第10話 気持ちの良い冬日

文字数 4,825文字

学校から道を二本ほど挟んだ距離にある場所に、大きな公園があった。
遠くから見てもわかるほど綺麗な公園だ。噴水があり、石で作られたモニュメントがある。花も咲いているようだ。
公園に面した大きな道へ出ると、綺麗な建物が立ち並んでいて、人々も生き生きしているように見えた。街の中心地に来たようだ。

わたしは大通り沿いを歩きながら食べ物をさがして、ちょうどよさそうなカフェでフォカッチャでできたサンドイッチを買った。よく見たらスターバックスも近くにあり、慣れ親しんだスターバックスに行けばよかった、と少し後悔した。

フォカッチャを持って公園へ行き、ベンチに座る。綺麗な太陽光が射す緑豊かな公園だ。わたしは既にこの場所が気に入っていた。
ベンチに座り携帯電話を見ると、佐々木さんからの電話が入っていた。学校についての話だろう。電話をかけ直してみる。

相変わらず佐々木さんの応答は早い。

「あ、元気〜?」

「元気です〜。」

「学校の件だけど、話しといたから〜
特に何もしなくていいよ〜。」

「あ、そうなんですね、ありがとうございます。」

「他はいろいろ大丈夫?」

「家でインターネットが使えないんですが…」

「あ〜そうなのか〜」

「インターネットカフェを探してはいるんですが」

「そうなんだね〜。ホームステイは変えようと思えば変えられるけど…
インターネット付きの家ってあるのかな〜。」

佐々木さんも「インターネット接続可能」が条件のホームステイはあまり聞いたことがないようだった。

「まぁ探してみるよ!あったら連絡してみる。じゃあね〜」

そう言って佐々木さんはまた仕事に戻ったようだった。
佐々木さんがオーストラリアにいるのもあと数日、佐々木さんがいなく鳴ると思うと若干心細さも感じた。

わたしは電話を切って開いたカバンの中に落として、空まで届きそうな背の高い木々を眺めながら、大きく深呼吸した。こんなに気持ちがいい空気が存在するのか。

フォカッチャを一口頬張る。塩気があって、それなのにほんのり甘くて美味しい。スターバックス顔負けだ。
中に入っているベーコンもやたらと美味しい。フォカッチャファンになりそうだ。

フォカッチャを一口飲み込んだところで、今度は国際電話がかかってきた。母の番号だ。

「もしもし〜。」

「もしもし〜。」

「つながった!」

「ありがとう〜。」

「よかった、よかった。これで電話はできるね〜。」

「うん。インターネットカフェも見つけたけど、夜18時までには家に帰らないといけないっていわれてて、週末しか行けないかも。」

「それは大変だ…。」

「家で接続できたらいいんだけどね。」

「そうだよね〜。ダメだったのか〜。今は学校?」

「うん、今日は朝来週から行く学校に書類を提出しに行って、変な時間に戻ってきちゃったから今パンを食べてたとこ。」

「あ、食べてるところか。失礼〜。」

「まだ時間あるから大丈夫。」

「ネット使えないと大変だよね〜。まぁできるときにブログ楽しみにしてるからね!写真撮ってるんでしょ?」

「うん。写真とかはネットなくてもおとせるからね。」

「そうか、そうか。よかった。じゃあ一旦切るね〜また電話するよ。」

「うん、ありがとう〜。」

日本とオーストラリアではほとんど時差がないので、電話はかけやすい。
だいたい日中帯ならば時間角に大差はない。

わたしは渡豪することになってから、両親に近況報告をするためにブログを書くことにしていたのだが、オフラインで記事を書いておいてインターネット接続をして投稿、ということができないので、結局ブログの下書きをするにもインターネットカフェで書く必要が出てきてしまう。
ブログを書けるのも週一度ぐらいだろうか。


なんとなくもやもやしながらも、残りのフォカッチャを最高の天候の中で楽しむと、もうみんなのランチ時間が始まっている時間だった。
わたしは食べ終わったフォカッチャの入っていた袋を捨てて、公園を散歩する。
四方が大きな車道で囲まれたこの公園はオアシスのようだった。
周りを見渡せば高層ビルが立ち並んではいるが、そんなことは公園の中では一切感じられない。
それを全てかき消すような高い建物が密集して立ち並んでいる。その隙間から降り注ぐ太陽光がまた気持ちいい。

「明日からはここに来よう。」

もう残りも短いこの学校生活の最後はできる限りこの公園で過ごそうと思った。


ランチ休憩の終わる30分前に教室へ行くと、想像通り受付にも教室にも誰もいなかった。
セキュリティは大丈夫なのかとぼやっと考えながらも、誰もいない教室の椅子に座り、ペンと紙を取り出す。特にすることもないのでブログのネタでも考えておこう。つぎにブログを書けるのはいつになるかわからないから。
数分経つと早くランチを終えたクラスメートが教室に戻ってきた。

“Hello!”

“Hello.”

ベトナム人のSusieが天気が良くて気持ちが良くなったのか、楽しそうにステップを踏んでいる。わたしが午前中いなかったことも、誰にも気にされないことが気持ちが良いぐらいに思えた。

授業が始まり、また英語のプリントを解く。プリント作業をしている時はフロア全体が静まりかえる。英語は得意なわけではないが、誰とも話さなくていい、誰が何を言っているのか気にしなくていいプリントの実習時間がわたしは好きだった。

午後の最後の授業では先生が折り紙をすると言って、日本の百均で売っていそうな大量の大きな折り紙と、日本人の知人からお土産でもらったのかと思うような綺麗な和柄の入った小さな折り紙を取り出した。

初めて先生がわたしを気遣うかのように

“Hanna, do you know how to fold an origami?”

とわたしに話を振る。

「えーっと…」

言語も話せないというのに、実はわたしは折り紙も折れる自信がない。

みんなが椅子からおりて床に座り、先生が用意したちゃぶ台のようなテーブルの周りに座り、折り紙を手にした。アジア圏から来た生徒のほとんどは何かしら折れる折り紙があるようで、折り紙のパッケージに入っている型紙に記載があるガイドを見なくても折れるようだ。わたしはたじろいだ。

「鶴」が定番だろうと思い、鶴を折り始めるも、どう折るのか見ながらでないとわからない。
先生が話を振ったにもかかわらず、みんながわたしに注目しているわけではないので助かった。みんながわたしから習おうとしていたら、何も折れないことがバレバレだ。

“See?”

ちゃぶ台でも隣に座っていた香港人のCynthiaがわたしに綺麗に折れた鶴を見せてきた。

“Wow!! You can make it.”

“Yes, I learnt it in HongKong.”

英語でも「オリガミ」と呼ばれるほど明らかに日本のものなのに、唯一の日本人であるわたしが何も折れていない不思議な状況に置かれている。
折れたことはあるはずだけど、なぜか全く折り方が思い出せないのだ。それももはや言い訳かもしれない。
わたしは折り紙のパッケージの中に入っている型紙を見つけて、そこに書いてある折り方ガイドを見て折ることにした。
日本人の面目は保てただろうか。一羽鶴を折ると、周りのみんなはもう複数の鶴を折り終わっている。わたしも急いでいくらかの鶴を折って、みんなでできた鶴を棚の上に飾った。
みんなが折り紙にだいぶ満足して、さらには英語の勉強ではなかったことに満足していたところで、授業終了のブザーが鳴る。先生が折り紙を片付けるよう言うと、皆こぞって折り紙を箱に戻し始める。楽しい授業だった。

折り紙を片付け終えた順にクラスメートがカバンを手に取り帰っていく。先生に”Bye”とか”Thanks”とか言いながら。
わたしは持ってきているコンデジで棚の上に飾られた鶴の写真を撮り、先生にByeと言って教室を出た。

案の定時間は3時半、まだ門限までは少しあるのでもう一度インターネットカフェに行こうかと迷ったが、今日は帰り道に本屋に立ち寄ることにした。何せ毎日電車の時間が暇すぎるのだ。
この時間の電車は空いていて気持ちが良い。日本ほど満員電車にはならないものの、朝の電車はある程度人が多くて身動きが取りづらいから。


電車に乗っていると、今週末会う約束をしたアユミからのメッセージが入った。地下を通る電車でも電話番号で送受信するメッセージは届くのだ。

“Hey Hanna! So see you at the game centre at 10am?”

ゲームセンターとは、いつも降りる駅の近くにある見逃すことができないほど大きなゲームセンターだ。待ち合わせ場所としては適当だろう。

“Ok. Donna kakko shimasuka?”

“Umm! Wakannai, something warm!? lol”

「lol」とはなんだろうか。ムンクの叫びのようにも見える。絵文字の一種なのだろうか。
アキとは日本にいた頃仲が良く、よく遊びに行ったりもしたがアユミの容姿は見たことがない。当日見分けはつくだろうか。

“Kuroi fuku kite ikimasu!”

“Ok! Looking forwards to it!”

現地の友人ができることは楽しみだった。オーストラリアで若者は何をして遊ぶのだろう。プリクラを撮るのだろうか。カラオケはあるのだろうか。それともゲームセンターに行くのかな。
それにしても「lol」はなんと言う意味なのだろう。気になって仕方がないが調べる方法もない。わかっているふりをつら抜くことにした。


Alexandraは「18歳未満は午後6時には家に帰らないといけない」と言うけれど、あまりにも早すぎるのではないだろうか。学校が終わるのが3時、4時だとしても下校をするだけで精一杯だ。今後週末に出かけることになっても気を使わなくてはいけない。インターネットが使える、もっと遅くまで外に出ていられるホストファミリーが見つかるといいな、と暇を持て余した電車の中でぼーっと考えた。

最寄駅に到着して、いつもとは違う出口から駅を出る。駅前の開けた広場に出るのは初めてではない。コートを買った時に通ったことがあったが、店をちゃんと見たことがなかったので、二、三軒ある本屋を見てみようと思っていた。

扉のない本屋に入ると、小説がぎっしりと並ぶ中、ポップな色の本が並んでいるのを見つけた。

”Angus, Thongs and Perfect Snogging”

と書いてある本を手に取った。横には同じ書体で別のスラングのような不思議な単語が書かれたポップな色のカバーの本が並んでいる。シリーズ物なのだろう。
ぱらぱらと本をめくると、理解できるほどではないが、内容はさほど難しくないようだった。タイトルの意味は全くわからないが、これだったら読めるかもしれない。
しばらく立ち読みをしていたが、スタッフがまわってくる様子もない。時々新しい客が私の後ろを通ったり、近くの本を見ていたりしたが、誰にも声をかけられることもなかった。
数ページ読んでみたところで、内容はわからないまでも本が気に入ったので、購入することにした。

まずは一冊、一巻目だと思われる
”Angus, Thongs and Perfect Snogging”
を。

一冊あれば電車の中での暇つぶしには充分だろう。
英語の勉強もしなければいけないからちょうど良い。
さて、本を一冊購入してカバンに詰め込んだところで、時間は4時半をまわっていた。

そろそろ帰らないと怒られるかもしれない。
ゆっくり広場のまわりに並ぶ店を眺めて歩きながらバスターミナルに向かい、家に帰ることにした。
すっかり空は夕暮れの色に変わりつつあって、冬の時間の短さを感じた。駅を名残惜しみながらも、いつも通りバスに乗り、いつも通りビーチを眺めながら家に戻る。

なんとも豊かな気持ちになる場所なのだ。また翌朝日が明けるのを楽しみに家に入った。
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