4話「当たり前の会話」

文字数 1,634文字




僕たちは、ゲームセンター前の駐車場を跳ねたり、雨どいを伝って落ちてくるうるさい雨音に包まれていたし、古月の言ったことは聞き違いかと思った。

でも、古月は僕の頭を傘の下に収め、「もうちょっと寄れよ。俺が濡れるだろ」と言った。

「い、いいよ…一人で帰れるし…」

僕は古月に傘を借りるなんて変だと思ったし、どうしても怖くて遠慮してしまった。

「いーから。濡れたら風邪引くぞ」

そんなことを古月が言うなんて、ますます変だと思った。でも僕は言う通りに傘の中で古月のそばに寄って肩を並べ、そのまま僕たちは歩き出した。

ざあざあと振り続ける雨の音に包まれて、ゲームセンターの駐車場を出た時、古月は僕を見下ろして振り向いた。

「そういやお前、これからどこ行くんだよ。家か?」

「え、うん…電車、一駅だから…駅に行くんだけど…」

僕は、なんで古月とこんな話をしているのかが、不思議でしょうがなかった。でも、古月だって誰かに優しくすることもあるのかもしれない。どうしてそれが僕なのかがわからなかったけど。

「ふうん。じゃあ駅までついていってやるよ。俺は別に帰らねーけど」

「帰らないの?」

雨が降っているとはいっても辺りはまだ明るかったから、古月はどこかへ行くのかな。

「家は飽き飽きだからな」

「どうして?」

別に聞きたかったわけではないけど、間を持たせるためにそう聞いた。古月はそれっきり何も言わない。

あえてしつこく聞くことでもなかったし、僕も黙り込んだ。でも、しばらくして古月は大きくため息をつく。

「うちさ、親父がけっこう金持ってんのよ。でもさ、金のことしか頭にないくそ親父でさ、母親も母親で俺に興味なんかねえみたいだし…そんで俺がグレたら今度は全部俺のせいにしやがって…今じゃ居ないのと同じ扱いなんだよ。くだらねえよな」

古月はそう言って、少しだけうつむいた。

なんだか、今日は全部が変だ。

もし自分がいじめてる相手が目の前に居る時に、こんなことまでいじめっ子が話すだろうか?僕はとても不自然だと思った。

「おめえ、こんなこと学校で触れ回ってみろ。殴るくらいじゃ済まねえからな」

「大丈夫。僕には喋る友達もいないから…」

「なんでおめえ、クラスの誰とも喋らないんだ?」

「なんでって…一人で本を読むのが好きなんだ…僕、どうせ喋ってもつまらないし…」

そう言った僕は、ちょっと情けない気分だった。

「ふうん」

大して興味もなさそうな顔で、古月はポケットから煙草を出した。僕は慌てて彼を止める。

「古月、ここ、路上だよ」

「だから?」

そう言いながら彼はライターも取り出し、あっという間に火を点けて、煙を吐く。

「路上喫煙になるから…よくないと思って…」

「誰も歩いてねえじゃねえか。迷惑でもねえだろ」

“一応僕は隣に居るんだけど、それはどうでもいいんだろうな…”

僕はそんなふうに思ったけど、なぜか古月と当たり前の会話をしていることに笑ってしまった。

「何笑ってんだよ」

煙草を口にくわえながら、不満げに唇を突き出す彼に、「なんでもない」と笑った。



「じゃあ、俺はもうちょい出歩くから、ここでな」

僕を駅まで送ってくれてから、古月はまたどこかへ向け、踵を返した。

僕はその時、「遅くまで出歩くなら、気を付けなよ」と言うべきだったかもしれない。

でも、僕たちの間の大きな溝が、とてもそうさせてくれず、僕はお礼も言えなかった。






僕は無事に何事もなく駅まで送ってもらって、夕方に帰宅してから、家族と食事をした。

母さんはまだ何か言いたげにしていたけど、僕が和やかに食事をしていたので、心配があっても言い出せないようだった。






その晩、僕は自分の部屋でベッドの上に横になり、昼間の古月との会話を思い出していた。

両親から冷遇されているという彼。おそらく家庭に居場所がないのだろう。

“もしや、彼が異常なまでに攻撃的なのは、そこに原因があったのかも…”

僕は彼の味方をしたいわけじゃなかったけど、どうしても古月が話してくれたことが気になって、なかなか眠れなかった。




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