鮫嶋 椎火(サメジマ シイカ)の場合

文字数 1,991文字



あぁ・・・・お腹空いた。
BARには、お酒はあれど、食べ物があまり無い。
一縷の期待を込めて冷蔵庫を開ける。
マラスキーノチェリー・・レモン、ライム・・・生クリーム・・オリーブ。
はぁ・・お腹に溜まるものは無さそうね。
こんな事ならベーグルサンドでも買って来れば良かった。

そんな事を考えていると、入口の扉がゆっくり開く。

『こんばんは。』

手にお洒落な紙袋を持った女性が入って来る。
彼女の名前は『鮫嶋 椎火(サメジマ シイカ)』
私と同じこの街の、数少ない女バーテンダーだ。
彼女の店は評判の人気店。
彼女とは一度カクテルコンペディションで競った事がある。
まぁ彼女は金賞で、私は5位だったけどね。
あの時は風邪で高熱だったから負けたのよ!
体調管理も実力の内と言われれば、ぐうの音も出ないけどw
その時から妙に私を気に入ってくれて、付き纏ってくるストーカ・・いや姉みたいな存在w

鮫島さん。いらっしゃい。

『これ。最近出来たパン屋さんのサンドウィッチ。どうせ今日もお腹減ってるんでしょ。』

べ、別に、そんなにお腹空いてませんけど。

『あっそう。なら私が全部食べちゃうね。』

待って!待って!お腹空いてるって!
有り難く頂戴致します!
神様、仏様、鮫島様!

『素直にそう言えば良いのにw』
彼女はカウンターの上に紙袋を置き、席に座る。

『今夜もアンタの性格に丁度良い位の混み具合ね。』

そうね。私、人混み苦手だし。
でも珍しいですね。この店に来るなんて。

『私だって愚痴りたい時もあるわよ。』
彼女の表情が一段階曇る。

そうなんですね。
先ずは一杯飲みながらにしませんか?
サンドイッチの御礼に一杯ご馳走しますよ。

『それなら・・ドライマティーニをお願い。』

またテクニカルなオーダーw
それ鮫嶋さんの得意カクテルじゃないですか。
私は5位ですよw

『それじゃその5位のマティーニを頂戴。』

いちいち棘のある言い方をw
完全にマウントを取られながらステアグラスを用意する。

マティーニは、ジンとドライヴェルモットを氷で加水をしながらステイして円やかにし、最後にスタッフドオリーブを飾る『カクテルの王様』と呼ばれるカクテル。
もろに実力が味に反映される難しいカクテルなのだ。
つまり5位の私にとっては意地悪な一杯である。

『私ね。バーテンダー辞めるかも知れない。』

そうなんですね。
(大人の決断に余計な詮索は無用。でも今後、私のお腹が満たされなくなるのは少し困る。)

『彼がね・・結婚したら私には家にいて欲しいって。つまりバーテンダーを辞めてって事ね。今時、古風な考え方でしょ。』

『私は結婚してもバーテンダーを続けたいんだけど。子供が出来たりしたら、時間的にも無理だよね。』

『彼は、どうしても子供が欲しいみたいだし。でも私なりにバーテンダーを心血注ぎ込んでやってきた訳じゃない。金賞も取ったし。』

『でも私ももう良い歳だし、これが最後のチャンスかもって思うのよ。でもね・・・迷う。』

金賞というワードが少し私の心に刺さったが、真顔でマティーニにオリーブを添える。

ドライマティーニです。

『ありがとう。』
『・・・少しは腕上げたみたいね。』

『ちょっと材料とグラス貸して。』

えっ!はい。

彼女が手際よくマティーニを作る。

『飲んでみて。』

お、美味しい。同じ材料と道具で何でこんなに味の差が・・。

『美味しいでしょ?美味しいマティーニを作るコツは、マドラーの回転数と氷の削り方にあるのよ。加水し過ぎると円やかさを通り越して水っぽくなるから。キッチリ28回転で仕上げるのよ。』

これが金賞の腕前!
鮫嶋さん。ありがとうございます。
勉強になります。
(何でバーテンダー秘伝のテクニックを私に・・)

『ねぇ。アナタが私の立場ならどうする?』

そうですね。彼と別れてバーテンダーを続けるの一択です。まぁ私は彼氏も居ないですし。私の白馬の王子様は多分、めっちゃ鈍感か、ゲイなんでしょうね。

『アッハッハ。そもそも彼氏も居ないアンタに聞いたのが間違いだったわ。』

本当は、もう心は決まってるんでしょ鮫嶋さん。

『そうね。』

鮫嶋さんの表情は、いつの間にか柔らかくなっていた。

『ご馳走様。次は愛する旦那様連れて来るからサービスしてね。色目なんか使ったら、この店のバーテンダーは白馬の王子募集中ですって口コミに書くからねw』

彼女が去ったカウンター席からは、5000円札と共に、花の様な残り香が漂っている。

『王様のカクテル』も今夜が見納めね。

でも仕事アフターで汗の匂い一つしないって。
あの人、本物のプロだわ。
(それと私が彼女に奢るなんて10年早いって事ね)

私は、彼女がくれたサンドウィッチを一口で頬張った。
頬袋パンパンのリスみたいな顔が磨かれたカウンターに映る。
・・白馬の王子様、ちゃんと私に気付くかしらw

さぁお腹も満たされたし、繰り上げ4位の私が、お祝いカクテルでも考えてみますか!

今夜のBAR『ミゼラブル』は、ほんのり甘い。
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登場人物紹介

『床上手』より『聞き上手』。

このBARで求められるのは、そう言うスキルって事。

さぁ、あなたの思いの詰まった愚痴を聞かせて頂戴。

申し遅れました。

私、この街でバーテンダーを生業にしております。

『如月 美千留(キサラギ ミチル)』と申します。

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