第5話
文字数 618文字
湯から上がり、奈津は温泉の鍵を返しにフロントに向かった。
真っ暗だ。呼び鈴はなく、呼びかけたが反応がない。奈津が遠慮がちに事務所に入ろうとすると、すんでのところで少年と鉢合わせた。
「すみません。鍵、お預かりします」
慌てた少年に奈津は鍵を手渡そうとし、ふと気付いた。
「あれ、シュウ君、その唇……」
シュウはハッとして、とっさに口元を覆った。もう遅い。奈津はその右手を無理やり引っぺがした。紅が引かれている。女の目はだませない。
少年は「ちがうんです、これは」と必死に言い逃れを探したが、見つからなかったらしく、頭を垂れた。そりゃそうだ。
「母には……言わないでください」
奈津は、シュウの華奢な肩を眺めた。夕方のいじめの光景が、彼女の脳裏によみがえった。
「すみません、ちょっとやってみようと、好奇心で、母のを借りて……」
少年はたじたじだ。細い腕、白い肌。「女の子みたい」と思ったとき、奈津の中で何か弾けた。
「きみ」
「……はい」
「リップ塗りすぎ。というか、口の真ん中ばっかり塗って、端の方は全然やってない。唇の形が生かせてないよ」
「へ?」
あっけにとられたシュウが顔を上げる。前髪が邪魔して暗い印象だったが、よく見ると端正な顔立ちだ。
「直塗りしたの?」
「え?いや、その」
「リップブラシ使った?」
「何ですか?」
はぁ……とため息をついて、額に手を当てた奈津は意を決した。
「きみ、化粧した所まで私を連れて行きなさい」
真っ暗だ。呼び鈴はなく、呼びかけたが反応がない。奈津が遠慮がちに事務所に入ろうとすると、すんでのところで少年と鉢合わせた。
「すみません。鍵、お預かりします」
慌てた少年に奈津は鍵を手渡そうとし、ふと気付いた。
「あれ、シュウ君、その唇……」
シュウはハッとして、とっさに口元を覆った。もう遅い。奈津はその右手を無理やり引っぺがした。紅が引かれている。女の目はだませない。
少年は「ちがうんです、これは」と必死に言い逃れを探したが、見つからなかったらしく、頭を垂れた。そりゃそうだ。
「母には……言わないでください」
奈津は、シュウの華奢な肩を眺めた。夕方のいじめの光景が、彼女の脳裏によみがえった。
「すみません、ちょっとやってみようと、好奇心で、母のを借りて……」
少年はたじたじだ。細い腕、白い肌。「女の子みたい」と思ったとき、奈津の中で何か弾けた。
「きみ」
「……はい」
「リップ塗りすぎ。というか、口の真ん中ばっかり塗って、端の方は全然やってない。唇の形が生かせてないよ」
「へ?」
あっけにとられたシュウが顔を上げる。前髪が邪魔して暗い印象だったが、よく見ると端正な顔立ちだ。
「直塗りしたの?」
「え?いや、その」
「リップブラシ使った?」
「何ですか?」
はぁ……とため息をついて、額に手を当てた奈津は意を決した。
「きみ、化粧した所まで私を連れて行きなさい」