人外系アイドル行進曲

エピソードの総文字数=3,279文字

 おかしい。こんなはずではない。

 『Trick or Treat』のデビューイベント開始まであと一時間に迫った小さな会場の様子を見て、浦戸史郎は焦っていた。
 それなりの数のマスコミ関係者を招待したにも関わらず、想定していた以上に空席が目立つ。と言うよりも空席だらけだ。記者とカメラマンを合わせて一〇〇人とは言わないまでも五、六〇人は来ると思っていた。しかし現実はどうだ。一〇人しかいない。
 この現実を、控室にいる真夜たち三人はまだ知らない。伝えるのは気が重いが、伝えないわけにはいかない。ガラガラの会場を直視しながら歌い踊らなければならない真夜たちの気持ちを想像すると、史郎は胃が痛くなった。
(しかし、いくらなんでも少なすぎる。何故だ……)
 会場の隅から全体を見渡しながら不審に思っていると、携帯電話の着信音が響いた。史郎のものではない。席に座る数少ない記者の一人が立ち上がり、電話に出るのが見えた。顔見知りの若手記者だ。
「え? 私もそっちに行った方がいいですか? でも、デビューイベントが……ええ、はい。……わかりました。そちらへ向かいます」
 そう言って電話を切った記者と目が合った。記者は気まずそうな顔をすると史郎から目を逸らし、こそこそと会場から去ろうとする。史郎は早足で追いかけ、ちょうど出口のあたりで記者を捕まえた。
「すいません、ちょっと待っていただけませんか。ここまで来ておいて、何も帰ることはないじゃありませんか」
「いえ、急な仕事が入ってしまいまして……」
 記者は歯切れ悪く言った。申し訳なさそうな表情で史郎を見てくる。なにか事情がありそうだ。
「もちろん、残ってくれと強制することなんて私にはできませんが……その急な仕事について、教えていただくわけにはいきませんか。お願いします」
 記者は少し悩んだようだったが「まあ、すぐにわかることですし……」と言って、史郎に事情を話してくれた。
 それは、史郎が全く予想もしていない内容だった。

「一〇人……。一〇人っすか……」
「ああ、失礼しました。先程一人帰ってしまいましたから、九人ですね」
「あう……」
 控室で史郎が厳しい現実を告げると、すでに衣装へ着替えていた『Trick or Treat』の三人は一様に落胆したようだった。それでも、真夜とフランは比較的冷静に事実を受け止めているように見える。
 もっとも落ち込んでいるのは流歌だった。いつも明るく元気でよく喋る分、テンションの落差が目立ってしまう。
「ルカちゃん、そんなにへこまないで。この会場に来てる人は少なくても、ネットで生配信もされるんだよ。そっちで一般のお客さんは初めて私たちのことを知るんだから、しっかりしないと。塞ぎこんでちゃダメだよ」
「そうだ。練習通りのパフォーマンスを精一杯やることだけ考えろ」
 真夜とフランの言葉に流歌は「はい……」と力無く返事をする。少しは落ち着いたようだが、普段の流歌とは程遠い。呆れるほど元気で歌の才能があって、おまけに人狼だとは言っても、やはり流歌はメンバーの中でも最年少の中学生なのだ。メンタル面では脆さがあるのかもしれない。
 さて、マネージャーの俺はどうする? 
 史郎は考える。優しく慰めることも、厳しく叱咤することも、史郎は得意ではない。史郎なりのやり方で、流歌たちのテンションを上げてやることはできないか。
 史郎は決意した。これから自分が行おうとしていることは博打に近いかもしれない。吉と出るか凶と出るか、史郎自身にも見当がつかない。だが、社長である賢一郎は別の仕事でこの場にはいないし、連絡を取る余裕は無い。いや、何よりも……彼女たちのマネージャーは史郎だ。史郎の責任で、史郎が決めなくてどうする。
「皆さん、先ほど真夜さんがおっしゃったネットでの生配信についてですが、予定通り行おうと思います」
 三人がうなずいたので、史郎は話を続ける。
「その際の映像についてですが……今日、この空席だらけの会場を見た時、まずいと思いました。空席だらけの会場の映像を配信するのはマイナスだと。客席の様子を一切映さず、皆さんのライブと記者会見だけを配信したほうが良いのではないかと」
「それは……まあ……そうかもしれませんね」
 真夜が戸惑いを含んだ声で言う。ガラガラの会場の様子を中継されるのは恥ずかしいし、視聴者も良い印象は持たないのではないか。あるいは、嘲笑の対象になるかもしれない。そう考えているのだろう。流歌とフランも黙ってうなずく。
 予想通りの三人の反応を確認すると、少し間を取って史郎は宣言した。
「ですが、考えが変わりました。この空席だらけの会場の様子も流しましょう。包み隠さず配信するんです。惨めで、情けなくて、屈辱的な、このデビューイベントの有様を全国の視聴者に見てもらいましょう」
「……っ!」
 史郎があえて挑発的な表現で発した台詞を聞いて、三人は言葉を失っている。流歌にいたっては青ざめているように見える。史郎は続けて、
「笑い者になるかもしれません。ただでさえ人外アイドルなんてイロモノの極みなのに、この閑散とした会場はどうだ。ひっでぇな、バカじゃないの……ってね」
「マネージャーッ!」
 黒マントを着た真夜が、史郎の胸ぐらをつかんだ。
「あなた、私たちのマネージャーなんでしょ! 味方でしょ! なんでそんなこと言えるんです!」
 この穏やかな金髪の美少女が怒るところを、史郎は初めて見る。至近距離にある少女の顔に一瞬見惚れたが、
「ですが、現実です」
 つとめて冷淡に言った。
「それは……そうですけど」
 真夜の力が弱まった。
「いいですか、皆さん。『Trick or Treat』は完全にスタートを失敗しました。これ以上ないくらいの逆境と言っていいでしょう。……だけどね、逆境はチャンスに変えることができるんですよ」
「……え?」
 真夜の手が完全に史郎から離れた。流歌とフランも、不思議そうな顔で史郎の言葉を待っている。史郎は一度咳払いをして心を落ち着かせる。

 あの若手記者は言った。昨日、急に『3×3CROSS』のスタッフからマスコミ各社に対して重大発表があるとの連絡が入ったのだと。その重大発表が行われるのは今日、まさに『Trick or Treat』デビューイベントと同時刻らしい。
 さらに、今日になって発表に先立ちさりげなく『重大発表』の内容がリークされたという。

 かつての人気子役・来栖蛍が『3×3CROSS』の一員として芸能界に復帰。

 全く情報をつかんでいなかった史郎は衝撃を受けた。アイドル記事に力を入れている雑誌やニュースサイトがそちらへ向かうのも納得だ。そして、その『重大発表』の会見が『Trick or Treat』のデビューイベントとぴったり重なっていることに作為的なものを感じる。
 あのプロデューサーならやりかねん、と史郎は思った。冬月悟は芸能界に巣食う妖怪だ、文字通りの意味で。……そっちが俺たちを潰そうとするのであれば、逆にそれを利用してやる。転ばされたからといって、ただで起き上がるわけにはいかない。

「人間は……特にアイドルファンって人種はね、物語を求めてるんですよ。それも、逆境に負けずにがんばってがんばってがんばって成功をつかむサクセスストーリーをね。最初から何もかも順風満帆で失敗も挫折も無いアイドルなんて、応援し甲斐がないでしょう」
 三人はぽかん、と口を開けている。史郎の言葉を呑み込むのに少し時間を要しているようだが、なおも史郎は続ける。
「だから、これはチャンスなんです。この最悪のスタートをあえて映像や記事で残してもらえば、大きな財産になるかもしれない。たとえ今日のイベントが失敗に終わっても、くじけずに活動を続ける。そうすれば、この最悪のスタートが『Trick or Treat』という物語の最高のスタートだったと思える時が来る! きっと来ますからっ!」

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