第1話

文字数 845文字

「さよなら。」
そのたったヒトコトで、ヒトコトだけで、、、

5時間前までいたはずの自分の部屋が、
まるで、他人の部屋かのように散らかって見えた。
鍵は閉まっていた。そのはずなのに、どうしてこんなにも散らかって見えるのか。
真っ暗な部屋を見渡し、考えているうちに、探しているはずの答えを見失っていった。

 私の何がいけなかったのか。
問いただす鏡にうっすらと映された私が、私じゃないように見えた。


弱り切った心を投影したかのような部屋でも
散らかっていない場所が、まだ1つだけ残っていた。

コンクリートに囲まれた、狭いはずの広場には
遙か遠くの離れた街とも繋がれる魔法がかかっている。
そんな気がしていた。

普段は立て付けの悪い窓も、今回ばかりは何故か軽かった。
月は雲に隠れ、今にも雨が降りそうな夜空。
こんな暗い夜に、何も見えない空。

 私は息苦しくなった。
今夜、この場所から見上げる夜空は絶景ではない。


付き合い始めたのは、ちょうど1年前。
今日と同じ、雨の降る、寒い夜だった。
女慣れしていないように見えた君に、私は告白された。
「え、本当に付き合ってくれるの?」
「うん、いいよ。」
「あ、ありがとう。」
最初は、初々しい彼の不安そうな顔と、
不安そうな声を聞くのが、なんだかむず痒かった。

だけど、次第にお互いが分かるようになってきて、
毎日が楽しかった。
私は夜遅くでも「もう寝た?」とよくメールをする。
すると彼は、眠っていても「寝てないよ」と返す。
どんなに疲れた夜でも、
朝まで彼と話している方が、疲れが消えていった。


「私は大好きだった。
 なのに、いつからこんなにすれ違ったの。」
 
私は「もう寝た?」とメールを送る。

少しだけ、ほんの少しだけでいいから話がしたい。
このままじゃ夢の続きを見ることさえ出来ない。
だから少しだけ、ほんの少しだけ目を覚ましてよ。。
たったヒトコトで、本当の気持ちを伝えてあげるから。


散らかった部屋を、スマホを明かりが不気味に照らす。
私は、スマホのホーム画面を見つめた。
24時50分、私は、スマホをそっと閉じた。
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