業の場合、その事実が、挫折の理由になることもあるだろう。

 もう一つが、その人特有の雰囲気、仕草だ。目を見張るような美形でなくても、言動に愛くるしさを感じることがある。七架がこのタイプだと私は思う。ファンの感想からも、それが窺える。ただ、自分の言動を客観的に見ることは難しいから、七架本人は、自身の愛くるしさなどわからないだろう。褒められても、否定したくなるはずだ。

 七架の言う「私だから、だめなんだ」というのは、前者のルックスのことだと思われる。ルックスが良くないから注目されない、興味を持ってもらえない、と考えているのだ。それは、たしかに一理ある。ルックスが良いに越したことはない。ただ、それがすべてというのは間違っている。人間は、そんな表面的な部分にだけ価値があるのではない。

 もし、ルックスにすべての価値があるなら、人間でなくてもいいだろう。精巧に作られたアンドロイドを並べておけばいい。「可愛い」「美しい」は人工的に作れるものだ。でも、それはアイドルとして受け入れられるだろうか?

 答えはノー。ルックスは大事だけれど、言動に「人間らしさ」が不可欠なのだ。笑顔になったり、恥ずかしそうにしたり、失態を犯したり、涙を流したり。それら外見的変化が、「心」の存在を証明する。人は、人の心を知りたがる。ファンは、アイドルの心を知りたがる、ということ。

 だから、極端な話、自分の失敗する姿を見せることが、アイドルの仕事の一つといえる。悔しさに涙を流せば、ファンは共感してくれる。応援したい、報われてほしい、と思わせることになるだろう。これを計算で行うのは、かなり難易度が高そうだ。少なくとも、七架にはできそうにない。

「ナノってさ……」

「え? 何?」

「今みたいにぼーっとしてるとき、何考えてるの?」

「え、あぁ……」

 七架には話せないな、と思ってしまった。
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