第4話

文字数 547文字

 9月最初の火曜日に、僕は電話でバイトを辞めると伝えた。
 来年まで在籍する予定だったが、適当に「大学の関係で」と理由をでっちあげた。社員の男は不承不承という声色で、とげとげしい文句を投げてきた。
 「本当にさ、社会人としてどうかなのな。悪いけど失格だと思うよ。この前も1人辞めたばかりで、大変だって言うのに……」
 言葉が大きな石となり、渦に放り込まれた。「社会人失格」の言葉に顔面を殴られたように、鼻っ面に血の臭いがした。僕は強いて、「辞めた人が、川田さんだったらいいな」と呑気に思考した。

 電話を切り、デタラメに流れる人混みをぼんやり眺めた。罪はどこにあるんだろうと探した。
 遠くに見える駅で、駅員がせわしなく動き回る。横断歩道の向こう側で、百貨店の店員が笑顔を振りまいてドアを開閉させている。僕は川田さんのスッキリした立ち姿と、時計の光沢を思い出していた。
 この中に、社会人失格の人はどれくらいいるんだろう。もし懸命に働く人が傷ついているのなら、それは偏狭な周囲、会社、世の中のせいにするしかないじゃないか。
 僕は本をカバンにしまい、シルバーの時計を見やった。春から別のマスコミに就職する親友と待ち合わせている。使わなかったバイト代で、今日は飲みに行く約束をしているのだった。
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