第五章 解釈の一つ

文字数 15,519文字

 あれから何ヶ月経った。別に夢の中などではなく、列記とした時間軸の中で日常は進んだ。あの時の出来事を元に自分は小説を書いている。
 あの少年は別れの挨拶を言わないで行ってしまった。だが、何となくだが何処か近くに居てこちらのことを温かく見守ってくれているのではないか。そう思う時もある。
 ふとスマホが震える。見慣れない電話番号だ。しかし、番号が表示されている。しかし、自分は出ない。スマホの震えが止まったのを見計らってネットに繋ぐ。先程の電話番号を検索し、調べる。答えはすぐに出た。
 時折行くスーパーマーケットの電話番号。何か落し物でもしただろうか? 身に覚えはないのだが、取り敢えず掛けてみるか。
「はい、もしもし」
「はあい、坊や。元気にしていたかしら?」
 あの少女の声だった。少女が次の科白を吐き出す前に即効で通話を切る。
 あまりのことに青ざめて自室内で右往左往してしまう。
 どういうことだ? その間にもスマホは振動を続ける。
 あの少女はもうこちらに手出し出来ない筈だ。まさか、それすらも反故にしようと言うのか。内心、冷え冷えとしている。あの時の符丁が未だ有効なら少年を呼べるのか? よし、呼ぼう。
 時は一刻も争う。
 そう思い、声を出そうとしたところで唇に人差し指が当てられた。
 目の前に少女が居た。
「あ……」
 駄目だ。殺される。声に出す前に少女は自分の首を切り刎ねるだろう。
 終わった。
 そう思い、瞼を閉じる。
 一秒、二秒。
 そうして十秒も経った。死の瞬間の感覚とは長いものに感じるのだろうか。
 恐る恐る瞼を開ける。
 少女は何もなかったかの様に鉄の椅子に座って優雅に紅茶を楽しんでいた。不思議なことに紅茶に添えられているのはケーキの類ではない。干し肉だ。何で? そもそもテーブルと椅子を何処から調達した? だが、少女の正体を考えてしまうと別に不思議なことでもない。宇宙そのものを塵にしか観てない様な連中の一人なのだから、この様な芸当もお茶の子さいさいなのだろう。
「あなたも食べる?」
 少女はそんなことを平然と言って悠々と構えている。
「あなたは私を殺せない筈だ」
 その精一杯の虚勢に少女はやんわりと答える。
「確かに殺せない。今は」
 どう言う意味だ? 今は殺せない。だが、将来は殺せるとでも言いた気だ。こちらの警戒に少女は呆れ、もう片方の空いた椅子に座る様に勧めてきた。
 内心、怖さ半分警戒半分の心持で椅子に座る。
「それで、小説は進んでいるのかしら?」
「ええ」
「そう」
 少女はそう言い干し肉を口に運ぶ。少女は再度こちらに干し肉を勧める。
「それ、何の肉ですか?」
「紛争地から持ち出して香辛料と塩で味付けた何処かの民兵の肉だったと思うけど。まあ、味は良いわ」
 この少女は何を言っているのだ? よりにもよって人肉を勧めるなんて真っ当な者のすることではない。
 だが、少女にとって人は家畜以下なのだろう。所詮は食餌にしか過ぎない訳か。
 自分が今晩何を食べるのか、位にしか思っていないのだろう。
「全く、近頃の人間は薬漬けになっているから肉質も落ちるわね。酒、煙草、薬は人の娯楽だけど、そのお陰で私達が貧相な食事しか食えないのは問題有りよ」
 自分に対する皮肉めいた発言をする少女に対して怒りは湧き上がらない。怒りより恐怖。少女の発言は捕食者として発言であった。自分が豚であり、少女の食餌の一つにしか過ぎないと言いた気だ。
「あなたも気付いていると思うけど」
 少女はお構いなしに干し肉を銜えながら、ある事実を突きつける。
「キング・ソロモンズプロジェクトをあなた如きが知ることが出来た、或いは推測が出来た。この事実は何を意味しているか判るわね?」
「ええ」
 それはすぐに気付いたことだ。何等驚く事実ではない。
 自分如きがこの発想を知ったと言うことは世界が当の昔にこの案を考え出している筈なのだ。同盟国のシギント・システムが噂され始めたのは二千年代の頃だった。その頃、最早その噂は政府や軍の者達だけではなく、一般の人々も知り始めた。同盟国は何らかの方法で世界中の情報を掌握している。
 だが、シギント・システム自体の歴史はもっと古い筈だ。恐らく、最初に気付いたのは神のいない国々だろう。神のいない国々は情報の漏洩を避ける為、高度な暗号システムを用いてシギント・システムに対抗した。
 同盟国が次に狙ったのは各国の財閥や大企業、そして多国籍企業の機密情報だった。勿論、これらのことに気付いた者達は情報をしっかりと管理している。
 現在、シギント・システムは反同盟国者のリストやテロの計画阻止の為に有用されている。
 だが、果たして賢い同盟国がその為だけに世界中に網を張り巡らせているのだろうか?
 より有効な使用方法を考えない訳があろうか。
 キング・ソロモンズプロジェクトとは単なる記号だ。だが、その内実は別の名称で確実に進んでいる。情報に疎い自分でさえ気付いたのだ。このシステムは世界の運用に大変有効だと言う予測に。この計画が完成した暁には同盟国は再び世界の軍事システムの独占と掌握を可能とするだろう。最新鋭の戦闘機の予算で騒いでいる同盟国だが、実はそれすら新しいシステムの運用を表沙汰にしない隠れ蓑ではなかろうか。数千億ドル掛けた計画すらも隠れ蓑にしか過ぎない。
 いや、もう実用化しているかも知れない。近年の大統領選出に関する同盟国の情報部の冷静さを観れば、情報部は当の昔に選ばれる指導者を知っていた節さえある。
 牧師すらそれを認める発言していたところを思い返すと計画は相当な段階まで進んでいると看做して良いだろう。少女もそれを隠す気がない様で不気味に嗤いながらこちらの反応を覗っていた。
「システムはもう実用段階でしょう。ですが、私は少年が示してくれた道を世界に発信しようと思います」
 これだけははっきりしなければならない。
「あらあら、じゃあ、応募ね。通らなければ、数人の人間が査読して終了ね。あなたはたった数人の為にこの数ヶ月の間、仕事の合間を縫って書いた訳ね。随分とご苦労なこと」
「未だ一次選考が通るかも判りませんがね」
 だが、それでも読んだ人から人へと語り紡がれるなら書いた甲斐があったものだ。多くの人々に伝わるなら自分としても嬉しい限りだ。
 それ以外にも生活費が欲しいと言う理由もあるのだが、そんなことは少年も少女も把握しているだろう。
 皮肉には皮肉を。聖典には書かれていないが、相手は少女だ。聖典の言葉を持ち出すだけで威圧してくるかも知れない。
「通らないわよ」
 少女は皮肉めいた口調でそう宣言した。そして、その理由を述べ始める。
「ウォリアーが言っていたでしょう? あなたの思想が可能性を見出すのはもっと先だと。数千年とウォリアーは評していたでしょう? 少なくとも、あなたの生きている時代にあなたの思想が芽吹くことはないわ」
「そうかも知れません」
 確かに自分は諦めている。心の何処かでこの訴えを無駄と評している自分がいる。世界に失望し、日々愛する者達に死が迫っていることに虚無感を覚え、自らの生を失敗と嘆いている自分がいる。そのことに責任を負わないで一部の特権階級者達に責任を押し付けようとしている。世界が堕落しているのは彼らのせいだと責め立て自分は綺麗な位置に収まっている。戦うこともしないのにも係わらずに。多くの人々を傷付けた。それでもみっともなく足掻いている。絶望の中にほんの僅かだが、希望が残されているのだ。それこそ、少年が指し示した道であり、「神が『全てに救い』をお与えになる」と言う選択だったのだ。
 自分は怖い。恐らく、傷付くこともあるだろう。神がいないと感じる時すらしばしば感じさせられる日々を歩むかも知れない。
 それでも。
 それでも、沈黙は赦されないのだ。
 世界が歪なら誰かが声が挙げなくてはならない。こんなことは誰にでも判る。ただ、黙るのはその方が世の中生き易いからだ。
 ただ、自分が不条理の中に叩き込まれて黙るのは違う。自分は未だきっと自分の全てと向き合えていない。自分の病、自分の不条理、自分の使命から逃げている。
 逃げたい。本音はそうだ。誰だって楽な道を選びたい。
 だが、選び取れない者は?
 自分自身が動くしかないのだ。不条理を正してくれる神を待つのではない。
 自分の告白することは三つ。
 自らの信仰告白。
 自らが考えた世界に忍び寄る不安への警鐘。
 その悪を神の善の為に有用すると言う少年の啓示した夢を伝えること。
 そして、最後にこれらを伝える自分自身を告白すること。
 少女は言った。精神を病んだ者がどれほど世界の危険性を危惧したところで無駄である、と。ましてやその懸案を世界に伝えたところで世界は気の狂った者の妄言と判断し、意味を成さないものと見做すのである、と。
 だからこそ、発信しなくてはならない。
 発信しなくて世界は何も変えてくれない。ただ、天上から甘い滴が垂れてくるのを待ち続ける駄々っ子の様に生き続けることも出来ただろう。
 だが、その為に幾人の人生を犠牲に捧げて来たと言うのだ。
 幾人も犠牲にし、その屍の上に安楽を享受するのも良いだろう。
 だが、自分に与えられた天命とは幾人もの死を看取ることのみであった。
 介護をしようとも自分にはその適性はなく、ただ人々が死に行くのを見続けるのが自分の定められた枷だとしたら。
 何て皮肉だ。誰より死を嫌う者にして自らの死を渇望する者が人々の最期を見詰め続けるのが、神の与えた道なのだろうか?
 果たしてそうなのだろうか?
 嘗ての自分の信念は傲慢な程の信仰義認論にこそ在った。信じて洗礼を受けなければ救いの道には与れない。今でもそれは変わらない。変わったのは少し見方だけだ。
 幾人の死を見続けた自分に示された答えの一つ。逆に死を見続けなければ、栄光の頂から墜落しなければ、傲慢でなければならなかった到達出来なかった信仰告白。
 絶望へと至る自分の人生の中で最後に依り縋った望み。
「神は『全てに救い』をお与えになる」
 正対する少女にそう告白した。少女は面白くもなさそうに皮肉そうに嗤い宣言した。
「そのイデアは決して世界には認められないわ。地獄にいる全てを賭けても良い。そのイデアが認められるのは神が天地創造級の奇跡を起こした時だけよ」
「皮肉ですね」
「ええ、皮肉よ」
 そんな奇跡が起きるならば、地獄の全てを明け渡すと宣言する少女。魔王の許可なく大胆に発言した少女の言葉には皮肉が籠められていた。
 もし、この信仰告白が世界に認められたら、天国も地獄もないだろうに。『全てに救い』が訪れるのだから地獄は事実上開店休業状態だ。
「まあ、あなたにはどうしようもないけど、抗ってみれば良いじゃない。塵芥が惨めに抵抗している姿を観るのは中々楽しいわよ。世界は私達の掌で踊って貰うのが一番」
 抗って見せろ、か。
 惨たらしく掌の上で踊れ、か。
 果たして掌の上で踊っているのはどちらだろうか。
 人生を歩んで時に意味のないことに遭遇する、或いはその様な行動を取る。だが、それは本当に意味のないことなのか。
 物理学の世界は専門外だが、量子が現われる確立はランダムなのだとか。だが、それは人の視点から観てそう判断する。量子の論理が並列世界の実証をしてくれても法則性がないと誰が言い切れる。つい百年前までビッグバン宇宙論すら信じられなかった人類が、自分達が今の理論が確実だとどうして言い切れる。神はダイスを振らない。確かに振らないだろう。振る必要がないからだ。神の全能性を以ってすれば人類の見出せない法則性も見出すのは簡単だ。出る目も操作出来る存在にダイスを振る必要性はない。
意味のない行動も同じだ。実は意味の成さない行動もそれ自体では意味を成さなくても世界の何処かに影響を与えるのだ。だが、その計算は余りにも緻密過ぎて人類の手に余るだけだ。
「まるで確信しているみたいね」
「何が、です?」
「全ては神の理論の中に落ち着く、と言う幻想を信じきっている。私にはそう視えるわ」
「ええ、今は立証出来ないでしょう。ですが、いずれはその一端は解明されるでしょう」
「神は『全てに救い』にお与えになる。これが今まで人類の研鑽してきた理論と矛盾なく整合するとでも?」
「ええ」
 少女は何がおかしいのか盛大に嗤い出した。その姿は歴史を知らない若者を嘲る大人の嘲笑と同じものだった。
「じゃあ、質問するわ。聖典に出て来る人類の始祖達は何故神に乱逆したのかしら」
「彼らがそう選んだのでしょう」
「そうよ、彼らは選んだ。『自由意志』に依って選択した。馬鹿な坊やには解り易く聖典を引用して言ってあげましょうか。『罪に仕える奴隷となって死に至るか、神に従う奴隷となって義に至るか』の二択しかないのよ。さて、ここからが問題よ。人間には『自由意志』に依って選ぶ権利がある。じゃあ、罪を選択した者はどうなるのかしら?」
「裁かれます。地獄に落ちることを意味する」
「それっておかしいわよね? 『全てに救い』が訪れる筈なのに、救われない者達が生じる。この『神のパラドックス』をどう整合させるのかしら?」
「『主の名を呼び求める者は、全て救われるからです』と言う言葉があります。たとえ、地獄に落ちようとも信じて洗礼を受ける者には救いは訪れます」
「誰がそう導くのかしら? 神はただ一度切りの死を以って陰府に下ったわ。だけど、その後に地獄に落ちた者達は誰が導くのかしら?」
「そうでしょうね。だからこそ、少年はマルティン・ルターの聖句を残した」
「ああ、だから地獄での宣教なんて馬鹿な考えが坊やからも産まれたのね。でも、残念ね、金持ちとラザロの譬え話は知っているかしら。あの文章中には天国と地獄の間に深い淵があり、彼らは行き来が出来ない。地獄の囚人共を誰が天国に引き上げるのかしら?」
「主です」
「主?」
 自分のあっさりした答えに少女は疑問に思った様子だ。だが、何故少女はこのからくりが解らないのだろう? 単純な答えなのにも係わらず。
「神は全知全能でしょう。だからこそ、地獄から天国に引き上げる唯一の方なのです」
 自分の言葉を聴いた少女は暫くポカンと口を開けたままだったが、暫くすると鬱屈と嗤い始めた。
「フフッ。どうにも答えが行き詰っている様子ね。新しい疑問を解決しても次の疑問が浮かんでくる。人間らしい性だわね。そうやって坊やの先人も悩み狂い苦しんで死んで行ったのよ」
 少女の不気味な表情にやはりかとの想いに囚われる。この答えは少年が啓示した道の一つだが、完全ではないことは渋々承知していた。
 からくりの中に根本的欠陥を見出し、それを修復すると別の根本が崩れる。救済の問題を解決しようとすれば、自然と裁きの問題の血管が露わに決壊し、死に至る。
 この問題の最大点は救いと裁きが同時に成立していることにある。
 神は救い主であると同時に裁き主でもあると言う前提の基に成り立っている。しかも、その基を殺す様に神は愛であると言う大前提が敷かれている。
 少年は一体どの様にこの問題を解決し、その信仰に至ったのだろうか?
 今の少女の表情は自分に対して勝ち誇った王者そのものだ。まるで原始的問題すら解決出来ない原始的生物以下を観る様な瞳を少女は兼ね備えている。性質が悪いのはその視線を意図的に向けていることだ。
「でも、あなたを少し観たところ、神のキング・ソロモンズプロジェクトの解釈は多少なりとも進んでいる様子ね」
「ええ」
 あれからあの夢に関する考察を始めたところ、幾つか気付いた点がある。
 先ず、前提としてシギント・システムは神の側からすれば悪のシステムそのものに過ぎない。
 だが、夢の内容はシギント・システムの有用性を説いたものだった。ここで判るのは神が悪を以って善を活かそうとする姿勢だ。同盟国群がシギント・システムを廃止しないなら人々の賜物の為に活かせば良い。ネットワークに繋がれた世界において個々人の情報を全て集めるのは今まで難しかった。大規模な情報を管理出来る技術の登場を待たなければならなかった。それがビッグデータと呼ばれる代物だ。そして、個々人の賜物を解析する為に人工知能の発展を待たねばならなかった。人工知能の役割は簡単だ。個々人の能力を活かす為に、住み易い場所、居心地の良い環境、最大限能力を引き出せる労働を提供すれば良いだけの話だ。
 逆にこの役割こそ最大の難所でもあるのだが。この問題点は決定権が個々人に委ねられているところだ。神が人類に『自由意志』を与えた例により人の意思決定権を削いではならない。個々人の意思決定次第で人工知能は幾度となく計算をやり直さなければならない。その計算の為に量子コンピュータが必要となる。地球規模であらゆるものの繋がりをどう有効に働くか計算出来るシステムが必要なのだ。人々や国家を動かすにはその者達にシステムがどう有益なのか示さねばならない。
 そして、人々を安心させなければならない。ここからは完全な憶測になるが、システムが良く運用される為の前提とは食料と教育だ。所得税が低く、消費税が高い国では比較的貧富の差が生じ易い。低所得者が優遇されつつ、高所得者も納得のいく社会を造ることが最初に始まることだろう。この時、重要な役割を果たすのが恐らく教会なのだ。代々教会は貧者を支援するシステムがあった。食料問題は本来的に宗教が係わる重要な問題なのだ。高所得者が税制の優遇を受ける為に教会に莫大な献金をし、教会はその資金を食料供給の為に注ぎ込む。
 つまり教会は無料で食料を施す場となる。低所得者はそのシステムを利用し、教養と自己投資の為に資産を注ぎ込める様にする。
 次に出番は国家だ。現行の制度で幾つかの国は高等教育に多額の学費を掛けている。それらの憂いを全て取り払わなくてはならない。理由は単純だ。一部の人々が高等教育を支配し続けると競争、発展、そして新しい提案が阻害される。結果的に視ると国にとって有害以外の何者でもない。高等教育を受ける者達が増えれば、現実社会を悩ませている飢餓、砂漠化、技術、経済格差等に対する解決方法が比例して発案される。自然と解決法も拡大していく。学費を徴収するより、より自由に学ばせた方が経済的に発展の余地を残す。そこでの問題は人々のやる気だ。趣味は高じて長所となる。高等教育と言うと何か堅苦しく聞こえるが、要するに人々に興味を持って貰う所を開発していけば良い。人の在り方は多種多様だ。現場が好きと言う者もいれば、机仕事の方が性に合っていると考える者もいる。頭より体を動かす方が良いと思う人もいれば頭を働かせた方が良いと思う人もいる。或いは芸術にしか興味が湧かない人もいる。神のキング・ソロモンズプロジェクトの特徴の一つはそれらの取捨選択の可能性拡大だ。賜物を世界の為に奉じて貰うにはその賜物や才能を活かす場を世界側がある程度用意しておく。可能性の拡大は文字通り世界の発展の可能性の拡大に繋がる。
 人類の潜在的可能性が多く引き出されれば、いずれはより高度なシステムを考える人々が現われる。
 だが、皮肉なのは少女もそれを望んでいると言うことだ。少女は言った。天使や悪魔より神の柵から離れた人類が更に神の柵から離れたものを創り出す可能性を。そして、それらを有用して終末の日を予測する世界そのものを使った実験。
 本当に皮肉だ。神が悪を善の為に有用しようとする真逆。神の善を悪の為に有用すると言う悪魔達の考えに人類は翻弄されている。悪魔は神のキング・ソロモンズプロジェクトすら悪用するだろう。システムに巧妙に干渉し、システム自体を歪める。それが少女達のやり方だ。
 少女は悪戯に嘲って自分に質問してきた。
「もしかしたら私達があの子を通して伝えられた神の啓示すら歪めてしまうとでも考えているのかしら?」
 素直に頷く。少女はしてやったりと不気味な表情で答える。
「そうよ」
 そして、少女は淡々と答える。
「人間は愚かよ。導き手なしでは自分達を滅ぼすことしか出来ない。死は悪魔の妬みによりて世に入り込んだ。だけど、人間はそれが何時なのか判らない。世界が出来た時から死はあったのか? それとも進化の途中で入り込んだものか? 若しくは聖典にある様に始祖が居て堕落を齎したのか? 今の人間には解けない問題なのよ。死が自然にあるのにも係わらず死に翻弄されて悩み苦しみ滅びることしか出来ない。これも又『神のパラドックス』ね」
「何故そこまで憎むのですか?」
 ふと質問してみた。何故少女はそこまで人類を憎むのだろう? 外典や偽典にはそのヒントがあると言うが、正直解らない。神がその独り子に全てを与えたからか? 神の愛の対象が天使から人類達に移ったからか? それとも他に理由があるのだろうか? 
少女は少し寂しい表情をしていた。それは初めて見る表情だった。これまで支配者たる態度しか執らなかった少女の見せる弱さの欠片だった。少女は徐に立ち上がり、玄関まで向かい、扉を開けて外に出る。自分が後を付いて行くと不思議なことに外には誰も居なかった。人の気配すらない。雨がポツポツと降り始めていた。少女は後ろ姿を見せた儘、外の風景を見ていた。
「何を……」
「世界は美しい」
 自分が尋ねようとすると少女は呟いた。そして、続けて呟いた。
「だけど、この美しさも天上の光景と比べると霞むわ」
 そう語る少女の背中は何処か寂しげだった。少女は肩を戦慄かせる。
「あの頃は全てがあった。私達は満ち足りていた」
 そして、何処か諦観した様に語る。
「神の……神の定めた運命が盟主たる魔王陛下とあの運命の忌み子を引き裂かなければ……私達は幸せで居られたのよ。あの子は選んでしまったのよ。少なくとも私の知る限り最悪の選択を。坊やはもう知っているわね? あの子の信仰を」
「神は『全てに救い』をお与えになる」
 少女はその言葉を聴いて少し沈黙して喋る。
「どうしてこんなことになったのか今でも理解に苦しむわ。救い。裁き。この両方を成り立たせながら神の愛を解けるとは一体どういう理屈だったのかしらね? あの子の選んだ信仰とは何だったのかしらね?」
 それはこちらが訊きたい位だ。それにしても、この根本的問題は少女にも解けてなかったのか。確かによく考えればそうだろう。その問題を解くことは神の愛の理を解くことにも等しい。故にこの問題を解いた者は必然的に悪魔でいる必要性もない。
「ミカエル」
 不意に少女がそう呟くと少女の目の前に少年が居た。雨に濡れた少年は寂しそうに微笑んで少女を正視していた。
 少年は白髪なのにとても絹の様に透き通っている美しさがあり、綿の様に柔らかい印象を与える白髪だった。
「綺麗な白髪ね」
 少女はそう茶化す。
「姉様の黒髪も綺麗です」
「忌み嫌われる色でしょう?」
「黒色は悪い印象ですか?」
「象徴的に観れば」
 すると少年は銀であしらわれた白黒にして黒白の十字架を取り出す。何時観ても不思議な十字架だ。左右のどちらも白と黒で彩られている。
「黄色は銀色と合わせれば金色となります。じゃあ、白と黒は銀色と合わせれば何になりますか?」
「さあ? でも、黒は悪の象徴と言うこと位は子供でも判るわよ」
「じゃあ、白は正義なのですか?」
「少なくとも陽の当たる世界を連想するわ。黒は闇夜を表す象徴よ」
「闇や夜は悪なのですか?」
「あんた達の主人が暗に言っていたでしょう。明るい陽の内に動け、と」
「闇夜には闇夜にしかない輝きがあります。灯火を翳せば闇を照らす幻想的な光の世界に早変わりです。それがどんなに遠くたって星々の煌めきの如く輝くんです」
「要領を得ないわね。何が言いたいのかしら?」
「『全ての平和』」
「うん?」
 少女は不思議そう響きで唸った。
「同盟国の平和でもなく、欧州連合の平和でもない。中華の平和でもなく、共産の平和でもない。一人一人の確固たる意志の基に成り立つ『全ての平和』を僕は望みます」
「あんた……それ、本気で言っているのかしら? それはイスラエル人とナチスが和解しろって言っている様なものよ。東洋の問題でも同じ。中華とこの国が和解出来る? 出来ないでしょう? 宗教の問題も同じよ。教会とモスクが和解しろって言ったら誰もが反対するでしょう。馬鹿でも判る状況だわ。ヨーロピアン、アフリカン、アジアン達に共存しろって言って誰が望むのかしら?」
「そうやって世界を憎しみで紡いで何が残りますか?」
「憎しみだけの問題じゃないわ。あんた、天使と悪魔が共存する世界でも夢見ているの? そんな道はないわ。人間如きにも数千年の歴史がある。その歴史が育んだ感情の中には憎悪もあるわ。教会は多くの異端と言う同胞を裁いた。魔女狩りもした。十字軍遠征で殺し合った。あんたも知っているでしょう? 今でも中東世界では十字の紋様は畏怖の象徴だわ。他の宗教も思想も多かれ少なかれ暗い闇があったのよ。政治システムで理想的とも言える共産主義が現実のものとなったらどうなったか知っているでしょう? 歴史上類を見ない大量虐殺が行われたのよ。その共産主義を創り出した資本主義は経済格差を引き起こし、富豪と貧者の間に憎しみが産まれた。『全てに救い』が訪れる? 冗談じゃない。世界はその様に出来ていない。誰かが犠牲にならなければ世界は成り立たない」
 少女は静かに怒りを捲し立てた。それは己が悪魔と言う位置付けにいる不満からなのか、或いはもっと深い憎しみから成るものなのか自分には判らなかった。
 ただ、少年は哀しそうな表情で少女を見詰めていた。
「姉様の仰ることは御尤もです」
「だとすれば、何故……」
「それでも僕達は世界を諦め切れない」
 少年は静かに、同時に力強く語る。
「主は世界を忍耐しておられます。来るべき日に備えて。もし、姉様が裁かれる側だったら嫌でしょう。魔王たる兄様も裁かれたら嫌でしょう。でも、きっと姉様にも兄様にももっと嫌なことがある」
「………………」
 少女は黙って少年の答えを聴こうとする。少年は宣言する。
「あなた方の一番嫌なことは愛する誰かが裁かれてしまうことです。僕はかつて天上であなた方程苛烈な愛を持った方々を見たことがなかった。姉様達が叛逆を起こしたのは妬みだけですか? 『神のパラドックス』が解けないから道を踏み違えた? いいえ、逆なのです。あなた方は無意識の内に主を知っておられた。先程の御言葉をそのままお返しします。誰かが犠牲にならなければ世界は成り立たない。だからこそ、兄様も姉様も犠牲になったのでしょう? 僕にはそうとしか思えない。主の全知全能に最も近くに居たあなた方がただ叛逆する? 賢いあなた方がただ愚かにも勝敗の判っていた戦争に参加した理由は何だろうと僕は思っています。その答えは憎しみでもあって、同時に愛でもあったんじゃないですか?」
 誰かを救いたかった。だから、その為に少女達は手を汚し、汚名を被ったと言う訳だ。確かに道理に適っている。全知全能に近かった者達が結果の判り切っていた戦争を起こすのは妬みからだけでは理由には薄い気がする。
 だが、少女達が救いたかったのは誰なのか? それは人ではない。少女達は人を塵芥としか看做さない。ならば、少女達が輝かしい栄光と未来を殴り棄てても残したかった者達。少女の背中は雨に滴れて濡れきっている。
 少女は初めて少し弱い感じに声を発した。
「子供の妄想もそこまで行くと一つの神話だわ。フフッ、私達が愛する誰かの為に犠牲になって存在する? 笑い話はそこまでにして頂戴。異端審問官がこの場に居なくて良かったわね。残念ね……私達は自由と天使の尊厳、偉大な秩序を護ろうとして戦ったのよ」
 その嘲りは何処か力が振るわれてなく、威圧さが若干欠けていた。少女は忠告する。
「ミカエル、過去に拘泥するのは止めなさい。昔の思い出を掘り起こしたところで何も変わらないわ。ああ、でも、あんたは今も魔王陛下のかつての面影に囚われているのね。だから、神が『全てに救い』をお与えになる、と言う妄想を信じているのね」
 少女は空虚な声で発する一言で少年の信仰を断言する。
「哀れね」
 そして、少女は続けて諭す様に語る。
「『全てに救い』は訪れないわ。あんたのやっていることは無駄よ。坊やのやることもね」
「少なくともこの時代には芽吹かないでしょうね」
 少年はあっさりと認めた。続けて語る。
「恐らく、この物語を応募したところで通る可能性は低い。この物語は現代文学において禁忌とされている宗教思想を扱っているし、僕や姉様の名が出ている以上選考から外れる可能性は高い」
「だったら何故?」
「簡単です。一粒の麦は地に落ちて死ななければ、一粒のままです。ですが、死ぬことによって多くの実を結びます。この物語の伝えたい内容も初めは何の影響も世界に齎さないでしょう。けれど、それで良いです。宗教改革が起きるまで幾代もの灯火が細々と紡がれていました。この物語も同じです。語り部が変わっても、形が変わっても、細々と紡がれ、何時の日か芽吹くのを待っています」
 少年が言っていたことを思い出した。いや、牧師の言葉だったか。今は芽吹かない。ある歴史の分岐点において遣われる思想であると。それは数千年先かも知れないのだとも言っていた。
 この少年はそこまで先を見越して自分を保護したのか。
「成程、シギント・システムの破壊が目的でなく、人のキング・ソロモンズプロジェクトの破壊も目的ではない。そうよね、システムが急に破壊されたら幾千万人の人間が路頭に迷うかも知れない。そうかと言って現行のシステムを容認してしまえば、多くの人間が死んでいくことになる。苦肉の策ね。だからこそ悪のシステムを善の為に有用することを強調した訳ね」
 少女は少年の目的を見抜いたと云わんばかりに有用と言う言葉を強調する。そして、少女は更に老いた賢人が若者の浅はかな考えを見抜く様な口調で告げる。
「しかも、有用することも一種の撒き餌にしか過ぎない。あんたが『全ての平和』と言った時、悟ったわ。撒き餌を有用して『全てに救い』が訪れていると言う啓示、この灯火を伝えようとするあんたの狂気振りが良く判るわ。どちらが本当の悪魔か判ったものじゃないわね」
 少女は忌々しげに少年に告げたが、少年は困った微笑みを浮かべるのみで否定も肯定もしなかった。ただ、少年の瞳は哀しげだった。そして、少年は呟く。
「人々の技術は素晴らしい限りです。主なくして人は何も出来ませんが、主が居れば人は何でも出来るんです」
 少年の言葉は意味深だった。まるで宗教改革でさえ神の意志なくして成り立たなかった、と言いたげだった。確かに宗教改革は活版印刷術の賜物なくしては成り立たなかった。もっと言ってしまえば、航海技術が発展して新大陸を発見しなければ成り立たなかった。
 丁度、今の時代もそれに近い。後百年足らずで惑星開発が始まる時代に来ている。ネットが普及し、人々が他国語を自分達の国の言語に変える技術は日進月歩だ。
 だからこそ変革の時代なのか。世界を変えるのは技術だが、根本的にはもっと重要なものがある。法体系、倫理問題、技術開発の根には必ず思想が存在する。そして、その思想は歴史上積み立てられた強固な岩なのだ。このシステムを支えるものとして教会は教義を産み出した。詰まり一番深い根に教会が存在している。善悪の問題などが良い例だ。殺人はやっていけないことだと誰もが知っている。だが、人々は何故そう思うのか? 法で決まっているからか? では、法が殺人を許可すれば悪ではない? 大義さえあれば正々堂々と人を殺して良いのか?  それでも、ある人々は殺人を悪と言うだろう。何故ならば善悪と言う概念は元々人にはなかったからだ。それは歴史が、取り分け聖典、良心、そして啓示による解釈によって築き上げられた巨大な教会と言う思想となったからだ。歴史は宗教と密接に隣り合わせに居る。教会の持つ思想が時として技術の進歩を阻み、時と激烈な技術の進歩を齎してきたのだ。端的に言えば、善悪とは神が教会に与えた概念で人が如何こう出来る概念ではない。出来るのは善悪に対する解釈だけなのだ。
 ここで先程の問題と係わる。教育と食料問題。
 前世紀の教会は信徒の内の一部しかその問題に参与してなかったのだ。故に今世紀に入って科学とは人に何を齎すかと言う立場が不透明になった。だからこそ、労働者、愛国者を中心に学問に対する反発が起きた。多くの人は己とその周囲の生活に手一杯で学問の恩恵を受けている実感がなかった。
 故に自分は少年の理想に着目する。神が『全てに救い』をお与えになる。この全肯定を以ってして全ての人々に学問を学ぶ機会を造る下地を構成する。勿論、その前提として教会が要る。教会が御言葉を語る者達を世の煩いに悩まされない様に執事と体制を造った様に、人々が労働する為に世の煩いになるべく悩まされない様に教会が下支えしなければならない。
「それは矛盾よ。人間の努力が無限の可能性を秘めている、しかし神なしでは何も出来ない。それもある種の『神のパラドックス』よ」
「同じ聖典から多様な解釈が生まれます。それは一見すると一致しないかも知れない。でも、僕は信じているんですよ。正教会、旧教会、新教会、彼らの中に潜む矛盾を何時か誰かが解決してくれることを」
「不可能だわ。私達でさえ解決出来なかった『神のパラドックス』を人間如きに解決出来るなど」
「だからこそ、主は人々を御自分の業を受け継ぐ者達として指名なされた。人には可能性がある。僕達が選ばなかった可能性を芽吹かせてくれるかも知れない」
 そう言って少年は手を翳し、呟く。
「この手は余りにも多くの血を吸い取って来ました。僕は愚かです。避けられた戦いを避けず、兄弟姉妹を手に掛けてまで未来の平和を護ろうとした。僕自身が下した愚かな選択です。そう、天上の大戦で知ったのは僕自身の愚かさでした。でも、ひょっとしたら人は異なる未来を見せてくれるのかも知れない」
「確かにあんたはとんだ愚か者だったわ。全天使の指揮官が『全てに救い』なんて望むべきじゃない」
 少年と少女達の間に何があったか、詳しくは知らない。だが、少女は語っていた。最も偉大だった天使すら解けなかった解を少年はほぼ解いてしまったのだと。そして、その心境はどの天使にも理解出来なかったのだとも。
 運命の皮肉は戦争の守護聖者たる少年に神に近しい確信を抱かせてしまったことなのか。殺す側が至った信仰とは如何なるものが自分は知らない。
 だが、微かな知識から判ることはある。神学とは神の一つの可能性を活かす為に他の可能性を犠牲にするものだが、それで神の無限の可能性を否定し得るものではない。犠牲となっていった神学の中にも実は神の想いが潜んでいると言うのは隠し切れない事実だった。
 少女は言った。『自由意志』と『全てに救い』は矛盾するものだと、解決出来ない『神のパラドックス』だと仄めかしていた。
 しかし、その事実が横たわろうとも少年の意志は揺るがない様子だ。『全てに救い』は訪れる。少年の瞳はそう物語っている。
「理想は理想として心の内に閉じ込めてくれたら良かったでしょうに。見なさい。この世界を。これが現実よ。坊やをご覧なさい」
 少女は後姿の儘、自分を指し示す。少年は自分を見て微笑む。
「君は今の姿がとても良い」
「何処が、よ」
 少女は舌なめずりする音を立て反駁する。
「私には判るわ。この坊やのどうしようもない劣等感が。なまじ後天的障がい者として育っただけあって劣等感の塊よ」
 確かにそうだ。精神を病んだ者として生き、薬なしでは生きられない肉体。学ぶことだけが取り得だったのに学問の道も閉ざされてしまった自分。この数年、誰かと本気で議論したこともない。する必要もなかったからだ。介護の分野に至っては未熟者。だからと言って神学の話をしようにも真剣に議論する相手が居なかった。自分は心の何処かでこう思っているのだ。
 話したところで無駄なのだ。相手は自分の話は理解しないし、相手はこちらを未熟な者としてか観てない。生きているのに生きてない。生涯に亘って伴侶も得ることも子を成すことも出来ず、奨学金の返済に追われる日々。人生を諦めていた。ただ、パピのことが気掛かりだった。もし、パピが居なかったら自分は自死をとっくに選んでいるだろう。皮肉にも自分にとって死に至る最期の躓きが最期の希望になるとは。愛したから信じたのではない。愛されたから信じたのだ。教義以前に見るべきものがあった。愛され、愛したから『全てに救い』が訪れることを信じることになるとは本当に皮肉としか言い様がない。いや、これは祝福なのか。
「もし、君が世の支配者だったら、君はどうしていたかな?」
 少年は自分に尋ねてくる。答えは決まっていた。
「支配者の様に合法的に、独裁者の様に冷徹に、悪魔の様に嗤って人々を殺していたな」
 仮に全知全能の座が手に入るなら神より上手く世界を動かす気でいたが、実際罪人としての自分を俯瞰した時、世界の誰より邪悪な支配を行うだろう。
「坊や、それが正しい生き方よ。だから、私に与しなさい。あなたは心の底で人々に恐怖を与えたがっている。かつてのあなたを人々が嘲り、無視した様に。あなたの心には深い憎悪がわだかまっているわ。何処にも逃げ場のないあなたを神が助けてくれた? 冗談じゃない。あなたは体よく教会に利用されているのよ。あなたは知っている筈だわ。歴史上、教会が如何に邪悪の権化だったかを。愛を語らいながら、片手で剣を以って隣人を殺してきた事実を。貧しき民からその日その日生きる為の微かな財産さえ教会の献金に捧げよ、と言う暴虐を知っている。神が愛ならこんな不条理を御許しになるかしら? 否! 否なのよ! 神が真に慈悲深き方ならこんな不条理を許さない。だからこそ私の神こそ正しいのよ。私の神は決してあなたを見捨てたりはしない」
 少女が傍にいないのに傍にいて耳元に囁く様な口調に聴こえる。
「選びなさい、坊や。本当の神は慈悲深く優しい。でも、あなたの信じようとしている神はあなたに躓きと苦難を与える。どちらが本当の神か選びなさい」
 少女は力強く、優しい口調で囁く。
 少しの間、沈黙を挟み、自分が答えたものとは。

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登場人物紹介

自分……教会の信徒であり、介護職であり、同時に同盟国の末端でもある。同時に精神的な病も患っており、無気力な人物。少年との出会いで諦めていた人生と信仰に一つの灯火が与えられ、『全てに救い』の信条に触れていくことになる。



少年……風の様に現われ、風の様に去る可愛らしい少女の様な凛々しい少年の様な少年。語り部である『自分』を受け容れ、『全てに救い』の教義を教えることに力を貸す。同時に語り部である『自分』の危機的状況を救ったりもしてくれる不可思議な少年。(アイコンはあくまで参考用イメージ像です。読者様のお好みの姿で物語をお楽しみ下さいませ)





少女……同盟国の関係者らしいが、実体は不明な少女。(アイコンはあくまで参考用イメージ像です。読者様のお好みの姿で物語をお楽しみ下さいませ)





ウォリアー……同盟国の重要人物で『使徒』と呼ばれる存在。重々しい口調が特徴的な牧師の格好を纏った軍人の様な男。実際に軍人でもあり、新しい計画にも携わっている。典型的な戦闘型の『使徒』で実際には星一つ滅ぼせる程の力を保有していると思われる。少年と付き合いは古い。(アイコンはあくまで参考用のイメージ像です。読者様のお好みの姿を思い描いてお楽しみ下さいませ)



 



ジューダリア……ユダとマリアを合わせて取られた名で『イスカリオテ』の中でも別格の存在。祈りを具現化する能力に長けており、『使徒』の番外と呼ばれる。

ジ・オーダー……第二部の語り部。オーダー・オブ・オーダーの中核。自分のことを我々と称する。「人は『全てに滅び』をお与えになる」の信条を創り上げたと言われる。世界の破壊者。

クリストフォロス……第二部の登場人物。『使徒』である。ジ・オーダーにとって先が読めない人物と考えられている。恩恵能力『絶対結界』(アイコンはあくまで参考用イメージ像です。読者様のお好みの姿で物語をお楽しみ下さいませ)

ソロモン……第二部の登場人物。『使徒』の一人。恩恵能力『ソロモン・システム』但し、精確には恩恵能力ではない。より厳密に言えば彼女の家系が築き上げた。『ソロモン・システム』については第一部参照。( アイコンはあくまで参考用イメージ像です。読者様のお好みの姿で物語をお楽しみ下さいませ)

ジョシュア・エイブラハム・ノートン……現代の最古の『使徒』の一人。恩恵能力は不明。判ることは通信系の能力。古典的な通信手段のみならず現代の科学水準を以てしても理解出来ない通信手段を使用している様子。(アイコンはあくまで参考用イメージ像です。読者様のお好みの姿で物語をお楽しみ下さいませ)

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