第2話

文字数 1,830文字

2.無職

駿台予備校が進学先だった。

受験生にとって辛いのは卒業式だと思う。

なぜなら、卒業式の後に入試がある生徒がいるからだ。

高校まで漠然と進んできた私にとって初めての体験だった。

「卒業しても進学先がない事実」

これは強烈だ。

だから、私たちは群れることになる。

「進学先は予備校」

予備校に入れば学生証が授与される。

未成年であれば定期代が学生料金というメリットとなり、
成年を過ぎれば年金支払い猶予期間のわけがたつようになる。

卒業式に浪人が決まったと報告し合う群れの中にはそりが合わなかったクラスメイトもいた。

独りでは解決できない悩みは集まり傷をなめ合うことで麻痺させた。

「さて、これからの一年間勉強できる期間がある。志望校を上げて、浪人を成功させよう」

落ちた現実を棚上げし、夢を語る私たちには希望が満ちている。

「勉強は良いことだ」

「とりあえず勉強していれば」

早い子では中学受験から
一般的には高校受験から
(これは地域によって違いがあるが)

勉強至上主義は正義と語られ
大学至上主義は常識と思われ

私は小学三年生からそろばん塾へと通い
そのまま学習塾へと繋がり、予備校へと成長していったのだ。

予備校生活は自己満足の塊だった。

社会人となればPDCAサイクルは一度は耳にしたことがあるだろう。
受験生でももちろんこうした計画、実行、評価、改善は適っているだろう。

でも。

浪人になるべくしてなる学生にはこのサイクルがないのが大半の理由を占めると私は思っている。

出だしの計画性がないから浪人するのだ。

目標大学-学部を決めた具体的な理由もなく、そのための調査にも時間をかけず、重要性も認識しない私に計画性は皆無だった。

難関大学の冠がある数学の問題が格好良かった。
世界史の二次対策をすることに希少価値を見出していた。

有名講師の参考書を持っていれば合格すると思えていたし、
自習室に多くいることが正しいと疑わなかった。

まるで自分は丸の内に通うサラリーマンのようで
まるで自分は将来嘱望されている卵であると、そう信じていた。

だから。

「あー、無職だね」

そう警察官に言われたときはショックだった。

高校生にあがってすぐに原付をとった。
その杵柄は浪人生になってもイカサレタ。

原付登校が禁止されているにも関わらず、原付で高校周辺まで行くことがかっこよかったし、
給料をもらうのが大人になる近道と思っていたので、バイトを高校一年から始めていた。

図書館で勉強した帰り道、
浪人生の私が乗る原付を止めたその警官の一言は眉唾ものだった。

「一時停止していました! 右足をちゃんと地面につけていました!」

「いや、こっちは二人で見ていたから」

「見間違えたことだってあると思います!
 カメラで録画とかしてないんですか!?」

「とりあえず、パトカー入って」

「嫌です!」

「それなら、まず免許見せて」

「……」

「無免許運転?」

「いや、あります…」

「それなら見せて」

「学生?」

「浪人してます」

――――――――――――――――。

――――――――――。

私は週5で予備校に通っています。
午前中から授業があり、夕方前から夜9時近くまで自習室で勉強しています。
確かに現役で大学には受からなかったけど、それは行きたい大学に受からなかっただけです。
今年は現役では受からないであろう大学に合格できるよう頑張っています。今日は予備校が日曜日で休みだったから、だから、地元の図書館で夕方まで勉強していたのです。何も悪い事なんてしていません。これでも必死で頑張っているんです。難関大学に入る! 浪人してお金を親に負担させている以上、こうでも言わないと面目が立たないんです!

―――――。

―。

「あー、無職ね」

「…。」

そうだ。

私はこの国に税金を納めていない。

就職もしていなければ、バイトもしていない。

だから、確かに……私は無職なのだろう。

その日、帰宅して私は母親に助けを乞うた。

私のことを無職と警察官が呼んだ、と。

母親は激怒した。

頑張る受験生を無職とは何事かと。

それが警察官の言うことなのかと。

そうして、母親の怒りのままに、私は罰金を払うことから逃げおおせたのだ。

ふと思い出す。

あの女性教師は浪人した私に手紙を送っていたのだった。

内容は「諦めずに頑張るんだよ」とか、「~大学なら合格しやすいよ」とかだった気がする。

手紙なんて形が残る物で伝えてくれとは言わない。

警官同様母親の面倒は教師も御免だろう。

それでも。

「浪人生は無職だ」

この事実を
この重みを

伝えてほしかったと今では思う。
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登場人物紹介

これは教育業界を批判し、教育業界に従事する私の感想文である。

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