5 草薙鎖天は斯く再会す
文字数 1,452文字
「ふぁ……つ、っかれたぁ……」
廃ビルを待ち合わせ地点に指定し、舞沙と別れてから数時間後。
俺は、町唯一の銭湯に来ていた。
ゆったりと肩まで浸かり、全身を温めていく。以前は少し熱過ぎると感じた湯だったが、今はさほどでもない。死体の身では、温度の変化も感じにくいのだろうか。おかげでゆっくりと湯を堪能することができた。
シャワーでこれでもかってほどに洗い流した髪から、ぽたぽた雫が垂れていく。
――――拠点となる、廃ビルの大掃除。
結果から言えば、それは中途半端なところで終わらざるを得なかった。五階建ての階層の内、掃除ができたのは下の二階分だけだ。まぁ、なにも五つの階層全てを使わなくても生活はできるのだし、二階分も綺麗にできたなら上首尾といったところだろう。
掃除用具には事欠かなかった。今や一〇〇円均一の店で大抵のものは揃う。モップや雑巾、箒にちりとり、締めて一〇〇〇円にも届かない額で手に入った。
問題だったのは、水だ。
これ以上ないほどのこてこての廃墟に、まさか水道なんて通っている筈もなく、掃除するに当たって水だけが致命的に不足していた。ミネラルウォーターを安く売っているスーパーを駆けずり回ったが、それでもかなりの出費になってしまった。おまけに、二階分掃除しただけで、何本も買い占めたミネラルウォーターは簡単に底をついてしまった。
それでもまぁ、逆に言えば二階分は掃除できたのだ。
生活スペースには、これで困らない。
肺を埃に犯されながら眠る心配は、当面の間しなくてよさそうだ。
――――という訳で、掃除を無事に終えた俺は、汚れた身体を洗い流すために銭湯に来ていたのだった。
財布の中はこれでほぼ空になってしまったが、食事も光熱費も必要ないんだし、困ることはないだろう。こうやってゆっくり湯船に浸かるのが、これで最後だと思うとなんだか寂しいが。
「……そろそろ上がるか」
緩慢な動作で、身体を持ち上げ、立ち上がる。
そろそろ夕方に差し掛かる。外ではきっと、橙色の夕陽が辺りを照らしていることだろう。
舞沙とは、例の廃墟で夕方待ち合わせになっている。
細かい時間は決めていない。舞沙が【蟲】を探すのに、どれだけ時間がかかるか読めなかったからだ。けど、ぼちぼちいい時間だろう。なんなら先に廃ビルに帰って、寝袋の準備なんかもしておきたい。
脱衣所で、持ってきた着替えに身を包む。元着ていた服は、掃除のさなかに埃まみれになってしまった。洗濯してしまわないと……あぁでも水がもうほぼないんだよなぁ。
日光も廃墟にはほとんど届かないし、どうしたものか。
そんなことを呑気に悩みながら、俺は銭湯の暖簾をくぐった。
風呂上がりの牛乳、はお預けだ。
さて、さっさと廃墟に戻らないと。舞沙を待たせちまうのも悪いしな――
「鎖天っち……だよね?」
と。
聞き慣れた声に、俺は一瞬固まった。
この、この声は。
そして、俺を変な渾名で呼ぶのは。
間違いない、ひとりしかいない。
けど、なんで? どうして? だって。
だっておまえは、俺の記憶を失ってるんじゃなかったのか?
【蟲】に記憶を喰われて、俺のことを忘れていた筈――
「……笑、夢……?」
「うん、そだよー」
振り返ると、そこには。
悪戯っぽい笑みを浮かべ。
学校指定のセーラー服を華麗に着こなし。
そして、右腕にぐるぐると包帯を巻いた。
氏村笑夢の姿があった。
廃ビルを待ち合わせ地点に指定し、舞沙と別れてから数時間後。
俺は、町唯一の銭湯に来ていた。
ゆったりと肩まで浸かり、全身を温めていく。以前は少し熱過ぎると感じた湯だったが、今はさほどでもない。死体の身では、温度の変化も感じにくいのだろうか。おかげでゆっくりと湯を堪能することができた。
シャワーでこれでもかってほどに洗い流した髪から、ぽたぽた雫が垂れていく。
――――拠点となる、廃ビルの大掃除。
結果から言えば、それは中途半端なところで終わらざるを得なかった。五階建ての階層の内、掃除ができたのは下の二階分だけだ。まぁ、なにも五つの階層全てを使わなくても生活はできるのだし、二階分も綺麗にできたなら上首尾といったところだろう。
掃除用具には事欠かなかった。今や一〇〇円均一の店で大抵のものは揃う。モップや雑巾、箒にちりとり、締めて一〇〇〇円にも届かない額で手に入った。
問題だったのは、水だ。
これ以上ないほどのこてこての廃墟に、まさか水道なんて通っている筈もなく、掃除するに当たって水だけが致命的に不足していた。ミネラルウォーターを安く売っているスーパーを駆けずり回ったが、それでもかなりの出費になってしまった。おまけに、二階分掃除しただけで、何本も買い占めたミネラルウォーターは簡単に底をついてしまった。
それでもまぁ、逆に言えば二階分は掃除できたのだ。
生活スペースには、これで困らない。
肺を埃に犯されながら眠る心配は、当面の間しなくてよさそうだ。
――――という訳で、掃除を無事に終えた俺は、汚れた身体を洗い流すために銭湯に来ていたのだった。
財布の中はこれでほぼ空になってしまったが、食事も光熱費も必要ないんだし、困ることはないだろう。こうやってゆっくり湯船に浸かるのが、これで最後だと思うとなんだか寂しいが。
「……そろそろ上がるか」
緩慢な動作で、身体を持ち上げ、立ち上がる。
そろそろ夕方に差し掛かる。外ではきっと、橙色の夕陽が辺りを照らしていることだろう。
舞沙とは、例の廃墟で夕方待ち合わせになっている。
細かい時間は決めていない。舞沙が【蟲】を探すのに、どれだけ時間がかかるか読めなかったからだ。けど、ぼちぼちいい時間だろう。なんなら先に廃ビルに帰って、寝袋の準備なんかもしておきたい。
脱衣所で、持ってきた着替えに身を包む。元着ていた服は、掃除のさなかに埃まみれになってしまった。洗濯してしまわないと……あぁでも水がもうほぼないんだよなぁ。
日光も廃墟にはほとんど届かないし、どうしたものか。
そんなことを呑気に悩みながら、俺は銭湯の暖簾をくぐった。
風呂上がりの牛乳、はお預けだ。
さて、さっさと廃墟に戻らないと。舞沙を待たせちまうのも悪いしな――
「鎖天っち……だよね?」
と。
聞き慣れた声に、俺は一瞬固まった。
この、この声は。
そして、俺を変な渾名で呼ぶのは。
間違いない、ひとりしかいない。
けど、なんで? どうして? だって。
だっておまえは、俺の記憶を失ってるんじゃなかったのか?
【蟲】に記憶を喰われて、俺のことを忘れていた筈――
「……笑、夢……?」
「うん、そだよー」
振り返ると、そこには。
悪戯っぽい笑みを浮かべ。
学校指定のセーラー服を華麗に着こなし。
そして、右腕にぐるぐると包帯を巻いた。
氏村笑夢の姿があった。