翌日

文字数 5,592文字

食堂。

この机ではもう皿は空け、ただコーヒーを飲む少時間になっていた。

というかさ、休みっつって訓練休んでも、他にやることあんの?
無いね。
即答で返ってきた。
つーかそもそも動きがそんな痛くなさそうだよなあ。

…どうなの?

とても長い間があった。
そんなに痛くないね。
すごく疑う目をされた。おめーが聞いてきたのになぜ疑われなければならないのだ。
まぁいいや
椅子から立ち上がり空の皿を持つ。
片付けようぜ
そうだな。
 しかし、「安静にする」が確かに自分には十分に罰になるわけだが、改めてその時間を何に使えばいいのかと聞かれると何もすることがないな…。部屋で模擬訓練するか?いや、絶対叱られる。万一怪我が裂けたらバレる。

…真面目にどうしよう…。

 食堂を出、部屋へ向かう。扉の前まで来たところで、ザースはそのまま歩いてゆく。

じゃ、俺は訓練なんで。
あ、そっか。がんばれー。
気力のない応援にザースは苦笑しつつ
お前も頑張れー
と声援を返す。

 そしてラギーは部屋へ入っていった。

―――――室内
さて…、何しようか…。
なんとなくベッドに腰掛けようと近付いた、

瞬間。

 突然脇腹に激痛が走り、右側に重心が寄る。そのまま正面からベッドに倒れこんだ。必然的に息が荒くなり背中を丸める。いやな汗が止まらなくなる。

 数分このままうずくまっていた。そのうち耳鳴りのように治まり落ち着く。息を整えてベッドに座りなおす。

 しかし一体どうして突然激痛に襲われたのだろうか。脇腹が痛くなったところからすると根本的な原因としては明らかに昨日の刀なわけだが。毒でも塗られていたのだろうか。ここまで時間差で出るものなのかは疑問だが。

 そういえばメデゼン救長にはこまめに診せにくるといいとか言われていた気がする。しかし今が初めてだったからまだいいだろうか。たまたまだったのかもしれない。

…いや、もう一度あの痛みを体験するかもしれないと考えれば行っておいたほうがいいのだろうか…。治療室に行くまでにもう一回なったら最悪だけど…、この時間じゃ館内を歩いている人もそんなにいないか…。

 覚悟を決めて立ち上がる。少しふらりとした。多少おぼつかない足取りであったが、扉へ向かう。開ける前に深呼吸。

 扉を開き外へ出る。万が一人に出会ったとしてもそんなに心配されないように普通のフリを心がける。

(痛くない、痛くない…。)
―――そしてなんとか途中で発作(と名付けておいた)が起こることなく治療室の前まで辿り着くことができた。

 扉のチャイムを押す。

ミレイズです。
! …どうぞ。
 室内へ進む。

メデゼン救長は複雑な表情をしていた。

正直に貴方がこんな早く診せに来るとは思わなかったわ。

…何かあったの?

さすがにしっかり性格を捉えられているし察しが良かった。
いや…なんか急に脇腹の傷が痛くなったりして…。

さっき一回なったっきりなんですけど…。

メデゼン救長は顎に手をやり、まさに考え込む、というポーズをしながら唸っていた。
普段は痛くない…ってことかしら?
あぁ、そうです。
とりあえず一回診ましょう。
座って、というようにメデゼン救長の机の前にある丸椅子を指した。

 座り、腹部の包帯を外してゆく。ほどきながらメデゼン救長は独り言のように話し始める。

内側に広がっていっている可能性も皆無とはいえない。
ぎょっとした。
…内側って、そんなことあるんですか…。
前提としては刀に何か塗られてるとして、このケースでは極低よ。
…でもこんな時間差で出るもんなんです?
そのあたりの考え方は病気と同じね。

でも刀からと考えれば、異物を直接体内に入れられている。

そこで少し考え込み、落胆したように肩を下げた。
 でもあなた、話からすれば切られた後でも結構活発に動いていたんでしょ?

異物を取り込めば通常の傷以上の痛みが走るはずなんだけどね…。異端に異常を取り込んでも変化しないってことかしら。

さらっととんでもない暴言を吐かれた気がしたが気にしないことにした。

 そしてメデゼン救長は傷跡に視線を戻す。

ケガ自体変化なし、問題なしね。

その突然の痛みが襲わない限りは生活に支障がない…かしら。

はい、おそらく。

でも痛み自体さっきの一回きりだったかもしれないんでなんともですけど…。普通に生活しようと思えばできると思いますよ。

何その微妙な回答。
「思えば」になんとなく引っかかったが、軽く受け流した。
……様子見ってことなら大丈夫だと思いますけど…。
というか、治療院に入ってもらおうかしら。

それならいつでも診れるし。

言葉を失った。絶対に免れなければいけない事態だ。
え……
いやです
子供か
速攻ツッコミが返ってきた。それでもラギーはくじけない。
みんなとおんなじこうどうしたいです
苦笑いされた。
…とうに無理よ。

強制。本来あなたのケガ自体院行きなんだから…。

えー……
黙って入院。

悪化されちゃあ困るんだから。

浮遊端末を開いて項目を埋めてゆく。ラギーは大人しく眺めていた。抵抗しきらないと思ったのだろう。

 そこで再びチャイムが鳴る。さっきと同じように返事をして入室を促す。

失礼します…
お、ちょうど良かった。
じゃ、俺はこれで―――…
丸椅子から立ち上がり抜けようとする。が咄嗟にメデゼン救長も立ち上がり、片手を机につけながらもう片手で服を摑まれた。
こらこら。
…離して、ください…。

関係ないですよね…。

カンケーあるのよ。

相手をよくみて。

逃げ出すために扉側へ向けていた顔を、メデゼン救長へ向けた。

 がっくし頭を下げられた。

私じゃない。あの子よ。
数秒見合った。

なんだか見覚えがあるような気もするが細かくどこで出会った人なのか分からないので、おそらく会ってない…。

…あ!
なぜか向こうには覚えがあったらしい。適当に合わせて声を出してみる。
あぁ…
あの時の…
しかしどうにも思い出せない。
…どなた?
えっ……ええっと…
メデゼンは呆れたように首を振った。

エナは顔を真っ赤にして次の言葉を探した。

すっ、すみませんっ!

人違いでした!!

おろした髪を舞わせるように勢いよく頭を下げた。
…いや、いいんすけど…。
よくないわよ。
メデゼン救長が間を割って入ってくる。ラギーとエナの表情を見た後、深々としたため息をついた。
人違いじゃないわよ。全く。
どこの記憶を探っても彼女らしい情報が見当たらないのだが…。
メデゼン救長。説明お願いします。
説明も何も…。昨日の出来事よ…。
昨日……朝食の時…
なんだったっけか…
作戦の時ね。
作戦……。
脳内…頭をフル回転させて探る。なんだか引っかかりそうで引っかからないぞ…。

 その間、エナは本当に自分の記憶が合っていたのか不安になってきていた。その表情を察したのかメデゼンが説明を加える。

記憶力が微妙に絶望的なのよ。
…ヒドい事言いますね…。
あら、特質なところを褒めたのよ?
…それをタチが悪いと言います。
まぁまぁ。

目標の顔をしっかり認識してなかったんだってとこは証明されたわね。

ラギーは嫌な予感がした。特定はできないが、雰囲気的に。
でも、資料はきちんと見てたんでしょ?

なら、彼女の名前ぐらいはわかるでしょう?

やな汗もでてきた。しかしここまできて簡単に引き下がるわけにもいかない。プライドとして。もしかしたらなんとなくで答えても当たっているかもしれない…。
エ………リナ。
(意外に惜しいな…)

ちがうわ。

不正解という合図を出すだけで、次を促すような間になった。仕方がないのでもう一つテキトーに考える。
エ――…、リザベス
テキトーに言わないの。
 最初の回答から意外と覚えてる説を期待して解答権を渡したがさらに離れていったため止めた。しかしなぜか二回答とも頭文字「エ」から離れなかったのが少し引っかかった。脳内には少し残っていたのだろうか。というかきちんと資料を見たっていうのはあながち間違いではなかったのだろう。

 おそるおそるラギーはメデゼンのほうを見る。そしてエナを指差しながら聞いた。

で…結局どういう…。
…は?
ひぃ…
…へ…。
服を掴んでいない空いている方の手で左の耳たぶを強く引っ張る。

ラギーはバランスを崩し左手を机に付いた。耳元で大きく息を音が聞こえて、死を覚悟した。

人の話を聞いとけ!!
っつ…あ…
耳鳴りみたいに存在しないはずの音がした。
目標だって、言ったじゃない…。
衝撃を受けてはっきりとは使えていない耳を使いながらおぼろげに声を聞き取る。

 メデゼン救長はため息をついた。

一応理解できた?
…さすがに、思い出しました。

首輪の―――…

あ…そうです…。
日本軍の隷輪(目印)なんていつ爆発するか分からないんだから…。
それが外されているせいですぐに誰かわかりませんでした。
メデゼン救長にじっ、と見られる。
あなたの「すぐ」は数分なわけ?

…まあ実際、動力として力を引き出すために色々組み込まれてただけだったらしいけど。物を使ってそんなことをするなんて、技術の遅れを明らかにしたわね。

メデゼン救長は一度ため息をついて、空気を改める。目線をエナへ変える。
…とりあえず、こいつがラギーよ。
大体理解したが、結局関係がない気がし始めていた。そこで急に自分の名前を呼ばれたためそれらしい自己紹介がすぐに出てこなかったのでテキトーに返事をする。
…どうも。
エナはなるほどと頷き、ラギーへ目を向ける。そして軽く一礼をした。
なにか言いたいことがあったんじゃないの?
あっ、そうです…。
足を小刻みに動かしながらラギーの正面へ歩く。なぜかスカートを軽くはらい、改まった姿勢であると表した。

そして次は深く頭を下げた。そしてこちらに聞こえるほど息を深く吸った。

助けていただき、有難う御座いました!
そして数十秒沈黙した。その間彼女は腰を曲げたままだった。頭に血が上りそうだと密かに思った。

 自分が何か言うべきかと思い、言葉に迷う。むしろこちらが助かったところがあったと思ったんだが。

日本にいると礼儀正しさもうつるんですかね。
失礼なこと言うよ
シャツの背を引っ張る力が少し強まった。ずっと前屈みだったため軽く上半身が垂直に近付く。
この子はラギーとは比べものにならないほど純粋だったってコトよ。
…失礼なことを
こら。

お礼を言ってもらったら素直に返事をするべきよ。

本格的な幼児化ね。と無駄でとんでも失礼な一言を付け加えて自分に発言を促す。
でも――…、そんなお礼を言われるほどの事してないんすけど…。
それでも、私からすれば十分救いになったんです。
満面の笑み。嘘偽りでないことを雰囲気全てを支配して表現しているようだった。押し負ける。
……そっすか。
これ以上反論する言葉も見つからない。

突然エナが声を上げる。慌てて出口へ向かう。

そういえば、まだお仕事が残ってたんでしたっ。
では、失礼しますっ。
ドアの前でこちら側を向き、再びお辞儀をする。

ラギーは彼女の出たドアを指差してメデゼンに言う。

あ、俺も用事が…
あんたはこっち。行こうとしない。
何を話し出すか察し、先に話を出す。
嫌なんですけど…。
人材を最大限まで活用するための重要な選択。

軍の最善策はいつもこれよ。

当然のことというように淡々と話す。

 しかしもう何が言いたいかまた察し、渾身の嫌悪感を表情にさらけ出す。

すなわち―――…
空いているほうの腕を曲げて人差し指を立てる。
これは軍令です。
…ウォンダーザーの許可を得るべきです。
ルームメイトは保護者じゃないわ…。

さっぱり諦めなさい。

そして人差し指を伸ばした状態を維持しながら、再び表示させた液晶に指を滑らせる。目線を下に向けながら言葉は確実にこちらに向けてくる。
とにかく経過観察。常時検査下に置くわ。
今更完全に手遅れだが、痛みを申告したことを後悔した。
お望みなら何人だって女性の看護師はつけられるけれど――…。
不思議なところで間を空けた。

しかし女性という言い方に引っかかったが、自分はそんな奴に見えるのだろうか。

あなたと常時居させたら、翌朝ぐらいには体にしか興味のない殺人鬼のように、あなたは真っ赤なベッドで寝ているんでしょうね。
非常に不愉快。
何をどう例えたらそうなるんですか。侮辱ですか…。
侮も辱もないわ。ただあなたの日ごろの行動を比喩しただけよ。

…ふむ、たしかにラギーには一般男性のような趣味は感じ取れない…。

…それは比喩じゃなく揶揄だ。と喉に詰まらせた。
…どういう意味で言ってんすか…。
非常に健全よ?
どうやっても信憑性のない言い回しで返ってきた。あいまいな相槌を打った。
ラギー・ミレイズ。
突然刺すような。

教師が生徒を静かに叱るような、そんなふうに名前を呼ばれた。

…はい。
貴方はどうして入院を拒むの?
この雰囲気の質問にしてはさっきからと別段変わりのない質問をされたため、拍子抜けした。
…嫌、だから―――…
具体的には?
間髪入れず問われた。
暇だから…ですかね…。
じゃあ貴方の「暇じゃない時間」は軍人として訓練や実戦に参加している時?
…そうなりますね。
つまり貴方は、

自分のケガがどうこうよりも、他人〈敵〉を殺す手段の強化に時間を費やしたい…ワケ?

すごく悪気のある…嫌味な言い方しますね。
…そうね、じゃあ―――…
でも。
メデゼン救長の言葉を遮る。
全く違う―――とは言えないかもですね。
じっとこちらを見据えていた視線を下の端末に移した。難しげなド真面目対話は終了したらしい。「…そ。」となんでもないような返事をした。
というか急になぜ?
…質問欄埋め。
…なんですかソレ。
なんでも。

とにかく、完全に大丈夫だと判断できるまでは入院よ。

さっきの俺の意見はガン無視なんですね…。
念の為後で再度精密検査ね。ザースには私から話しておくわ。
懲りずにまたラギーの声を無視して説明を続けた。

 いつの間にかシャツの背を引っ張っていた手は離していたらしい。しかし今更逃げようとしたところでもうどうにもならないことは流石に察していた。大人しくメデゼン救長の指示に従うことにした。

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登場人物紹介

ラギー・ミレイズ(中尉/少佐)

 自由な行動をとり、謙虚な性格。

精鋭部隊の隊長であったが、とある作戦で部下を失ってしまったショックなどで自殺をしようとした。しかし直前に回収に来た兵士によって阻止された。ザースは当時の部下の1人。

 彼女がいた、というがまだ誰かわからない。

ザース・ウォンダーザー(中尉)

 頭が良く正義感が強い。基本冷静な判断をするが、無茶をすることもしばしば。

銃の扱いや常識人さに定評がある。

もともとはラギーらと精鋭を組んでいたが、ラギーが記憶を失ってからは同僚として一緒に行動している。

メデゼン・イラスティア(救護班長)

 どの兵士とも仲がよく、親しい。

熟練の観察眼と馴れた手さばきで多くの兵士を救ってきた。面倒見もいいので、兵士たちの良い相談相手にもなっている。優しいが厳しい面もある。

エナ(動力源)

 日本につかわれていたところを連合軍に保護された。

大人しい性格だが、自分の意思は意外にはっきりしている。

日本にくる以前の記憶がおぼろげらしい。

日本軍では海軍の艦の動力源(昔でいう石油などの代わり)として艦に乗せられていた。〈機器に繋ぐことによって〉

ジュンメス・カーター(少尉)

 少し楽観的な思考をもつ。あまり頭脳派でない。

第六感が鋭く、危機的な状況になると消極的になる。

ヨセフ・ガイゼリン(少尉)

 名家ガイゼリンの長男。本人はガイゼリン家を嫌っている。ベーミンにはそれについて性懲りなく何か言われるので毛嫌いしている。

頭が良く、冷静に物事の判断を行う。周りを冷たく突き放すこともあるが、根本は仲間思い。

ベーミン・ウィリアムズ(大尉)

 常に陽気でよく他人をからかう。ガイゼリン家について少し知っていることがあるらしく、ヨセフによく絡む。

平等な立場を好むため、階位を表に出されるのを苦手とする。

デンジャラスじゃない、とMAの作戦をサボることがよくある。元少佐だったがその休みすぎの影響で落とされた。

佐竹(日本軍兵士)

 常に冷静な判断を下し、上司に忠実。

刀と風を使いこなしている。刀術については上司に習った。

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