【編ノ六(超)】戦え!超闘器神ゴータイショー ~瀬戸大将~

文字数 8,075文字

「もう大丈夫だ…!」

 燃え盛る炎を背景に、その男は鋼のように固く、だけど聞く者を安心させる温かな声でそう言った。
 全身を覆う冷たい光沢を放つ装甲(アーマー)が、炎の色を照り返し、鮮やかに輝く。
 戦国武将の兜のようなフルフェイスの目の部分から、強い光と共に優しげな眼差しが覗いていた。

 十年前。

 家族でドライブに出かけ、路肩に停車中だった俺達の自家用車は、不意に起きた多重衝突事故に巻き込まれた。
 両親はたまたま下車をしていて、車の中には俺一人しか居なかった。
 最初にあったのは凄まじい衝撃。
 身体を強く打った俺は意識を失った。
 そして、暑さを感じて目を覚ました時、俺の周囲には紅蓮の炎が広がっていた。
 車内は砂漠のような暑さ。
 咄嗟にドアを開けようとしたが、運悪く車体が別の車体に挟まれ、開くことが出来なかった。
 救助は来ているのかも知れないが、人影も見えない。
 …いや、そもそもこんな炎の中、助けに来ることが出来る人間がいるとも思えなかった。
 自分の置かれた状況に、俺は死を覚悟した。
 両親や学校の皆の顔を思い浮かべ、視界が滲む。

 ああ、俺はもう皆に会えない。
 このまま焼け死ぬのをただ待つばかりなのだ。

 絶望に声を詰まらせ、泣いていたその時だった。
 不意に車の天井が、(きし)み始めた。
 いよいよかと恐怖する俺の目の前で、頑丈な車の天井がきれいに引き剥がされる。
 最初に見えたのは、こんな状況には似合わないくらいの蒼い空。
 そして、紅に染まる装甲(アーマー)(まと)った一人の男。
 まるで、特撮番組から抜け出たようなメタルヒーローがそこにいた。
 男は俺を抱き上げると、風を切ってジャンプした。
 二度、三度空中を舞い、俺達は火の手が届かない場所に着地した。
 そして、男は腕の中の俺を見下ろし、冒頭の一言を告げたのだ。
 男のお陰で、俺は傷ひとつ負わずに助かった。
 俺はそれに礼を述べると、おずおずと尋ねた。

「おじさん、だれ…?」

 背を向け、立ち去ろうとする男に俺は問い掛けた。
 男は、歩みを止めると肩越しに俺へと振り返る。
 そして、大きな手を伸ばすと、優しく俺の頭を撫でて言った。

「俺は正義の戦士…人は俺を『超闘器神(ちょうとうきしん)ゴータイショー』と呼ぶ…!」

「ちょうとうきしん…ゴータイショー…」

「さらばだ、少年。達者でな…!」

 青空はいつの間にか夕日に染まっていた。
 男はその中に静かに溶けていく。

 その姿を。
 気高く、孤高だったその男の背中を、幼かった俺はこの目に強く強く焼き付けたのだった。


【ナレーション開始】】-----------------------------------------------------------

「時は新世紀
 豊かになった人の世に、未だはびこる悪の闇
 闇に苦しみ、悲しみの声を上げる人々は見る
 蠢く闇に敢然と立ち向かう、一人の男の姿を
 男は戦士
 悪を討つために、永き眠りから蘇った熱き正義の魂

 その名を…『超闘器神ゴータイショー』!!

【オープニング イントロ開始】】---------------------------------------------

 OP曲:『俺は超闘器神ゴータイショー!!
 作詞:詩月(しづき) 七夜(ななや)
 作曲:KOTOSU(琴古主(ことふるぬし)
 歌:KOTOSU feat ブルーマウンテン少年少女合唱団

SET(セット) ON(オン)
 SET(セット) ON(オン)
 SEEEEET(セェェェェェット)!!

 燃え盛る 胸の()が 俺を呼び覚ます
 地獄より 迫りくる 邪悪の牙を許すなと
 例えこの身が 砕けようと
 正義の魂 ある限り
 俺は戦う 立ち向かう

「必殺!徳利長槍(トックランサー)!!」(セリフ)

 九十九(つくも)時間(とき)の 加護受けて
 まとう命の SET(セト) ARMOR(アーマー)
 俺は 俺は 俺は…!
 超闘器神!ゴータイショー!!

 ※くりかえし

【オープニング終了】-----------------------------------------------------------

 降神(おりがみ)高校の校庭に、夕日が差し込む。
 聞こえてくるのは、運動部の連中があげる歓声と掛け声だ。
 そんな放課後の風景を、俺…雨禅寺(うぜんじ) 蒼馬(そうま)は生徒指導室の窓からぼんやりと眺めていた。

「悪い悪い、待たせたな」

 そんな穏やかな声と共に、一人の男性教師が室内に入ってくる。
 温和な顔立ちだが、体格はがっしりとしていた。
 高槻(たかつき) (たくみ)…体育教師のように体格は良いが、うちのクラスの担任で、実は美術の教師だ。
 イケメンという訳ではないが、穏やかな性格で生徒に理解があることで知られ、生徒受けは悪くない。
 高槻先生は、俺の前の席に着くと、溜息を吐いてから腕組みした。

「さて、と…

やらかしたそうだな、雨禅寺」

 困った顔の高槻先生に、俺はフイと顔を背ける。

「毎度毎度、疲れないか?お前も」

「…センセーに俺の気持ちは分かんねぇよ」

 先生の問いに、ぶっきらぼうにそう答えた俺は、頬に張られた絆創膏の下の痛みに顔をしかめた。
 そんな俺に、苦笑を浮かべる高槻先生。

「…で、今回は何が原因だ?」

「宮下のヤロウが、ゴータイショーを馬鹿にしやがったんだ。『中古ヒーロー』とか『ガラクタマン』とか…!」

 高槻先生の肩が落ちる。

「それで廊下の真ん中で取っ組み合いか…若さってのは時に暴走するのが常だが…お前の場合は本当に理由が突き抜けてるなー」

「俺にとってはゴータイショーは永遠のヒーローなんだよ!」

 思わず声を荒げる俺。
 そう、俺達が住むここ降神町(おりがみちょう)には、一人の英雄(ヒーロー)がいる。
 その名は「超闘器神ゴータイショー」
 別にご当地ヒーローではなく「

」だ。
 彼は町内に住む特別住民(ようかい)の一人であり、何でも“瀬戸大将(せとたいしょう)”という妖怪らしい。
 調べてみたら、瀬戸物などの器物が年月を経て妖怪化した「付喪神(つくもがみ)」の一種なんだそうだ。
 現代によみがえった彼は、全身に「SET(セト) ARMOR(アーマー)」という超硬質陶器装甲をまとったメタルヒーローの姿をしている。
 戦国武将の鎧兜のようなフォルムがバリカッコいい。
 数々の武具を操り、無敵の強さを誇るだけでなく、弱き者を助け、悪をくじく正にヒーローの鑑ともいえる男だった。
 その正体は誰も知らない。
 名と顔を隠しながら、彼は一人、正義のために戦ってきたのだ。
 そして、小さい頃、あの絶望的な炎の中から助け出された俺にとって、彼は…ゴータイショーは真のヒーローともいえる存在である。

 しかし…
 そんな彼の今の姿やここ数年耳にする風評は、俺には耐えがたいものだった。

 そもそも「正義のヒーロー」は、倒すべき悪がいて、人々を助けることで映える存在だ。
 かつての彼は、事故や災害は勿論、町を侵す悪とも戦っていた。
 宿敵である闇のマッドサイエンティスト「プロフェッサーG(ゲー)」との死闘。
 危険な走行を繰り返す狂気の暴走族集団「MAD(マッド) ARMS(アームズ)」との抗争。
 etc etc…
 中には都市伝説みたいなものもあるが、彼の武勇の数は調べればキリがない。

 が、それらが姿を消した時、彼はその存在意義を失った。

 最近は大きな事故や災害も無くなり、町のゴミ拾いや小さい子どもたちの登下校の見守りとか、地味な活動ばかりしているゴータイショー。
 風に飛ばされ、木に引っ掛かった凧を、小さな子どもたちと一緒になって必死に取ろうとしているメタルヒーローの姿を見ていると、全く切なくなる。
 そして、そんな彼の姿を見て、宮下のようにバカにする連中は後を絶たない。
 しかし、そうした奴らを見ると、俺はどうにも腹の虫が収まらなかった。
 それでつい、今日のようにケンカに発展してしまうこともある。
 高槻先生には、その都度それで迷惑を掛けているのだが、先生は頭ごなしに叱ることはせず、我慢強く話を聞いてくれる。
 その性格から生徒にも舐められがちな頼りない担任だが、そこは俺もとても感謝していた。
 だがこの時、先生は溜息を吐きながら言った。

「…なあ、雨禅寺。先生には個人の思い入れや思い出に口を挟む権利は無いが、いつまでも彼にこだわり過ぎるのも考えものだぞ…?」

「…」

「もう高校生なんだし、いつまでもヒーローって歳でもないだろう?」

 先生の言葉に俺は(うつむ)いた。
 分かっている。
 そんなことは、嫌という程に。
 かつて目にしたゴータイショーの背中は、遠い日の思い出に過ぎない。
 そして、彼が孤軍奮闘し、ようやく勝ち取ったこの町の平和は、彼を必要としなくなった今でも、その尊さを失うことは無い。
 それが分かっているから、聞こえてくる嘲笑の声に、彼は何も言わないのだ。
 だけど…

「センセーには…やっぱり、おれの気持ちは分かんねぇよ…!」

「雨禅寺…」

「あの人はとても頑張ったんだ!俺の命も救ってくれた!とても立派なことをしてきたのに、みんなはそれを忘れてバカにしてる!そんなのって…そんなのってあるかよ!?

 俺は立ち上がって、教室の出口に向かった。
 我ながら子どもっぽいと分かっているが、どうにもやりきれなかった。
 憧れのヒーローに対する思い入れもそうだが「頑張った奴が報われない」という結末を、俺はどうしても受け入れられなかった。

「俺は絶対に謝らないからな!」

 そう言うと。
 俺は何か言い掛けた高槻先生を残し、教室を後にしたのだった。

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「よー、お説教は終わったか、蒼馬」

 イライラとした気分で廊下を歩いていると、不意にそう声を掛けられた。
 振り向くと、数人の生徒がこちらに向かってくる。

「何だ、お前らか…」

「何だとはご挨拶ね。せっかく待っててやったのに」

 短めの髪をした長身の方の女子が口を尖らせながら、そう抗議する。
 こいつの名前は七森(ななもり) 紅緒(べにお)
 うちの近所に住む幼馴染の一人だ。
 小さい頃から空手を習っていて、今では二段の腕前を誇り「鉄拳小町」とか呼ばれている。
 その名に恥じず、中学生の時には暴漢を一人で退治したという伝説の持ち主でもある。

「随分しぼられたみたいだねぇ。ケガは大丈夫?」

 もう一人の小柄な女子がほんわかした笑いを浮かべ、そう聞いてくる。
 こっちは今里(いまざと) 黄李花(きりか)
 町内にある「古都里(ことり)」という老舗の料亭の一人娘だ。
 周囲の人間を無差別に脱力させることで有名な「ゆるふわ娘」でもある。
 俺や七森とは腐れ縁で、保育園の頃からの付き合いだ。
 俺は不機嫌さを隠そうともせず言った。

「別にしぼられてなんかいねぇよ。相手は高槻先生だしな」

「『テディ』か。なら、楽勝じゃん。生活指導の『ヤーさん』だったら、あと一時間は固いな」

 そう言って「けっけっけ」と笑うのは、最初に声をかけてきた小柄な男子だ。
 右目を前髪で隠しており、少し人を小馬鹿にしたカンに障る口調が特徴的な奴だ。
 こいつは“ぴしゃがつく”という特別住民(ようかい)で、名前は追掛(おいがけ) 霙路(えいじ)という。
 悪戯好きで有名な奴で、しょっちゅう人を驚かせては喜んでいる悪癖の持ち主でもあり、クラスは違うが、俺の悪友でもある。
 補足すると、こいつが言っていた「テディ」は高槻先生のあだ名だ。
 身体が大きい割に、気が小さいからそんな名前になったらしい。
 そして「ヤーさん」こと矢木(やぎ)先生は、見た目からその筋の者に見られてもおかしくない、強面の男性教師だ。
 こいつに睨まれたら最後、地獄の説教フルコースが待っている。

「霙路、また先生達をそんな風に言う」

 ささやかな注意を入れたのは、三人の背後にいた存在感のない男子だった。
 こいつは尾行澤(おゆきざわ) 平斗(へいと)
 霙路の従兄弟(いとこ)で、背格好などを見ると、まるで双子のような外見をしていた。
 唯一の違いは、長く伸ばした前髪で、本当に前が見えているのかというくらいに伸ばしている。
 平斗は“べとべとさん”という霙路と同じく特別住民(ようかい)だが、性格は正反対で、真面目で大人ししいが、何だか頼りない感じがする奴だ。
 この四人組、どんな切っ掛けがあったのかは知らないが、最近よくつるむようになったらしい。
 共通の知人ということで、俺もそれに加わるようになったのは最近のことだ。
 今日も何となく一緒に帰ろうということになったが、その内、俺だけが呼び出しをくらった訳だ。

「ゴータイショ―って、そんなにスゴイ人なの?」

 下校の道すがら、今里がそう聞いてくる。
 すると、霙路が手をひらひらさせながら、

()()せ。蒼馬(コイツ)にその手の話題を振ると、講釈が始まって、そのうち日が暮れちまうぜ?」

「ちょっと黙れ、チビ」

 霙路の頭をヘッドロックしてやる俺。
 小柄だから、コイツにはこの技が一番仕掛けやすい。

「あたしも小さい頃から知ってるけど…そんな活躍した話は聞かないよね」

 七森がそう言う。
 まあ、それが普通の人間の感想だろう。
 彼の偉業の痕跡は、本当に少ない。
 俺だって調べるのに相当苦労した。
 加えて、現在の彼の姿を見れば、誰だって懐疑的になる。

「どっちかってーと『世話焼きなボランティア』って感じ?この前も、散歩中に逃げたわんこを、飼い主のおばあさんの代わりに追い掛け回してたし」

 ぐ。
 そういう話は、何となく聞きたくないぞ。
 が、それに頷いたのは今里だ。

「私も横断歩道で幼稚園の子達が横断する時、車を見張っていたのを見たよ」

「やっぱねー。そう言えば、平斗君や追掛君はゴータイショ―のこと、何か知ってる?同じ妖怪でしょ?」

 七森がそう聞くと、平斗はおずおずと首を横に振った。

「僕がこの町に来たのは、八年前くらいだからね…彼の活躍していた時代は、もっと前だって聞いたけど」

「右に同じ。それに俺はあんまりヒーローとかガキ臭いモンに興味ねぇし…って、アタタタタ!?

 霙路へのヘッドロックを強くしながら俺は言った。

「正確には十年前だ。当時は、あちこちの美術館や博物館を荒らしていた『怪盗サー…』何とかってのと攻防を繰り広げていたらしい」

「『怪盗』って…泥棒さんと?」

 泥棒に「さん」付けはいらないと思うぞ、今里。

「ただの泥棒じゃないぜ?何でも、神出鬼没で正体不明。怪しげな術や殺人人形を操っていたって話だ」

「まるで漫画の世界の話ね」

 苦笑する七森に、俺は食ってかかった。

「言っとくけどな、ツテで調べた警察の記録にもちゃんと残ってるんだぜ?」

「雨禅寺君は、本当にゴータイショ―が好きなんだね」

 笑みを浮かべる平斗に、俺はそっぽを向いた。

「んだよ、悪いかよ?」

「ううん」

 首を横に振ってから、平斗は少し俯いた。

「ヒーローを名乗ってはいるけど、彼は妖怪だっていうでしょ?ホラ、漫画や小説、ゲーム何かだと僕達は敵キャラにされがちだったし…」

 まあ、確かに。
 「妖怪」が実在したと判明し、人の世に進出してきた現在では減ったものの、各メディアにおいて、彼らの扱いはRPGでいうモンスター扱いだった。
 そんな彼ら妖怪の一員であるゴータイショ―が「正義のヒーロー」なんておかしい、という奴らはまだまだいる。
 素顔を晒さない彼を、不審者扱いする奴だって多い。
 俺はそれが無性に腹立たしかった。
 妖怪が正義のヒーローになって何が悪いんだ?
 そりゃあ、彼の素顔は気にはなるし、妖怪のヒーローってのは違和感があるかも知れないが、某幽霊族の少年妖怪の例だってある。
 人間とか妖怪とかは関係ない。
 それよりも、正しい行いをしている彼の姿をもっと気にかけて欲しい。
 繰り返しになるが、彼の行いは全く評価されていないようにも思う。
 証拠が少ないといっても、大なり小なり彼に助けられた人達はいる筈なのに。

「あーでも、あたし達もその点は蒼馬と同じかな?妖怪だけど正義の味方って、カッコいいと思うよ?」

「そうだねぇ。私とななちゃんも、妖怪のこと好きだもんねぇ」

 何故か平斗を見てから、顔を見合せて笑い合う女子二人。
 ?
 何のこっちゃ?

「…ありがとう」

 一方の平斗は、少し照れたようにはにかんだ。

「その…妖怪愛に富んだ…お二人さんに頼みたいんだが…そろそろ蒼馬(コイツ)を止めてくれ。じゃないと…俺の頭が…割れる…!」

 ギリギリとヘッドロックを受けたまま、霙路がそう呻いた。
 仕方ない。
 今日はここまでにしてやるか。
 解放してやると、霙路は首の具合を確認しながら、ジロリと俺達を見た。

「ふぅ…まったく気楽なもんだな、お前らは。正義の妖怪様に憧れるのもいいけどよ、妖怪の中には悪事を働く奴もいるんだぜ?」

 霙路の言葉に、全員がじーっと当人を見詰める。
 それに霙路がジト目で聞いた。

「そこで何で俺を見るんだよ?」

「「「「悪い妖怪」」」」

 平斗すらハモりながら、四人で霙路を指差す。
 それに牙を剥く霙路。

「だあああっ!違うっつーの!俺のはただのイタズラだろ!?

「でも、頻度が、ねぇ」

「イタズラって漢字で書くと『悪』の字入ってるよねぇ」

「霙路の場合、自業自得かな」

「お前、改名しろ。今日から『霙路』じゃなくて『悪路(あくじ)』な?」

「散々だな、おい!」

 一同の批評に霙路が吠える。
 それを見た七森が笑った。

「うそよ、うそ。あたし達、追掛君も正義の妖怪だってちゃあんと知ってるからさ!」

「くそ。実質、

を自首するまで追い詰めたのは、この俺なんだぞ…?」

 不貞腐れたように、よく分からないことをブツブツ言う霙路に、今里が聞いた。

「でも、悪い妖怪って本当にいるの?」

「んー?ああ。実は最近耳にした妙な噂があってな」

 霙路は芝居がかった様子で、声を潜めた。

「最近、ここいら一帯で不審人物がよく目撃されるらしい」

「不審人物?」

 七森が眉をひそめる。
 過去にそういった手合いを退治したからか、表情が硬くなる。
 …いや、どっちかと言うと青ざめてる?
  霙路は頷いてから、続けた。

「何でも妙な二人組で、夜間通り掛かる奴に因縁つけて絡んだり、時には腕力に訴えることもあるらしい」

「何だよ、それ。警察案件じゃねーか」

 俺がそう言うと、霙路は肩を竦めた。

「ところが、こいつら逃げ足が速いのか、全く捕まらないんだと」

「そいつらが妖怪だっていうの?」

 七森の言葉に霙路は頷いた。

「仲間をやられた血の気の多い連中が敵討ちを挑んだそうだけど、大の男が数人がかりでも敵わなかったらしい。とにかく滅法強くて、人間離れしていたそうだぜ」

「物騒な話だなぁ。今度、皆と相談して、パトロールを強化する必要があるかな…」

 そう言いながら、考え込む平斗。
 平斗と霙路は、学校に通う同じ特別住民(ようかい)の生徒達から有志を募り、生徒達の登下校時の安全を確保するボランティアを率先してやっている。
 最近…というか、以前から降神町は日々何かしらの怪異が起こる町で有名だ。
 その騒動の原因は、大抵妖怪である。
 生まれた時から身近にいる俺達は、生首が浮遊して彷徨(さまよ)っていてももはや動じないが、それでも生徒が巻き込まれる事件が皆無というわけではない。
 そこで二人は「妖怪の起こした不始末は妖怪の手で何とかする」というスローガンの下、自主防犯組織を結成しているのだ。

「とにかく、お前らも気を付けろよ?変な二人組を見たら、絶対に近付くんじゃないぞ」

 霙路がそう言うと、俺と七森と今里は、顔を見合わせた後、頷いた。
 そして。
 俺は頷きながら「これはチャンスだ」と考えていた。
 そいつらが悪者なら、戒めるにはうってつけの人物がいる。
 そして、俺はある計画を考えついたのだった。
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