第23話 出立

文字数 2,130文字

 翌日、昼すぎ。
 大きな壺を背負子にのせて、フォスターたちはアルセア・シティーを出た。
 壺の中身は、魚油である。
 アーサーとフォスターが背負っているほか、馬の背中にも乗せている。
 それから、柄杓。
 大きめのものが4つ、馬の背にくくりつけてある。
 そのほか、弓矢、毛布、火打ち石やたいまつなど、荷物はたくさんある。
 旅程の半分ばかりも歩いたころ、
「まて、」
 とつぜん、先頭を歩くフォスターが、そういって立ち止まった。
 エルが頷いた。少し先の地面に跪いて、足元に手を当てる。

 足跡であった。

 草をかきわけたような痕、特徴的な、大きな鉤爪、一歩ごとに大きく跳ぶような蹴りあと。
 とかげ鳥だ。それも……たくさんの。

 全身が総毛立つ感覚に襲われて、エルは唇を噛み締めた。


 
 結局、作戦は予定どおりやることにきめた。
 ルパード隊と同じ轍を踏んでいるような気もしたが、いま戻ったところでどうなるわけでもない。
 とかげ鳥の群れが、街の近くまで来ているのなら、余計に、早く退治しなくてはならない。
 それだけのことだ。



 岩場に着いた。
 馬から荷をおろして、準備をはじめる。
 日はとっくに沈んでいる。
 寒いが、空は晴れており、空気はほどよく乾いている。
 岩場から、巣のある場所までは、草原が続いている。今の季節は枯れ草が多く、火計にはおあつらえむきだ。
 壺をあける。むせかえるような油の匂いが、あたりに広がる。
 アーサーとフォスターは、柄杓で油をすくって、あたりに撒きはじめた。
 エルとルナは、少しはなれたところで、馬をつれて野営の用意をしている。
 野営といっても、火は使えない。
 毛布をかぶって交代で見張りをしながら、夜があけるまで待つだけである。
「フォスター!」
 エルがさけんだ。
「偵察にいってくる。」
「なに?」
 フォスターは思わず聞き返した。
「気になるんだ。さっきの……」
「足跡か」
 エルは頷いた。
「群れがあそこにいるかどうか、確かめなくては。」
「おれが行く、」
「いや。」
 エルは、つとめてにっこりと笑って、いった。
「偵察は私の役目。そうでしょう」



 ルナは、することもなくぼんやりと座っていた。
 油をまく役からはずされたのは、女だからではなく、囮役だからだ。
 そうとわかっていても、少し不満ではあった。
 焚き火もできないまま、毛布にくるまって座っていても、寒いばかりだ。
 立ち上がる。
 少し、体を動かしたかった。
 馬は、木につながれたままじっとしている。眠っているのかもしれない。
 明日の手順を、頭のなかで反芻しながら、持ち物をしらべる。
 杖、布図面、火つけ石、ほくち、血止めぐすり、手布が大小4枚、干し芋、水袋、下着のかえと雨具、そのほか背負袋いっぱい。
 ほとんどの荷物は、ここに置いていく。
 明日、持ってでるのは、布鎧のほかは短剣と笛だけだ。
 短剣をぬいて、刃にきざまれた銘をよむ。

 刃にて鬼神悪鬼を祓う可し

 とかげ鳥は、魔獣とは呼ばれているが、鬼神悪鬼の類ではない。
 それでも、明日の戦いには、この剣が必要だと思った。
「寝ていろよ」
 闇のなかから声がした。
 アーサーであった。
「明け方まで、まだ間がある。見張りは僕たちがやるから。」
「……エルは偵察にいったのでしょう。」
 アーサーは、ああ、と頷いて腰をおろした。油のにおいがぷんと漂ってくる。
「もう、ずいぶん経ったように思うのですが。」
「そうだね、……」
 油をまくのに夢中で気が付かなかったとはいえず、アーサーは曖昧に頷いた。
「とかげ鳥が、……」
 いいかけて、ルナは口をつぐんだ。

 気まずい沈黙が流れかけたとき、足音がした。

 フォスターと、エルであった。



 エルは憔悴した様子で、見てきたものを報告した。
 とかげ鳥は、営巣地にいる。
 夜のことで、数まではわからない。けれども、群れでいるのはたしかだと。
 とかげ鳥の気配と、声と、

 こちらを見る、目の光を、たしかに確認した、と。

 予定どおりであった。



 明け方──

 ルナは、エルの腰に手をまわして、馬上にいた。
 作戦は、こうだ。
 エルとルナが、まず、とかげ鳥の巣へ近づいて、群れをおびきだす。
 アーサーとフォスターは、この場所で、二人を待ちうける。
 油をまいた場所を、馬が走りぬけた直後に、火をはなつ。
 アーサーの魔法で風をあやつり、火がとかげ鳥の群れを襲うようにする。

 問題は、その後である。

 晴れた、かわいた日とはいえ、一瞬で群れを覆い包むほどの火勢が得られるかどうか。
 もし、火のいきおいが足りなければ、生き残った魔獣たちとまともに戦わなければならなくなる。
 そうなった場合には、エルとルナだけは馬を駆って逃げるよう指示されている。
 しかし、二人とも、そのつもりはなかった。

 ──二度も、おめおめと逃げられましょうか。

 はっきりと口にはしなかったが、エルの目はそういっていた。
 そして、その気持ちは、ルナも同じであった。
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