第23話 出立
文字数 2,130文字
翌日、昼すぎ。
大きな壺を背負子にのせて、フォスターたちはアルセア・シティーを出た。
壺の中身は、魚油である。
アーサーとフォスターが背負っているほか、馬の背中にも乗せている。
それから、柄杓。
大きめのものが4つ、馬の背にくくりつけてある。
そのほか、弓矢、毛布、火打ち石やたいまつなど、荷物はたくさんある。
旅程の半分ばかりも歩いたころ、
「まて、」
とつぜん、先頭を歩くフォスターが、そういって立ち止まった。
エルが頷いた。少し先の地面に跪いて、足元に手を当てる。
足跡であった。
草をかきわけたような痕、特徴的な、大きな鉤爪、一歩ごとに大きく跳ぶような蹴りあと。
とかげ鳥だ。それも……たくさんの。
全身が総毛立つ感覚に襲われて、エルは唇を噛み締めた。
*
結局、作戦は予定どおりやることにきめた。
ルパード隊と同じ轍を踏んでいるような気もしたが、いま戻ったところでどうなるわけでもない。
とかげ鳥の群れが、街の近くまで来ているのなら、余計に、早く退治しなくてはならない。
それだけのことだ。
*
岩場に着いた。
馬から荷をおろして、準備をはじめる。
日はとっくに沈んでいる。
寒いが、空は晴れており、空気はほどよく乾いている。
岩場から、巣のある場所までは、草原が続いている。今の季節は枯れ草が多く、火計にはおあつらえむきだ。
壺をあける。むせかえるような油の匂いが、あたりに広がる。
アーサーとフォスターは、柄杓で油をすくって、あたりに撒きはじめた。
エルとルナは、少しはなれたところで、馬をつれて野営の用意をしている。
野営といっても、火は使えない。
毛布をかぶって交代で見張りをしながら、夜があけるまで待つだけである。
「フォスター!」
エルがさけんだ。
「偵察にいってくる。」
「なに?」
フォスターは思わず聞き返した。
「気になるんだ。さっきの……」
「足跡か」
エルは頷いた。
「群れがあそこにいるかどうか、確かめなくては。」
「おれが行く、」
「いや。」
エルは、つとめてにっこりと笑って、いった。
「偵察は私の役目。そうでしょう」
*
ルナは、することもなくぼんやりと座っていた。
油をまく役からはずされたのは、女だからではなく、囮役だからだ。
そうとわかっていても、少し不満ではあった。
焚き火もできないまま、毛布にくるまって座っていても、寒いばかりだ。
立ち上がる。
少し、体を動かしたかった。
馬は、木につながれたままじっとしている。眠っているのかもしれない。
明日の手順を、頭のなかで反芻しながら、持ち物をしらべる。
杖、布図面、火つけ石、ほくち、血止めぐすり、手布が大小4枚、干し芋、水袋、下着のかえと雨具、そのほか背負袋いっぱい。
ほとんどの荷物は、ここに置いていく。
明日、持ってでるのは、布鎧のほかは短剣と笛だけだ。
短剣をぬいて、刃にきざまれた銘をよむ。
刃にて鬼神悪鬼を祓う可し
とかげ鳥は、魔獣とは呼ばれているが、鬼神悪鬼の類ではない。
それでも、明日の戦いには、この剣が必要だと思った。
「寝ていろよ」
闇のなかから声がした。
アーサーであった。
「明け方まで、まだ間がある。見張りは僕たちがやるから。」
「……エルは偵察にいったのでしょう。」
アーサーは、ああ、と頷いて腰をおろした。油のにおいがぷんと漂ってくる。
「もう、ずいぶん経ったように思うのですが。」
「そうだね、……」
油をまくのに夢中で気が付かなかったとはいえず、アーサーは曖昧に頷いた。
「とかげ鳥が、……」
いいかけて、ルナは口をつぐんだ。
気まずい沈黙が流れかけたとき、足音がした。
フォスターと、エルであった。
*
エルは憔悴した様子で、見てきたものを報告した。
とかげ鳥は、営巣地にいる。
夜のことで、数まではわからない。けれども、群れでいるのはたしかだと。
とかげ鳥の気配と、声と、
こちらを見る、目の光を、たしかに確認した、と。
予定どおりであった。
*
明け方──
ルナは、エルの腰に手をまわして、馬上にいた。
作戦は、こうだ。
エルとルナが、まず、とかげ鳥の巣へ近づいて、群れをおびきだす。
アーサーとフォスターは、この場所で、二人を待ちうける。
油をまいた場所を、馬が走りぬけた直後に、火をはなつ。
アーサーの魔法で風をあやつり、火がとかげ鳥の群れを襲うようにする。
問題は、その後である。
晴れた、かわいた日とはいえ、一瞬で群れを覆い包むほどの火勢が得られるかどうか。
もし、火のいきおいが足りなければ、生き残った魔獣たちとまともに戦わなければならなくなる。
そうなった場合には、エルとルナだけは馬を駆って逃げるよう指示されている。
しかし、二人とも、そのつもりはなかった。
──二度も、おめおめと逃げられましょうか。
はっきりと口にはしなかったが、エルの目はそういっていた。
そして、その気持ちは、ルナも同じであった。
大きな壺を背負子にのせて、フォスターたちはアルセア・シティーを出た。
壺の中身は、魚油である。
アーサーとフォスターが背負っているほか、馬の背中にも乗せている。
それから、柄杓。
大きめのものが4つ、馬の背にくくりつけてある。
そのほか、弓矢、毛布、火打ち石やたいまつなど、荷物はたくさんある。
旅程の半分ばかりも歩いたころ、
「まて、」
とつぜん、先頭を歩くフォスターが、そういって立ち止まった。
エルが頷いた。少し先の地面に跪いて、足元に手を当てる。
足跡であった。
草をかきわけたような痕、特徴的な、大きな鉤爪、一歩ごとに大きく跳ぶような蹴りあと。
とかげ鳥だ。それも……たくさんの。
全身が総毛立つ感覚に襲われて、エルは唇を噛み締めた。
*
結局、作戦は予定どおりやることにきめた。
ルパード隊と同じ轍を踏んでいるような気もしたが、いま戻ったところでどうなるわけでもない。
とかげ鳥の群れが、街の近くまで来ているのなら、余計に、早く退治しなくてはならない。
それだけのことだ。
*
岩場に着いた。
馬から荷をおろして、準備をはじめる。
日はとっくに沈んでいる。
寒いが、空は晴れており、空気はほどよく乾いている。
岩場から、巣のある場所までは、草原が続いている。今の季節は枯れ草が多く、火計にはおあつらえむきだ。
壺をあける。むせかえるような油の匂いが、あたりに広がる。
アーサーとフォスターは、柄杓で油をすくって、あたりに撒きはじめた。
エルとルナは、少しはなれたところで、馬をつれて野営の用意をしている。
野営といっても、火は使えない。
毛布をかぶって交代で見張りをしながら、夜があけるまで待つだけである。
「フォスター!」
エルがさけんだ。
「偵察にいってくる。」
「なに?」
フォスターは思わず聞き返した。
「気になるんだ。さっきの……」
「足跡か」
エルは頷いた。
「群れがあそこにいるかどうか、確かめなくては。」
「おれが行く、」
「いや。」
エルは、つとめてにっこりと笑って、いった。
「偵察は私の役目。そうでしょう」
*
ルナは、することもなくぼんやりと座っていた。
油をまく役からはずされたのは、女だからではなく、囮役だからだ。
そうとわかっていても、少し不満ではあった。
焚き火もできないまま、毛布にくるまって座っていても、寒いばかりだ。
立ち上がる。
少し、体を動かしたかった。
馬は、木につながれたままじっとしている。眠っているのかもしれない。
明日の手順を、頭のなかで反芻しながら、持ち物をしらべる。
杖、布図面、火つけ石、ほくち、血止めぐすり、手布が大小4枚、干し芋、水袋、下着のかえと雨具、そのほか背負袋いっぱい。
ほとんどの荷物は、ここに置いていく。
明日、持ってでるのは、布鎧のほかは短剣と笛だけだ。
短剣をぬいて、刃にきざまれた銘をよむ。
刃にて鬼神悪鬼を祓う可し
とかげ鳥は、魔獣とは呼ばれているが、鬼神悪鬼の類ではない。
それでも、明日の戦いには、この剣が必要だと思った。
「寝ていろよ」
闇のなかから声がした。
アーサーであった。
「明け方まで、まだ間がある。見張りは僕たちがやるから。」
「……エルは偵察にいったのでしょう。」
アーサーは、ああ、と頷いて腰をおろした。油のにおいがぷんと漂ってくる。
「もう、ずいぶん経ったように思うのですが。」
「そうだね、……」
油をまくのに夢中で気が付かなかったとはいえず、アーサーは曖昧に頷いた。
「とかげ鳥が、……」
いいかけて、ルナは口をつぐんだ。
気まずい沈黙が流れかけたとき、足音がした。
フォスターと、エルであった。
*
エルは憔悴した様子で、見てきたものを報告した。
とかげ鳥は、営巣地にいる。
夜のことで、数まではわからない。けれども、群れでいるのはたしかだと。
とかげ鳥の気配と、声と、
こちらを見る、目の光を、たしかに確認した、と。
予定どおりであった。
*
明け方──
ルナは、エルの腰に手をまわして、馬上にいた。
作戦は、こうだ。
エルとルナが、まず、とかげ鳥の巣へ近づいて、群れをおびきだす。
アーサーとフォスターは、この場所で、二人を待ちうける。
油をまいた場所を、馬が走りぬけた直後に、火をはなつ。
アーサーの魔法で風をあやつり、火がとかげ鳥の群れを襲うようにする。
問題は、その後である。
晴れた、かわいた日とはいえ、一瞬で群れを覆い包むほどの火勢が得られるかどうか。
もし、火のいきおいが足りなければ、生き残った魔獣たちとまともに戦わなければならなくなる。
そうなった場合には、エルとルナだけは馬を駆って逃げるよう指示されている。
しかし、二人とも、そのつもりはなかった。
──二度も、おめおめと逃げられましょうか。
はっきりと口にはしなかったが、エルの目はそういっていた。
そして、その気持ちは、ルナも同じであった。