第74話 娘の事となると情けない父親

文字数 1,354文字

10年前くらいかな。娘の結婚式の時でした。
恥ずかしい思い出がある。
30半ばでやっと結婚式までたどりつきました。
一人娘なのでちょっと可愛がり過ぎました。

東京の皇居の畔のホテルでの挙式だった。前の晩から妻とそのホテルに一泊した。
13階の部屋の大きなガラス窓から見る皇居は緑一面だった。
周りには皇居を囲むように高層ビルが立ち並んでいる。
窓から見下ろす地上では高速道路に色とりどりの車が川の水のように流れていた。

妻からの呼びかけに力ない返事で窓の外の景色を眺めていた。
夕方から夜にかけて皇居の一帯は真っ暗な闇となっていく。
まわりの高層ビルの窓は無数のキャンドルのように輝いていた。
うとうとしながら窓の夜景を眺めているうちに朝がやってきた。
新夫婦は私の自宅から歩いて5分位の所にマンションを借りた。

朝9時に衣装室でモーニングに着替えた。生まれて始めてのモーニングだった。
係りの方が「若いお父さんですね」とお世辞を言ってくれた。
それから娘の着替え室に案内されていった。白いドレスの娘の後姿が見えてきた。

挙式直前にバージンロードの歩き方等のリハーサルがあった。
「右足を出して、両足を揃えて、左足を出してまたそろえて」
まだ娘の顔はまともに見ていない。見たらいっぺんにこみ上げそうな気がしていた。

いよいよ本番。挙式場の大きな白いドアの前に立つ。
娘が後ろから来て私の腕に右腕を差し込んできた。
その瞬間どっと鼻水が溢れてきた。
左手には娘の手、右手には白い手袋。
目から流れる涙も、溢れてくる鼻水もどうする事も出来ない。
貸衣装のモーニングに涙と鼻水が垂れている。

ドアが開き拍手に迎えられてバージンロードを進んでいく。
まるで別世界の中で遊泳しているようだった。
眼鏡が涙と熱気で白くなって前が何にも見えなかった。
娘が私の手を引き前へ前へと進んでくれた。

披露宴も別世界の光景のように目の前で流れていった。
ハンカチで拭いた目の周りと、鼻の下がヒリヒリ痛かった。
「おかあさんこのハンカチちょっと硬いよ」
「なに言ってんの、結婚式だからと思って500円もするハンカチなんだよ」
「おかしいな、汗もよく拭けないんだよ」
「しわにならないように化学繊維が入っているんじゃない」
「カーテンで拭いているようだよ、顔が痛いよ」
「貧乏人はいいものが使えないんだね」

涙や鼻水が止まらずどこの席にも挨拶にいけなかった。
私の友人がやってきた。
「あんた本当に演出がうまいね!みんな涙を誘われているよ」
「まいったよ・・・・・」
「そこの席から一歩も離れずにずっとそうしていなよ」
「うんそうするよ」
他人の前では偉そうにしている私が、なぜ娘の時だけは情けないんだ。

2時間の間・・・・・・・
ずっと同じ席で・・・・
出される料理を・・・・
下を向いて・・・・・・
・・・・・・・・・・・味がわからぬまま食べていた。

この結婚式の時に、娘からの借金200万円は精算が済みました。
   娘には結婚式の時に200万円
   マンション購入時に300万円
   娘への遺産はおそらく数千万円になります。
私の私生活は質素です。私の厚生年金や妻の国民年金は使っていません。
パソコン教室の収入だけで暮らしています。
年金は娘の為に残したいと思います。
娘はあの件で親のあつい信頼を受け、将来の豊かさを手に入れました


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