小さな店の主人

文字数 837文字

 フロリダ州のマイアミの山の中腹にある展望台から眺めは、なかなか美しいものだった。目の下には森がひろがり、川も村も見渡すことができた。
 展望台のそばに、ぽつんと小さな店があった。あっ、観光客だ――そこの主人は、たまたまやってきたお洒落なシャツを着た中年男に声をかけた。
「いらっしゃいませ。おみやげ品はいかがですか?」
「絵葉書と木彫りの人形か……そんなものいらん。今の時代ネットで欲しいものはなんでも買える。全世界の、どこの名産品も、金さえ出せば手に入る」
「まあ、まあ、そうおっしゃらずに……」
「いや、そんなことより、ここの美しい景色をよく眺めていた方がよっぽどましだ」
「なるほど、それもごもっともです」主人はにっこり微笑んだ。
「ところできみ、マイアミには面白いジェットコースターはあるかね? 人間はたまに怖い体験をしないとボケるいっぽうだ」
「そんな乗り物より、当店では、もっと怖いものを用意してございますよ」
「それはなにかね?」
「では、この金属バットをお持ちになってください」
「こんなものがいるのか?」男はいぶかしげな顔で金属バットを受けとった。
「どうぞこちらの裏手の森を散歩なさってください。きっと、ぞくりと総毛立つこと間違いありません」
「そうか……教えていただいて、ありがたい」
 男はその小道をたどった。たしかに、俗化していない原始林で自然のままのしんと静まり返った静寂が、そこにあった。しかし、やがてその静寂が破られた。とつぜん、大きなゾンビがあらわれたのだ。
 逃げようにも、男は驚きと恐怖とで腰を抜かしてしまった。ゾンビに飛びつかれてから、やっと暴れだすしまつだった。ありったけの力で、死に物狂いにもがいたが、奮闘むなしく、彼はゾンビに顔の半分以上を喰いちぎられてしまった。

 ゾンビは店に戻り、無言のまま主人に財布を渡した。
「ご苦労さ~ん」小さな店の主人はえびす顔で指に唾をつけて札束を数えはじめた。「ゾンビ繁盛! 商売繁盛!!」
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