コーヒーメーカー

文字数 818文字

 わたしは酵素だな、と結論した。体の中で分解したり、生成したりする、働き者の酵素。

 デスクの書類は着実に減ってきている。だが増えることも結構あるのだ、こんな夜ふけにも。しかし、帰るまでにはすべて分解する予定だ。

 わたしは酵素。この書類をすべて分解、そして吸収するのだ。酵素のわたしはひたすら仕事を片付けてゆく。
 時刻は午後八時近い。よし、と目を見開いて気合を入れる。マウスの横に置いたカップは空だった。——カフェイン切れだな。
 
 バッグから財布を出して席を立つ。
 コーヒーメーカーからは湯気が立ち上り、いい香りのコーヒーが淹れられていた。「ちょっと」同じく残業していた若手の社員に声をかける。「今、ふたりだけなのにコーヒー落としたらもったいないって思わないんです? 自販機もあるのに」歯切れよく声をかけ、自販機へと向かう。
 オーケー、嫌われ者でも。正しいのは、わたしだ。

 自販機と喫煙ブースのあるフロアまで階段を上る。しまった。どの自販機にもブラックがない。ああいった手前、メーカーのコーヒーを飲むのは気が引ける——というか、示しがつかない。
 わたしは盛大に舌打ちをして、ただ甘いだけの缶コーヒーを買ってデスクへ戻る。あの若手はドリップしたてのブラックを飲み、キーボードを叩いている。面白くない。まったく面白くない。
「チーフ」彼は顔をモニタに張りつけたまま「あの、何人いても、人数分しか淹れないなら、その、いいと思いますけどね」といって「ねえ、チーフも飲んでくださいよ。せっかくですし」と困った顔をする。

 缶コーヒーとにらめっこする。わたしは自分のカップを持って席を立つ。メーカーからブラックコーヒーを注いで戻り、ひと口飲む。当たり前だけど、苦い。わたしは思わず大きくため息をついてしまう。ごまかそうと咳払いをする。

 酵素のように完璧な機能にはなりきれないな、この会社では——あのような男が頼んでもないのに二人分、コーヒーを淹れる限り。
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