第3話 どうせ死ぬなら
文字数 1,222文字
璃子は国際コンクールで入賞した。
名門バレエ団に留学する権利を獲得したらしい。
「すごいね!」
キッチンで林檎 を切り刻むあたしに、母親が話しかける。
「ほら、璃子ちゃんテレビ出てるよ」
あたしは心に蓋 をして、黙々と作業を続けた。
団地の表で待っていたあたしを見て、璃子は意外そうな顔をした。
「おかえり」
にっこり笑いかけると、嬉しそうに近寄って来る。
「ただいま」
「おめでとう、璃子」
「チカ、怒ってると思った。許してくれないかもって……」
璃子は涙声になった。
「許さないよ?」
笑顔で言ってやると、璃子はビクリとして動きを止めた。
「あたし死にたくなったし、璃子にも死んで欲しいと思ってる」
璃子は青ざめ、表情をゆがめた。
なんでそんな顔するの?
あなたが壊したくせに。
「ねぇ、どうしてくれるの?」
和真を今さら嫌いにはなれない。
璃子と何度もキスした唇で、わたしに愛をささやく不実な和真。
なのに恋心は消えてくれなかった。
生きていれば、いつかあきらめがついて、そのうち和真より好きな相手が現れるかもしれない。
でも、それまで耐えられそうにないのだ。
「チカを取られるぐらいなら三人でいる方がいいし、先に和真としちゃえば……って思ったから」
璃子は泣きながら、ごめんねと謝った。
「そんなくだらない理由で和真を汚したの?」
二人が愛し合ってると聞いた方がよっぽどマシだった。
許せない。
和真に不道徳なことをさせ、あたしを傷付けておいて、平気で自分のコンクールに集中出来る神経がわからない。
内臓が沸騰するようなこの怒りを、いったいどうやって鎮 めたらいいの?
「勝負して、璃子」
「え?」
「負けた方が、永遠に目の前から消える勝負」
身辺整理したあたしの殺風景な部屋を見て、璃子は息を飲んだ。
テーブルにはアップルパイ。
チカのを食べたら他のは食べられない、なんて二人におだてられて何度も作った。
アダムとイヴが食べた禁断の実を、あたしは何も知らずに美味しいパイにして、裏切り者たちに食べさせていたのだ。
「半分に毒が入ってる」
パイはもう切り分けてある。
ネットで入手した毒を多めに仕込んだのは、勝敗を早く決めるためだ。
「ロシアンルーレットみたいに一切れずつ選んで食べよう」
「……わかった」
璃子は消え入りそうな声で返事をした。
あたしは自分が死んでも、逆に璃子が死んで殺人犯になっても構わない。
もし負けたら、死ぬ瞬間まで恨みつらみをぶちまけて、璃子の心に消えない醜い傷を遺 してやる。
「璃子、これ回して」
公平を期すため、あたしは目をつぶる。
皿がテーブルを擦 る音がして、やや置いてから「いいよ」という声が聞こえた。
目を開いたあたしが見たのは、はためくカーテンの向こう側に消えていく璃子の笑顔だった。
名門バレエ団に留学する権利を獲得したらしい。
「すごいね!」
キッチンで
「ほら、璃子ちゃんテレビ出てるよ」
あたしは心に
団地の表で待っていたあたしを見て、璃子は意外そうな顔をした。
「おかえり」
にっこり笑いかけると、嬉しそうに近寄って来る。
「ただいま」
「おめでとう、璃子」
「チカ、怒ってると思った。許してくれないかもって……」
璃子は涙声になった。
「許さないよ?」
笑顔で言ってやると、璃子はビクリとして動きを止めた。
「あたし死にたくなったし、璃子にも死んで欲しいと思ってる」
璃子は青ざめ、表情をゆがめた。
なんでそんな顔するの?
あなたが壊したくせに。
「ねぇ、どうしてくれるの?」
和真を今さら嫌いにはなれない。
璃子と何度もキスした唇で、わたしに愛をささやく不実な和真。
なのに恋心は消えてくれなかった。
生きていれば、いつかあきらめがついて、そのうち和真より好きな相手が現れるかもしれない。
でも、それまで耐えられそうにないのだ。
「チカを取られるぐらいなら三人でいる方がいいし、先に和真としちゃえば……って思ったから」
璃子は泣きながら、ごめんねと謝った。
「そんなくだらない理由で和真を汚したの?」
二人が愛し合ってると聞いた方がよっぽどマシだった。
許せない。
和真に不道徳なことをさせ、あたしを傷付けておいて、平気で自分のコンクールに集中出来る神経がわからない。
内臓が沸騰するようなこの怒りを、いったいどうやって
「勝負して、璃子」
「え?」
「負けた方が、永遠に目の前から消える勝負」
身辺整理したあたしの殺風景な部屋を見て、璃子は息を飲んだ。
テーブルにはアップルパイ。
チカのを食べたら他のは食べられない、なんて二人におだてられて何度も作った。
アダムとイヴが食べた禁断の実を、あたしは何も知らずに美味しいパイにして、裏切り者たちに食べさせていたのだ。
「半分に毒が入ってる」
パイはもう切り分けてある。
ネットで入手した毒を多めに仕込んだのは、勝敗を早く決めるためだ。
「ロシアンルーレットみたいに一切れずつ選んで食べよう」
「……わかった」
璃子は消え入りそうな声で返事をした。
あたしは自分が死んでも、逆に璃子が死んで殺人犯になっても構わない。
もし負けたら、死ぬ瞬間まで恨みつらみをぶちまけて、璃子の心に消えない醜い傷を
「璃子、これ回して」
公平を期すため、あたしは目をつぶる。
皿がテーブルを
目を開いたあたしが見たのは、はためくカーテンの向こう側に消えていく璃子の笑顔だった。