サブストーリー 「おまもり」

文字数 2,498文字

***こちらのサブストーリーは本編最終話以降の時間軸で進行しますため、本編読了後にお読みいただくことをおすすめいたします。それでは、どうぞお楽しみくださいませ。***



とある土曜の午後。私は知人の披露宴に出席するため身支度を整え、居間に向かう。そこで映画を観ていたエイトは、私の姿を見るなり目を見開いて駆け寄ってきた。どうやらタキシード姿がお気に召したようで、ニコニコと鑑賞したのち、私の首元に視線が釘付けになった。

「そのリボンすごく似合ってるよ!かっこいいパトリックを毎日見たいから、明日からは毎朝自分がリボンで縛ってあげるね」

「……リボンは結ぶものですよエイト。そしてこれは蝶ネクタイです。戻ったら詳しく教えて差し上げましょうね」

「うん、ありがとう。いってらっしゃい。楽しんできてね」

「ええ。では」



披露宴は実に和やかな雰囲気に包まれ、多幸感で溢れていた。新郎新婦へ贈られる温かい言葉の数々に、親族のとろけるような笑顔。終始笑い声の絶えない空気感が心地よく、いつかエイトとこのような場を持てたならと想像せずにはいられなかった。お互い家族を招待することはできないが、それでもきっと笑顔で満たされた時間を紡ぐことができるに違いない。


シャンパンを味わいながら歓談していると、背後から声を掛けられた。

「あっ!シュロムクルツさん、お久しぶりです!」

「おや、アンダーソンさん。お久しぶりです、お元気でいらっしゃいましたか?」

彼は仕事の関係で以前ご縁のあったヒトで、約1年ぶりの再会だった。たしか仕事がよくでき、気遣いという名のお節介を焼きたがるヒトだと記憶している。

「俺は相変わらずですよ。それにしても、やっぱりシュロムクルツさんは目立ちますね。その魅惑の雰囲気はどうやって出してるんですか?」

「いえいえ、何をおっしゃいますか」

「ご謙遜を・・・あれ!その指輪、もしかして!?」

彼は私の左手を指差している。

「ああ、これですね。おまもりですよ」

「あっなるほど!たしかに、こんなおめでたい場で見知らぬ女性に言い寄られてしらけるのも嫌ですもんね。まさか身を固めることにしたのかと思いましたよ」

「フフフ」

まさか、とは若干聞き捨てならないが、彼に苦情をつけたところで何の益にもならないのでそのまま聞き流すことにする。しかしそこで思い出した。彼は耳が早いのだと言うことを。

「そういえば聞きましたよ。ご友人の子どもを預かってるそうじゃないですか」

「ええ、まあ」

「しかもその子、もう大人なんですって?」

「そうですね」

「それ大丈夫なんですか?」

「どういう意味でしょう?」

「だって普通に考えたらその歳の子を他人に預けないですよね?1人でも十分生活できるじゃないですか。ちなみに聞きますけど、まさか男じゃないですよね?」

「そこに何か不都合でも?」

「ますます怪しいですよ、それ絶対騙されてますって。何だかシュロムクルツさんの優しさにつけ込んだ詐欺に聞こえます。こう、相手の都合良いように言いくるめられてるとかないですか?それか歪んだ愛で執着されているとか。まあ、鋭い審美眼をお持ちのあなたのことですから、そもそも男になんか取り合うわけないと思いますが。ハハハハ」

「ご心配ありがとうございます。ですが」

私は真っ直ぐに彼の眼を見据えた。

「彼は無粋な詮索などしない気立ての良い人ですよ」

そしてその場を後にした。




男になんか、彼はそう言った。恐らく世間一般の価値観からしたら、それが普通の反応なのかもしれない。たしかにエイトと手を繋いで街を歩くと、好奇の眼差しを受けることもなくはなかった。けれど、ふたりの愛情は偽物ではないし、外界の何がしかによって貶められて良いものでもない。

去り際、アンダーソンさんは私に謝罪の意を述べた。しかしそれは全く意味をなさず、何の価値も持たなかった。




私が何者であるかを決めるのは、あなたではない。

私たちの愛の姿を決めるのは、あなたではない。




帰宅すると、居間やエイトの自室に彼の姿はなく、私の寝室から薄明かりが溢れていた。気づかれぬようドアの隙間から覗きみると、彼はこちらを背にしてベッドの上でうつ伏せになり、ベッドサイドランプの明かりを頼りに日記を書いている。そして枕元にはお気に入りのグミがお供していた。

いよいよドアをノックして中へと入る。

「エイト、戻りましたよ」

「おかえりなさい」

振り向いて、柔らかい笑顔で迎えてくれた。

「また人のベッドの上であなたは。お菓子は椅子の上でと言いましたよね?」

「はあい」

グミの袋を没収しサイドテーブルに避ける。ベッドから降りようとするエイトを静止させ、私も横になった。エイトを抱きしめその胸元に顔を埋めると、穏やかに伝わる彼の心音。一瞬にして満たされ、微かに眠気が近づいてくるのがわかった。

「披露宴はどうだった?楽しかった?」

「そうですね。参列者がみな笑顔に溢れていて、とても素敵な会でした」

「いいなあ。元気もらえそう」

「ええ。ただ、やはりヒトが多い場所というのは疲れますね」

「そうなの?大丈夫?ちょっと飲む?」

言いながら左手を差し出すエイト。

「ッフフ。後の楽しみにとっておきます。それに、そういう意味ではないですから」

「そっか」

彼は伸ばした手を私の手に重ねた。そこに光る、お揃いの指輪。決して輝きを失わない、至福のおまもり。彼を見上げると、いつもそばにある優しい微笑みをたたえている。私はわずかに上へ動いて彼と目線を合わせ、その額に口づけを捧げた。

「くすぐったい」

「フフフ」

おもむろに蝶ネクタイを解いて、それをそのままエイトの首元に緩く巻きつける。彼は私のその様子を不思議そうに見守っている。


「約束しましたよね。教えて差し上げますよ。リボンの、縛り方」




私たちの愛の姿を決めるのは、あなたと私。このふたりだ。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み