第十二話 天上の魔王、居直り勇者

文字数 2,296文字

ようこそ私の頭取室へ!
フハハハハハハ! この私にハメられた負け組の勇者がのこのこお出ましとはな! 実に心地よい!
すごい……こんなに煌びやかなお部屋は見たことがありません……。王宮でも、これほどの場所はないような……。
当たり前だ。溢れんばかりの資金力がある俺から見れば、王など、所詮は手のひらの上の駒の一つにすぎん。我が魔境銀行は、たった一行で、王国政府が発行する国債の45%もの巨額を引き受けている。もはや王国の財政は、我が行の支援がなければ成り立たないであろう。ある意味、この王国自体を本当のところは私が経営しているようなものだ。
魔王さんの目のくらむようなお話に、思わず立ちすくんでしまいそうになります……。
見よ、そこに飾ってあるのはシーレイス――世界で最も有名な絵画の一つと言われている。もちろん真作だ。時価にして4億5000万G。庶民の平均的な月給がせいぜい1万Gであるこの世界で、あのたった一枚の紙切れにそれだけの値札が付いていることの意味を、よくよく噛みしめてみるがいい。
…………。
私の知らない世界がこんなに広がっていて、本当に私は何も知らないままで生きてきたんだって驚かされるほどです……。
99.9%の庶民は、しょせん我々の奴隷に過ぎないのだよ。
いや、庶民風情が奴隷とは上品すぎる。せいぜい家畜というところか。
さすがにそんな言い方って酷いと思います……。
当然、貴様は庶民の側だ。むしろ大借金まみれで地べたを這いずり回っていることを考えれば、庶民のほうが勇者より遥かにマシか。フフフ、勇者よ、貴様は生ゴミ未満の憐れ極まる存在だな。
どんな人間にだって、尊厳くらいはあるんですよ。あまりおごり高ぶっていると、魔王さんがバカにする庶民さんたちからいつか革命を起こされて、一気に地位を失うに違いないんです。
革命で地位を失うのは王だろう。私は王座の後ろのベールに隠れ、遥か高い次元にいるのだ。それが理解できない貴様は、やはり生涯家畜のままだということだ。
ですが魔王さんにこうして色々教えてもらってます。おかげで私なりに、世界の姿が見えてきたように思っています。敵に塩を送るって言葉はご存じですか?
フッ、貴様が敵ならこの私も塩を送ってやるのは躊躇するところだ。だが今の貴様は私の敵ですらない。地獄の釜の底で這いつくばる勇者と、万里の天上で青天白日に暮らす私とでは、比べるのもおこがましい。たとえ一時でもこの私を追い詰めた記憶は、ほんの奇跡だったとして消し去ったほうがいいぞ。
まだまだわかりません。たとえ地獄で這いつくばる私でも、戦う意志は残っています。それが私を支えてくれる仲間への責任です。
虫ケラ風情が偉そうに叫ぶのも大概にしろ。
ところで今日は何をしに来たのだ? まさか戯れ言を並べにきたのではあるまい?
武器屋『ドリームアームズ』の借入金は返せません。そのことを正直に伝えにきました。
契約は契約だ。返せないのなら、破産を選択するというのだな? 契約上、武器屋『ドリームアームズ』代表者の肝臓を売却することになっている。その上で10年間にわたって、ボロ雑巾のように酷使してやろう。クククククク……勇者さえ破産させてしまえば……いよいよこの私こそが世界の真のリーダーになるということだ。
破産もしません。ですが、返す意志はあります!
………………なにぃ!?
『ドリームアームズ』でたくさん稼いで、きっと銀行への返済をしてみせます。ですから、運転資金を貸してください! 銀行家としての魔王さんに頼んでいます! これはビジネスなんです!
バカな!?
金を返さないだけでなく、さらなる借金を要求してくる……だと?
払えないものは払えません。ですが返す意志があるので破産申請もしません。
心を決めて居直りさえすれば、借り手のほうが強いってこと、魔王さんは知ったほうがいいと思います!
ぐぬううううう!?
私は破産しませんし、返済の意志もある以上、魔王さんに法律の助けがあると思ったら間違いなんです。なんなら魔王さんが私のいる地獄まで降りてきて、どうぞご自由に取り立ててください。
払いたくても払えません!
なんという居直りぶり……。
ここまで卑劣で邪悪な人間を目の前にしたのは初めてかもしれぬ……。貴様は銀行にとってのウィルスだ
だからこそ、返して欲しいなら私にお金を貸してください。武器屋の買収で98万Gも使ってしまった私には、もうお金はありません。でも仕入代金とかがあれば、パーティーのみんなで頑張って、『ドリームアームズ』を盛り返してみせるんです。
だから私に、1000万Gを貸してください!
無一文の貴様が……1000万Gを貸せ……だと……?
もともと武器屋『ドリームアームズ』が魔境銀行から借りているお金は2650万Gだったはずです。だから今回、新しく1000万Gを借り入れたとすれば、合計3650万Gの借入金ということになります。その代わり、1年後に借入金3650万Gを、5000万Gにしてお返しします!
わずか1年待てば3650万Gが、5000万Gにだと!?
むうう、まさかの年間利回り73%……! 銀行家として実に実に魅力的な……!
ぐぬおおおおお……断れる……はずがないッ……!
勇者よ、それは誠の取引なのか!?
命に代えても私は約束を守ります。そのお金が返済できないときは、私の心臓もどうぞ持っていってください!
しかも実質、最初の貸付2650万Gはペテンだというのに……。それがタダで手に入るというのか。
もう一度言います、私に1000万Gを貸してください!
そしたら1年後には、魔王さんは5000万Gを手にすることができるはず!
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登場人物紹介

勇者

剣技・魔力ともに秀でた有数の戦闘技術の持ち主。幼いころからその力は有名で、王国政府から懇願されて魔王討伐の旅に出た。
心優しく、単純な性格。誰に対しても丁寧で、魔王にすら謙虚な姿勢で臨む。

魔法使い

まだ年若いにもかかわらず、王国魔法協会で最高の魔力の持ち主。勇者を護衛するメンバーとして王国魔法協会から派遣され、最も早くからパーティーに参加した。ギャンブル好きで、大都市にくるとカジノに入り浸る。

僧侶

教皇庁の特殊工作員。教皇庁の思惑から勇者パーティーに派遣され、魔王軍攻略に参加している。
ゾンビ30体を同時召還し使役することができるほどの驚くべき魔法力を秘め、その実力は魔法使いを上回る。タイマン勝負でも、愛用の聖鉄製大型ジャッジガベルを振り回し、戦士を圧倒する実力をみせる。表向きは清楚な女性に見えるが、パーティー内での戦闘力は、実のところ僧侶が最も高い。

戦士

ツワモノ揃いのパーティーメンバーのなかで、唯一の庶民的能力。
苦学生で、生活費を稼ぐために、冒険者ギルドに所属して時々バイト活動をしていた。あるときダンジョンに挑む勇者パーティーにポーター(鞄持ち)として雇われる。最後に加わったメンバー。
正式には今でも冒険者バイトだが、数字や法律に強く、パーティーの知能を担っている。すでに古株になってしまっており、最後まで同行しそうな雰囲気である。

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