まだ

文字数 1,014文字

 ダメだ、眠れない。
 明日は、待ちに待った花火大会。浴衣の準備もしたし、着付けとヘアセットの予約も済んでいる。だけど、まだ不安だ。
 準備万端のはずなのに、わたしの心の準備がまだまだ済んでいない。
 好きな人ができたのは初めてじゃない。だけれど、アラサーになって数年ぶりの初デート、しかも花火大会となれば不安にならないのがおかしいのではないだろうか。
 わたしだけが張り切って、空回りしてフラれでもしたら目も当てられない。
 もしかして、浴衣で行くことさえも張り切りすぎている?
 いやいや、花火大会だし浴衣の方が絶対良いって!
 自問自答しては、ベッドの中で天井とにらめっこ。
 ごろんと寝返りをうって、ハンガーに掛けられた浴衣を眺める。紺色に白抜きのひまわりの柄が夏らしい。だが、高校生の頃に着た明るい柄と違って、見れば見るほど大人っぽい。
 ネットで一目惚れして買ったので、この浴衣にはまだ一度も袖を通していない。
 この浴衣を着て彼と歩く姿を思い描くと、わたしの心は踊ったけれど、その日を明日に控えてやはり不安の方が大きい。
 花火大会には彼から誘ってくれたけれど、それは同僚として?
 それとも……。
 わたしは思わず、ベッドサイドに置いたスマホを手にとった。
 彼とのやりとりのラインを開けば、そのには確かに彼からの誘いが残っている。
 花火大会に行かないか、と飾り気のない誘い文句。
 だけれどそれが、大人の誘い方というものだろうか?
 彼は職場でも人気者で、場の空気を読むのもうまい。だからだろうか、今更ながら彼の社交辞令に、空気を読めずのってしまったのかもしれない。我ながらネガティブな考えに嫌になるけれど。たぶんアラサーになって、恋に臆病になってしまった気がする。
 それでも……。
 何か、勇気を与えてくれるものが欲しい。そう思った時だった。
 ピコンッとラインの通知が鳴った。
 こんなに夜遅くに誰だろう?
 名前を確認した瞬間、ヒュッと思わず喉が鳴った。
 彼だ!
 浴衣姿楽しみにしてる、と飾り気のない言葉。だけれど、浴衣姿で二人で歩く姿を想像したのは私だけじゃない。
 ピコンッと更に通知が続く。
 明日が楽しみ過ぎて眠れない、浮かび上がった文字。
 ああ、そうか。彼もおんなじなんだ。
「わたしも! 明日が楽しみ!」
 直に既読をつけて、返信する。不安だから眠れないのではなく、楽しみ過ぎて眠れないと思えばいい。そう思えば、不安は愛おしさへと変化した。
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