第１話

　静かな夜。

　青年は黙々と読書に耽っていた。胸には紅い宝石の付いたネックレスが、灯りに照らされて鈍く光っている。



　コンコン


　ドアがノックされ、返事もしない内に女が入ってきた。


「邪魔するわよ」
「もうしてるじゃないか」


　もう時間か。読み飽きた本でも、それなりに時間は潰せた様だ。


「ちょっと早くないか。もうそんな時間？」
「余裕ね？　生憎、もうそんな時間よ」
「ふーん」


　女は静かに椅子に座る。


「レッド、何？　やる気無い訳？」
「殺る気はあるよ」


　レッドってのは俺の通り名……って言うかコードネームだ。最初の頃に仕事した時に、返り血を全身に浴びてしまったせいで呼ばれる様になってしまった。

　因みにコイツはブルー、俺の相棒だ。興味が無いから聞いた事は無いけど、冷酷な女って事なんだろうか。


「ちゃんと今日の仕事内容、覚えてるの？」
「ターゲットはハンター支部の副部長、スウァム・トルレスだろ」
「時間は？」
「20:00。後30分位だ」

「ロックする場所は？」
「候補は2ヶ所。北のスラム街か南のハンター本部」
「レッド、貴方の担当は？」
「俺がスラム街、ブルーがハンター本部で待ち受ける」

「今回の依頼者は？」
「そんなん知らん。仮に知っててもお互いに何も言わないもんだろ」
「まあちゃんと分かってるなら良いわ」


「今更、確認する事かよ」
「そうね。貴方が無愛想なのは今更だったわね」


　そう憎まれ口を叩きながら、ブルーは静かに立ち上がった。


「じゃあ私は行くわ。今回の依頼は外せない。確実にロックしないとね」
「そうだな。まあスラム街は近いから」
「だからそっちを選んだんでしょ？」

「こっちの方がターゲットの来る確率が高いからだろ」
「数%だけでしょ。これで取り分は一緒なんて」
「俺が倒しても、だろ」
「はいはい、じゃあね」


　ブルーは去って行った。

　さて、ロック……つまり、ターゲットを殺す事だが。ロックまでまだ時間はあるが、そろそろ出掛けようか。








　建物の屋根に登り、見渡しの良い場所で待機する。

　腰に携えたダガーを確認する。アサシン本部から支給されているアサシンダガーってやつだ。昔は狩りで短剣ばかり使っていたし、アサシンになったばかりの頃も長剣は重くて使い難かった。あれ以来ソードは触っていないが、結局はダガーが使いやすくて良い。

　アサシンの仕事は何もハンター相手ばかりでは無い。寧ろ今回みたいなハンターの役職、って方が珍しい位だ。依頼金からして、そこらの野良依頼では無いだろう。面倒な事にだけは巻き込まれたくないもんだ。


「そんなこんなで、ターゲットのスウァムもブルーの方へ行ってくれるのが1番良いんだが」


　そう呟きながら、道を歩くターゲットを発見してしまう。この辺りはこの時間でも人気が無い。残念ながら見失う事が困難だ。


「はあ……面倒だな」


　音をたてずに屋根を飛び移り、一気にスウァムの前方へ降りた。

　……さて、ロック開始だ。




「スウァム・トルレスだな」
「そうだが……お前は誰だ？」
「答える必要は無い。死んで貰おう」


　俺はダガーを構える。


「なるほど、アサシンだな」
「……」
「アサシンはアサシンらしく、後ろから狙って来れば良かったものを」
「行くぞ」



　走り出し、一気に間合いを詰めて斬り掛かる。


「甘いな」


　スウァムはダガーを受け止めて、そのまま力で押し返す。見た目より力があるな。


「アサシンのくせに正々堂々と正面から来た事は誉めてやろう。その事を後悔しながら死んでいけ」


　スウァムは振りかぶり斬り掛かってきた。


「悪いが、時間を掛けるつもりはない。パワーホールド！」


　パワーを上げる魔法を掛ける。一般的に知られている攻撃力増加の魔法より強力な魔法。俺の1番得意なやつだ。


　スウァムの攻撃を回避して一気に斬り付けた。そして直ぐに動きの止まったスウァムの身体の向きを変え、後ろから首を切る。これが返り血を浴びないコツだ。俺だって学んでいる。

　いつも通りの手応えがある。ダガーのせいなのか直で感じてしまう。




　ふう、と息を吐いた頃にはスウァムは地面に倒れていた。虚ろな目をし、ただ呼吸だけをしている。いや、実際は呼吸さえ出来ていないだろう。……そう考えている間にスウァムは動きを完全に止めた。




「さて、冥福を祈るか」


　スウァムだったモノに手を合わせる。俺のいつもの儀式だ。