第2話『夏嵐』朝香祥

文字数 2,108文字

性癖の話が出たので、桐乃のその後の方向性にもろに影響を与えた作品をご紹介しましょう。


まず最初は朝香祥さんの『夏嵐(からん)』

しょっぱなから、ずいぶん古い作品を持ってきたわね。

初版は1996年。今から26年前。

集英社スーパーファンタジー文庫。

今でいうライトノベルね。

桐乃が額田王(ぬかたのおおきみ)と大海人王子(おおしあまのみこ)のカップルに見事にハマったのが、この作品。


舞台は645年。まさに、大化の改新がこの小説の背景にある。

今は大化の改新とは教わらないらしいわよ。

乙巳(いっし)の変、というそうね。

えっ! 大化の改新っていわないの?
中大兄皇子(のちの天智天皇)と中臣鎌足(のちの藤原氏の始祖)が中心になって蘇我入鹿をはじめとする蘇我一族を滅ぼした事件が「乙巳の変」。

そのあとに続くさまざまな改革を「大化の改新」と呼ぶようね。

浦島太郎になった気分……。
感傷に浸っているヒマはないわ。

サクサクいきましょ。

(おっとりしているように見えて案外ドライなんだよね、小手鞠)


『夏嵐』の大海人王子は、ひとことでいうと「冴えないヤツ」。身体が弱くてすぐに寝込むし、性格はふんわりおっとりしていて掴みどころがなく、兄である葛城王子(のちの中大兄皇子)をはじめ、周囲から軽んじられている。

そんな、普段はまるで冴えない飄々とした大海人王子のある意外な一面を、主人公である額田王は何度も目にしてしまうわけで。

そりゃ、気になってくるよね。

このひと、いったいどういうひとなん? って。

そんな額田王に対する大海人王子の言動も、かなり思わせぶりなのよね。
そうなんよ!(大声)

それなのにあの朴念仁、あろうことか、

「その玉葛は実がならないので、実(じつ)のない恋に歌われるのですよ」

と説明した額田王に向かって、その玉葛を手折って差し出すんだよ!

なにやってんだゴルァ!(巻き舌)

あれ、絶対わざとやっているわよね。
絶対くせ者だよ、あの男。
そういいながら、案外お気に入りよね?
ぐっ……、(否定できない)


いや、だって、なんだかんだいって大海人王子、要所要所でちゃんと決めるんだよ。

額田王にお願いされたら断りきれなくて、文字通り捨て身で刃の前に身を晒すし。

(当然、額田王はそんな意味でお願いしたわけではないけれど、結果としてそうせざるを得ない状況)

普段頼りなさげな人間が、いざというとき力を発揮するみたいなパターン、桐乃、好きよね。
ギャップ萌えってやつだよ。

ほら、雨の日に段ボールに入れて捨てられた仔犬や仔猫を助けるヤンキー見たら超絶いいひとに見えるっていうアレだよ!

ていうか、そもそも動物捨てるなよ!

(ちょろすぎ)


大海人王子には秘密があるのよね。それも超トップシークレット。

そうなんよ……。
そういうパターンにも弱いっていう(笑)
今、鼻で嗤ったな?
余談はこのくらいにして。


額田王は予知夢のようなものを見る能力があって、ある日、甘樫丘(あまかしのおか)が炎で赤く染まるという白昼夢を見てしまうの。

甘樫丘は、蘇我本家の屋形がある場所ね。

そう。成り行きから、そのことを大海人王子に話すんだけど、彼は取り合わずにサラッと聞き流してしまう。
そして、事件は起きてしまう。
大海人王子にとって、苦渋の決断だった。

彼は自身が抱えた秘密をだれにも知られないよう、それこそ墓場まで持っていかなくてはならない……。

とくに、兄である葛城王子(かつらぎのみこ)には絶対に知られてはならない。
しんどい……。
葛城王子といえば、この作品のなかでも、彼が妹である間人王女(はしひとのひめみこ)に恋情を抱いていて、母親であり大王(おおきみ)である宝姫大王が蘇我入鹿へ妹を嫁がせる気だ、と聞いた途端、激怒して、それも蘇我一族を滅ぼす原因のひとつになっているわよね。
うん。この場合は嫉妬もあるだろうけど、実際問題、蘇我入鹿と姻戚関係になってしまうという。これ以上、蘇我一族に権力を持たせるわけにはいかない、という強い意志が葛城王子にはあった。

桐乃は近年「中大兄皇子が妹である間人王女に懸想していた、という事実はないのでは」という説を元にした作品を読んで目から鱗が落ちたよ。

いろいろな視点から描かれた作品が読めて楽しい。

桐乃が好きな、額田王と大海人王子を主人公に据えた作品、案外少ないのよね。見逃しているだけの可能性もあるけれど。
うん。大化……じゃない、乙巳の変を扱った作品はあっても、額田王はメインじゃない。

桐乃は、この飛鳥時代と源平時代になぜかすごく心惹かれるものがある。歴史は全然得意じゃないし知識もないのに、なんでじゃろ?

(それは推しがいるからよね、どう考えても)


源平時代を好きになったのも、きっかけになった作品があるんでしょう?
うん。

高河ゆんさんの『源氏』という漫画。

未完の幻の作品。

マニアック……。
もし気になる方がいらしたら、ぜひ読んでみてほしい。たぶん絶版になっていると思うけど。

もう、めちゃくちゃいいところで話が止まったままなんだよー!(泣)

弁慶どうなっちゃうのー!

絶版のうえ未完の作品をひとさまにおすすめするのはおやめなさい。沼に引きずり込む妖怪みたいな真似しないの!
それって河童……?
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