第22話

文字数 1,401文字

 暖炉がパチパチと音を立てる。

「なるほど……そんな不思議なことが……」
「そうなんです」

 シチューの匂いが、叶奈のお腹をぐうぅと鳴らす。

「あ、すいません。お腹空いてしまったみたいで……」
「大丈夫ですよ。人間、お腹は空くものです」

 ふふっと、悟が笑う。叶奈は、顔を真っ赤にする。
 悟は、テーブルにシチューの入ったお皿を置いた。湯気と匂いが、叶奈の食欲をそそる。
 叶奈が、ぼんやりとシチューを見つめる間に、悟は二センチ程の厚さに輪切りにしたフランスパンを三枚ずつ乗せた皿をテーブルに置く。

「さて、メニューも揃いましたし、頂きましょうか」

 悟が、にこりと微笑む。叶奈は、大きく頷く。

「「いただきます」」

 カチャリと、シチュー皿にスプーンが当たる音がする。叶奈は、どこかぎこちない様子で、シチューを掬う。
 悟は、ゆっくりシチューを口に運びながら、その様子をしばらく眺めていた。
 叶奈は、その視線に気づいているせいか、ますますぎこちなくなる。

「私との食事は緊張しますか?」

 悟が、柔らかい口調で問いかける。叶奈は、慌てて口をモゴモゴさせながら、返事をする。

「ひえ、あのひがうんでふ。……すみません。食事のマナーをよく知らないので、何かマナー違反をしてしまいそうで」

 ようやくシチューを飲み込んだ叶奈は、申し訳なさそうにした。
 悟は、そんな叶奈を優しく見つめる。

「叶奈さん。マナーを守ることは、大事です。でも、一番大切なのは、食事を満喫すること。そして、食事ができる環境に感謝することです。茶道の講師によっては、来客者がマナーだと言う方がいらっしゃいます。もちろん、最低限のマナーはありますが。でも、それ以上に、お茶とお菓子、そしてその空間や季節を愉しむことが茶道では大切なのです。今日は、茶道と同じ。叶奈さん自身がマナーです。お食事を楽しく満喫してください」

 悟は、ゆっくり叶奈にそう語りかけた。
 叶奈は、悟の言葉を聞いて、安堵の表情を浮かべ、肩の力を抜いた。悟から見てもわかるくらい、肩に力が入っていた。

「今日は、私自身がマナー……」
「そうです。だから、マナーは気にしないでください。さすがに、犬食いと言われるような行動をされるとびっくりはしますが」

 悟が、苦笑する。

「さすがに、それはしませんよ!」

 叶奈は、思わず笑った。そんな叶奈を見て、悟は微笑む。

「えぇ、叶奈さんならしないでしょう。叶奈さんは、真面目なお方ですから」

 悟の言葉に、驚く叶奈。

「え、私が真面目ですか? 私なんて、まだまだちゃらんぽらんですよ!」

 今度は、悟が驚く。

「え、叶奈さんは、真面目ですよ! 真面目で、親切です」

 悟は、優しい眼差しを叶奈に向ける。

「叶奈さんは、ツナグさんをここまで連れて来て下さった。しかも、外に栽培されているものを摘むことを提案せずに、ここまで案内してくださった。十分真面目で、優しいお方です」

 悟の言葉に、叶奈は照れる。無意識に後頭部を軽く掻く叶奈。そんな叶奈を、悟は、優しく見つめる。

「さて、シチューが冷めてしまう。どんどん食べてください。お替わりもありますから」

 悟が、食事を促す。叶奈は、それにつられて、慌ててスプーンを口に運ぶ。
 悟と叶奈は、暖炉のパチパチというBGMを聴きながら、ツナグのいる世界について話し合いながら、食事を進めた。
 暖炉の音は、時折時計の針のように時間を優雅に進めていったのだった。
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