月詠三言の求愛(5)
文字数 5,211文字
ウルチ火山に入った。
ウルチ火山は標高約1200m、山頂付近には背の高い植物は生えておらず、
山麓付近にはスギ、ヒノキ、マツやカシなどが生いシゲっている。
レッドドラゴンは見はらしの良い、
火口付近のホラ穴を根城にしている。
戦略もなく山頂に向かえば、レッドドラゴンが吐く炎につつまれ、
あっという間に、あの世だろう!!
そこは、わたしがホレた男のなかの漢、
荒部隊長はちがうッッ!!
しっかりと戦略と戦術を練っている!
レッドドラゴンは食糧を調達するため、
1日3回、根城をはなれ飛翔する。
その時間は朝、昼、夜と決まっており、
用心のためコースを少しずつ変えている。
隊長はキメノの住人から情報を採取し、
昼の飛翔コースと時間をわりだした。
我々は山麓と山頂の境界線の林に身をかくし、
レッドドラゴンが食事を終え、根城にもどる瞬間を下からねらう。
食事で体が重くなったレッドドラゴンは
低空飛行となり、魔法がとどく距離となるのだ。
ドラゴン族の外皮は凄まじく強固だが、
唯一の弱点は「腹」なのだ。
そして、隊長が口を開く。
戦闘前の円陣は私にとって、とても大切なことだ。
重ねた手が、震えていたり、冷たかったり、
手汗をかいたりするからだ…。
わたしの手の下は花咲だった。
緊張しているのか、微かに震えている。
わたしは花咲の手をグッと握り、
「わたしに任せておけ」とアイコンコンタクトを送る。
花咲は安心したのか、ふーと大きく息を吐いた。
いいチームだ。
隊長を中心に、雰囲気もよく、仲間を信頼している。
そして、わたしと花咲、隊長としいたけ(身ノ丈)が
ペアとなり、二手に分かれた。
もちろん、これも戦術だ。
パーティーは4人。2人1組で作戦を行う。
どちらかの組がダメになっても、もう1つの組、
そして1人がダメになっても、もう1人がいる。
補助魔法が使える私としいたけが別々となり、
どちらも攻撃できるこちらの組が先手を打つのだ。
暗闇の林でレッドドラゴンを待っていると、
虫や鳥の鳴き声、そして葉が揺れる音が聞こえる。
普段は気にもとめない音が平静を保つ。
生きていることの喜び
生かされていることへの感謝
これからの人生を歩むために
心を落ち着かせ、
集中力を高めるのだ。
そして、ヤツはやってきた!!
レッドドラゴンと”わたしの目”があったのだ!
灼熱の炎が放たれるっっ!
わたしはとっさに両手に巻き付けた
呪符をほどく!
上空へと広がった。
だが灼熱の炎は、いとも簡単に網をやぶり、
我々めがけて迫ってくる。
わたしは花咲をハグすると、
全力で地面を蹴り、覆いかぶさった。
全身に月の加護の呪符を巻いているので、
ある程度の物理的攻撃は防ぐことができる。
だが、この炎は”ある程度”をはるかに超えていたっ!
まるで、背中に爆弾を落とされたような一撃、
そしてマグマを背中に直接かけられたような、
「殺してくれ」と思えるほどの熱さだった。
気を失いそうになったので、
くちびるの一部を歯でかみちぎった。
地面に横たわっている花咲を見ると、
腕と足、顔の半分が焼けタダレていた。
レッドドラゴンがこちらに飛翔する。
そして、しいたけたちが身を隠す林に、
アイコンタクトを送る。
背中から剣を二本ぬく。
剣を抜くと同時に
レッドドラゴンが目の前に
ズドンと着地する。
気負されるところだが、わたしはちがった。
全身の血が沸騰し、燃えあがるのだ。
ただ頭の血が沸騰する前に思ったことは、
「なぜ作戦がバレていたか?」だ。
1つ考えられるのは、キメノの住人が
レッドドラゴンと繋がっていたのかもしれない。
荒部隊長の上司のパーティーは荒部隊長以上に、
戦略を練っていたはず。
さらに他のパーティーも全滅していたことから、
住人とレッドドラゴンの間に密約があるのだろう。
レッドドラゴンがキメノを襲わないかわりに、
住人が討伐パーティーの情報を教える。
そんな仮説を立ててみたが時間切れ。
頭の血が沸騰したッッ!
レッドドラゴンに放たれる。
1つはドラゴンの左肩に、
もう1つは、地面に落ち、砂煙が舞いあがる。
レッドドラゴンの体がぐらっと左に傾く。
わたしは砂煙の中、
レッドドラゴンの腹をめがけ突撃する。
ドラゴンの尻尾がわたしを捕えた。
その強烈な一撃で、右腕の骨とあばらが折れたのがわかった。
さらに、ふっとび、岩に全身を打ちつけた。
……………
……………
……………
記憶はそこまでだ。
目を覚ますと、なんの変哲もない病院の
白い天井が目に飛び込んできた。
全身に包帯とギブス、腕には痛み止めの点滴。
どうやら、またヤラれたらしい……。
横をみると、社長とおかめが座っていた。
おかめが入口に向かった。
おかめは深いおじぎをし、こちらに戻ってきた。
花咲さんは隊長が好きになった
唯一の女性だったらしいわ。
若いのに勉強熱心で、上級魔法も使えて、
男に言いよったりもしない。
けど付き合って結婚を考えたら、
魔王退治業は危険だからって、
会社を辞めようか二人して悩んでたらしいわ。
そこにあんたが加入して、助言したんだろ?
結果、レッドドラゴンを倒して、花咲さんは退社。
もちろん、花咲さんの火傷は
俺が手早く治療したから傷はない。
そんで入籍。結婚式は招待するっていってたぜ。
隊長は仕事でこっちにいないから、
俺が代わりに伝えにきたってわけ。
じゃあな。
あ、これ、見舞い。
あんたが岩に叩きつけられた瞬間、
回復した花咲さんが氷結呪文を腹にめがけて詠唱。
俺の倍化呪文でパワーアップした、
荒部隊長が首を切り落として討伐成功。
ま、あんたが隙を作ってくれたおかげで、
俺たちは生きてるってわけ。
ま、そんなんで、感謝つーか、
あんたにも、回復呪文かけといたからな。
あと、派遣なら教育係に敬語ならっとけや。
じゃあな。
あまりの衝撃でベッドから、
転がり落ちそうになったのを必死にこらえた。
荒部隊長…くっ、うっ、ううう……
あの夜のハグはなんだったのだ??
ま、まさか、隊長が好きなことがバレていて、
わたしの想いをくみ取った
最大の感謝の行為だったのでは??
うう、くそ、いい男すぎる!!!!
ちくしょう、花咲がうらやましすぎるぅぅ!!
しかし、退社して入籍したということは、
花咲の体には傷がついていないということだ。
……なんだかホッとした。
もう一度、真っ白な天井を見つめる。
白とか黒のものを見ると
モノ想いにふけってしまう。
男とデートができるだろうか?
彼氏ができるのだろうか?
結婚して子を産めるだろうか?
うすうすはわかっている…。
この傷だらけの体では子を産めない
内臓がやられているのだ……。
それでも理想の男と恋愛がしてみたかった。
わたしには「魔王をたおす」ことしか、残されていない。
結婚も他の仕事もできない、選択肢がないのだ。
フリーランスの友人に聞いたことがある。
「どうしてフリーランスを選んだのだ?」
すると友人はこう答えた。
「企業で働くことができなかったから、フリーランスしかなかったの」
社長とフミが話している。
企業はなんでもきる「オールラウンダー」を求めています。
しかし、売り手市場でそのような人材は残されていません。
ならばうちのように、
「この仕事は全くだが、この仕事は天下一品」という
人材を見極め、育てていくしかありませんね。