その1

文字数 846文字

「ねえ、わたしが未来から来たって言ったらどうする?」
 今日出会ったばかりの名前も知らない人間が口にするにしては、彼女の台詞は幾分か刺激的で、それでいてひどく冗談めいていた。
「どうする」
 僕はその語尾を復唱し、目の前の彼女を観察する。僕と同い年くらいの素朴な女の子で、着ているカーディガンの色は都会の人混みにもすんなり溶け込んでしまうほどには、この時代にありふれている。おとなしいセミロングとキャラメル・マキアート。少なくとも、僕なんかよりはずっと。
 ひょんなことから僕らは喫茶店で相席をすることになり、こうして向かい合い座っている。
「どうもしないかもしれない」
 僕は正直に答えた。すると彼女はやや不服そうに言う。
「どうもしないの? 普通、確かめるでしょ?」
「確かめるって? 近いうちに起こることを教えてくれ、とか言って?」
「そう」
「スポーツ年鑑持ってる? とか」
「そう!」
 とても嬉しそうに頷いた彼女は、「古い映画だね」と笑みを浮かべ、手元のキャラメル・マキアートをストローで吸う。無意識な「美味しい」が漏れでている。
「未来から来た」僕はただ言葉の意味を深く考えることもなく、その音だけを繰り返してみて、「興味はないかな」
「えー。なんで興味ないの?」
「興味持たないと駄目なの? そんな――」
 胡散臭そうな、と続けようとした口を閉ざして代わりの言葉を探す。
「たとえ未来を知ったとしても、僕にはその情報を上手く使いこなせる自信がない。なんというか、それが事実なら混乱する。無駄に混乱はしたくないな」
「まあまあ、そんなこと言わずにさ。ちょっとくらい興味持とうよ」
「未来に?」
「そう。わたしに」
「君に」
 そう呟いて見つめた先の彼女は、少し照れながらも畏まって座っている。気が進まないトークテーマではあったが、こちらを貶める意図はないようだ。
「じゃあ、スポーツ年鑑持ってる?」
「ううん。持ってない」
 彼女が大袈裟に首を横に振るものだから、僕の裡にあったはずの警戒心はたちまちどこかへ吹き飛んでしまった。
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