第20話 平和の祈り

文字数 3,141文字

 成美が「現実主義」と言うユカリさんに、ミッションのことをどうやって説明したら良いのかぼくは全くアイディアが浮かばない。とりあえずUFOのことから説明しなければ、と考えたぼくが写真アルバムを取りに行くために席を立つと、ミウが二階から降りてきた。
「こんばんは」とユカリさんから先に挨拶した。「はじめまして。成美の母の羽山ユカリです」
「ハジメマシテ ミウデス ココデハ ソウ ヨバレテマス」
 彼女の容姿にユカリさんは興味を持ったようで、「どちらのお国から?」と尋ねたが、ミウはなんと返答して良いのか困っていた。
「月よりの使者です」とぼくは代わりに答えたが、リアリストの思考を混乱させただけだったかもしれない。
「このプロジェクトのメッセンジャーとでも言ったら良いのかな?」と成美がフォローしてくれた。
「ミウさん」と言うと母は立ち上がり、ミウをユカリさんの隣に座らせた。「先ずは腹ごしらえね」
 温め直した食事でミウが空腹を満たした頃、母はミウに尋ねた。
「この方にさっき私たちに伝えてくれたことを手短に伝えられる?」
 手を取って気遣う母にミウは笑顔でゆっくり頷いた。きっと『ダイジョウブ』と答えていたのだろう。

 ミウはユカリさんの手を握った。はじめは戸惑いがちだったユカリさんも覚悟を決めたらしく姿勢を正して瞼を閉じた。
 時計の針が進んだのは僅か五分ほど。きっとユカリさんは理解力は半端じゃないのだろう。

 ミウが手を解くタイミングを見計らって姉の海が賢者のリングをテーブルの上に移動した。ユカリさんは徐ろに瞼を開くと目の前のリングを見つめながら、「これがアンデスの山中で何千年もその時を待っていたリングなのね」と呟くように言葉を発した。
「なんて言ったらいいのかしら。子供の頃に『地球は丸くて太陽の周りを回っている』と初めて知った時以来のショックかも……。でも皆さんはもうこのことを理解してるのね?」
 ユカリさんの問いかけに全員が頷いた。僅か五分で概要を理解したイベントプランナーは「少し時間が欲しい」と言ったが、その場で数件の電話連絡を済ませ、しばらくの間MacBookProに向き合っていた。

 一時間後、ユカリさんは部屋の照明を暗くするようリクエストすると、白い壁をスクリーン代わりにして、小さなプロジェクターから『Project Z』とタイトルされたスタート画面を投影した。
「予算がないと聞いて、先ず浮かんだのは寺院や神社や教会でした。さっき、彼女からミッションの概要を伺って、私の最初のアイディアがそれほどズレていないことは確信できました」と言って画面を送る。最初に映し出されたのは空から撮影されたお寺の境内だった。
「先ずは東京からスタートします。これは芝の増上寺ですが、浅草寺や築地本願寺、東本願寺など、駅からのアクセスが良くて境内の広いところが最適です」
 ユカリさんは画面を次に進めた。
「期間が限られているので移動を最小限にして次は関西圏。これは現地のイベントプランナーの提案ですが、宗教色を廃して大阪城はどうでしょう?」と言うと、すぐに画面を送る。「そして広島です」
 壁には広島の平和祈念公園が映されたが、そこには小さな屋根の下で三人がリングを囲み、後ろに三つの列に人が連なるCGイメージが合成されていた。
「二日間人々の祈りを集めたあと、八月六日当日は祈りのシンボルとしてその場に展示します。その日の夜に長崎へ移動して、翌朝から二日間人々の祈りを集め、九日も同じように長崎で展示する考えです」
「そのあとリングはどうするんですか?」とボクは質問した。「ミウがリングを持って行ってしまうと何も残らなくなってしまいます」
「その問題は皆さんにも考えていただきたいんです」
 姉が即座に提案した。
「例えばこういうのはどうでしょう。実は、アンデスの山中で眠っていた間ずっとリングを覆っていた岩石の欠片があるんです。それを集めてリングの中心に置いておくというのは?」
「言ってる意味がわからない」とぼくがツッコミを入れると、姉は目の前に崩れた岩石が載っているトレイを持ってきた。
「リングはあくまでも皆さんの祈りを集めるための道具ということにして、その中心に『価値ある物』としてこれを置いて、その後に展示してはどうでしょう」
「なるほど!」とユカリさんは頷いた。「それならリングが無くなっても誰も文句は言わないわね」
「ですよね?」と姉は嬉しそうだ。「長崎のイベントが終わったらアンデスの石を二つに分けて、平和を祈るシンボルとして広島と長崎の両方に展示しても良いと思うんです」
「それって八万四千人の人を欺くことにならないの?」とボクは異議を唱えたが、代案を思いつくわけでもなく、結局全会一致で姉の案が採用されることになった。

「一つお願いがあります」と母が意見を挟んだ。「大阪城ですけれど、平和を祈る場所が戦いのシンボルであるお城というのは少し抵抗があります。代案として京都の東寺はどうでしょうか? 東寺なら駅から近いし境内がとても広いので」
「確かに平和を祈る場所にはもってこいですね」とユカリさんも母の案に賛同した。「実は高野山や醍醐寺とはご縁があったんですけど交通の便があまり良くないし、東寺にはコネクションが無くて……」
「それでしたら、知人が何人かいるのでお任せ下さい」と母は微笑んだ。「私の母の実家は東寺真言宗の末寺なんです」
「それはそれは……是非にお願いします」と言うと、ユカリさんは再確認した。「東京と京都で三日ずつ、広島と長崎は記念日当日を除いてそれぞれ二日間で、合計十日間。さて、ここからが問題……」
 ユカリさんがスライドの画面を先に進めると、そこには各日程毎の参加人数とともに、現場の運営スタッフの数が挙げられていた。
「参加者はネットで拡散すればある程度集まると思うけど、問題は運営スタッフです。スポンサーがないからこれだけのアルバイトを集める予算はないし」
「NPO法人とか利益を求めない人たちの協力が必要ですね」と海は言う。
「短期間でこれだけの人数を集められる組織はそうそう見つからないでしょう。そこで私は宗教団体の協力を提案したいんです」
「宗教団体!?」と思わず口にしたぼくの声は少し裏返っていたと思う。
 ユカリさんが画面を送ると、そこには九つの団体の名が挙げられていた。そのうち四つくらいはなんとなく聞き覚えがあったが、その他は聞いたこともない団体ばかり。そんな教団と関わって本当に大丈夫なのだろうか? 不安に感じたぼくは、「これって新宗教じゃないんですか?」と尋ねた。
「確かにいちばん古い教団でも歴史は百年くらいだから、新宗教と言えないことはないわね。ここに挙げたのはどこも信徒数十万人以上だけど、政治色が薄く、他の宗教への排他性がなくて、利他主義を掲げてボランティアや社会活動に熱心な……そうね、分かり易く言うとカルト宗教じゃない真面目な団体ばかりなの」
 それまで口を挟まなかった成美も相槌を打った。
「そういう人たちなら無償でボランティアを買って出てくれそうね」
「平和のために祈りを結集するなんて、宗教をやっている人たちにとってはまたとない機会でしょ?」とユカリさんは満足げだ。「呼びかけたらみんな喜んで協力してくれるはず」
「宗教カラーに染まるのはいやだな……」とぼくは漏らしたが、ユカリさんはそんなぼくを安心させるように説明してくれた。
「だから特定のカラーに染まらないように複数の団体で調和を取って貰うの。仏教系、キリスト教系、神道系……背景は様々だけど、ここに挙げた九つの団体は以前に仕事で関わったところばかり。私にもコネクションがあるから、この先は任せてくれないかしら?」
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