暗闇よりも恐ろしい
文字数 4,028文字
1.
キシャ、『亡国記』、その光が飛び去った方向へ、テスは歩いた。
歩き続けた。
線路に戻り、それに沿って歩くことも考えた。だが線路に戻れる自信はなく、戻れたとしても、その先の都市には自分の命を狙う言葉つかいが待ち受けているものと思われた。
言葉つかいたちがするように、鳥を作り、飛ばして偵察させることも考えた。一つの思いがそれを邪魔した。
自分が飛べばいいじゃないか。
何故そのようなことを思うのかわからない。だが、見よう見真似で試そうとするほどその思いは強くなった。さりとてテスの体が飛べる体に変じるわけでもなく、結局諦めて、ただ歩くしかなかった。
何度か鳥の羽音めいた音を頭上に聞いた。
その度にテスは立ち止まり、赤い空に目を凝らしたが、空を駆るものの影は見つけられなかった。何度めか空を見上げたときには、頬をかすめる柔らかい羽根を感じたりもした。
衣服と足許をよく調べても、羽根らしきものは落ちていない。
テスは目を閉じる。息を止め、思考を止める。意識を大気に拡散し、気配をよく探る。
空が急速に暗くなるのが、目を閉じていてもわかった。そして左手側に、何か大きなものの気配を感じた。
目を開けると、僅かな間に空は恨みがましいほど黒ずんだ厚い雲に覆われていた。薄い部分の雲は空の光を吸い込み朱色に染まっている。
その薄墨色と朱色のまだら模様の下を、鳥の影が十ばかり、群れ飛んでいった。
翔くものはテスの左手側、大きな気配のほうに去る。
体を捻って目で追えば、そこには城壁が影となって高く聳えていた。
それほど離れてはいない。五分も歩けばたどり着く距離だ。
城壁の向こうには何も見えない。ただそこにあり、テスの視界を、まだらな曇り空と壁とで二分しているだけだ。
不思議なことには慣れてしまったテスも、これをどのように解釈すべきかわからなかった。これまで見えていなかったのがおかしいのか……見えるようになったのがおかしいのか。
鳥たちを追って、テスは壁へと歩き始めた。土の上には小鳥たちの小さな足跡が残されている。壁との距離が縮まるにつれ、その石組みと、石の継ぎ目、上部の歩廊の小窓が見えるようになった。城壁の根に生える雑草が見える距離まで来て、テスは走り出した。
助走をつけ、それから全力で走り出す。土を蹴って飛び上がり、左足で大気の壁を蹴った。体が大気と同調し、ふわりと高く浮く。空中で体を丸め、くるりと回転する。抵抗を極力殺し、落下へと転じる直前、再び大気の足場を作り、右足でそれを蹴った。
ガラスの嵌められていない歩廊の小窓へと突っ込んでいく。
何もないはずの小窓で、だがテスは何かに引っかかった。
直後、全身を激しい衝撃で貫かれた。
熱い、と思ったときには地面へと弾き飛ばされていた。
放電音を聞いた気がした。
※
気だるさに支配され、意識を取り戻してからも、テスはしばらく目を開けられなかった。体は重く、ようやく瞼をこじ開ければ、ベッドに仰向けに寝かされていること、そして、拘束されていることがわかった。
ひどく静かだった。白い正方形の石を貼りあわせた天井に、水の波紋が揺れている。ゆっくり両手に力を入れてみると、思わず呻き声が漏れた。ずきずきと痛む両手は頭上に上げられ、両手首を縛られていた。ベッドの枠に縛り付けられているようだ。引っ張ってみるが動かない。徐々に力が戻ってきた。体のあちこちを動かしてみる。落下のとき、無意識のうちに受け身の姿勢をとったのだろう。どこも折れてはいないようだ。
光がくる方向へ、テスは顔を向けた。ベッドは部屋の中央に位置しているらしい。十歩の距離に壁があり、壁には六つの窓が並んでいた。壁の両端には、戸がないアーチ型の出入り口が口を開けている。その向こうは廊下で、廊下の窓は外に面している。光はそこから差していた。朱色に透き通る光の柱が雲の波間から降りていた。
目を細め、ゆっくり瞬いた。
足許のアーチ型の出入り口から、一つの影が部屋に忍び寄って来た。人かと思ったが、人ではない。テスは息を詰めた。
それは鉤型の嘴を備え、大きな丸い頭をしている。首を覆う羽毛が風にそよいでいる。丸く膨らんだ胸。人間のように二足で歩むもの。
テスは、その影の主が黄色と黒の猛禽の目をしていることを思った。それが歩み寄り、姿を見せ、拘束されたテスを観察する様を思った。だが影はゆっくり引いていき、部屋の入り口からも、廊下からも消えた。
部屋の中から衣擦れの音が聞こえたのはそのときだった。テスは部屋の奥側に顔を向けた。
壁際で、女が椅子に座っていた。まっすぐ伸びた金糸のような髪が、顔の両脇に垂れている。窓や入り口から差す光の当たらない場所にいたが、色白で端正な顔や、長い髪そのものが眩しく見えた。目を閉じている。膝の上の両手は編み針を持っている。編まれた赤い毛糸の布が女の膝に広げられ、傍らの小さな円卓には、赤い毛糸玉が乗っていた。
テスの視線がわかるのか、女は目を閉じたまま口を開いた。
「地獄は暗闇に満ちた場所だと考えておりました」
抑揚に欠けた、人間みの薄い喋りかただった。
「ゆえに、私は暗闇を恐れましたが、それは間違っていました。地獄は暗闇よりも恐ろしい、真っ黒い太陽が燦々と輝く場所でした」
手首を上げる。
右手で円卓の縁を探り、次にその上の毛糸玉の位置を確かめた。左手は膝の上の編み物の上をたどり、その終端を掴んだ。女は盲人だった。
「そして私は、むしろ暗闇を求めるようになりました」
女は左手で編み物を半分に折り畳んだ。まだ若い。同じ年齢くらいだとテスは考えた。そして、自分の身にこの後ふりかかる出来事を想像した。こうして捕らえられているということは、侵入者として扱われているのだろう。取り調べを受けるか……拷問されるか……。
「私たちが滅ぶとき、まずは色彩が死に、次に輪郭が、最後に言語が死ぬのです」
テスの生唾を飲む音が聞こえたのか、聞こえなかったのか、女は話し続けた。
「色彩が死んで、真っ黒い太陽が燦々と輝く地獄では、人間の体も炭のように真っ黒で、枯れ木のように痩せ細り、暑く、その黒さに恐れおののいて、私は汗と涙に濡れながら、家へと帰っていきました」
テスは女の無表情を見続けるしかなかった。
「私は黒さを洗い流そうと、シャワーの栓を捻りました。湯は出ず、水を浴び、タイルの上を黒く染まった水が流れ、排水口に吸い込まれていきます――」
編み物を、更に半分に折り畳む。
「――そして、体をこすればぼろぼろ崩れて輪郭が死んでいき、恐怖に泣き叫びます」
針と編み物をテーブルに置き、女は慎重に立ち上がった。聖職者のように、全身を白い衣 で覆っている。背はテスより高かった。摺り足で、一歩ずつ足許を確かめながら、テスのベッドにやって来る。
テスは何かを言おうとした。乾いた喉からは、弱々しい息の音と呻き声が漏れるばかりだった。その声で、女はテスの頭がある位置を把握したらしい。顔のすぐ横に膝をついて、覗き込むように顔を寄せた。
「私は望む闇を得ました」
女には目を使って覗き込むことはできないが、手をテスの顔に近付けてきた。そして、息を詰めているテスの前髪に触れ、額を撫でた。左の眉をなぞり、思わず閉じた左目の睫毛を指先で慈しみ、鼻筋を通って唇に指を押し当てた。そのまま顎へと指を這わせ、顎から頬へ、頬から耳へと輪郭を確かめる。
「ですが、あなたが美しい若者であることはわかります」
女の手が布団の中に入ってきて、服の上からテスの胸を撫でた。その感触で、薄手の服に着替えさせられていることがわかった。胸の左右を二、三度撫で回した末に、鳩尾 の上に手を落ち着かせた。身を屈め、顔を寄せてくる。
唇が触れ合う直前、テスは声を絞り出した。
「やめろ」
女が動きを止めた。
頬と鼻と目の上に、ばさりと女の髪が落ちた。思わず目を閉じた。
ややあって、廊下で少年の声が響いた。
「アルネカ様?」
階段があり、その下から呼んでいるのだと、反響の仕方でわかった。声変わりが終わったばかりの少年といった感じだ。女の髪と気配が呼気と共に遠ざかり、テスは目を開けた。
「リーユー」女は声の調子を変えることなく呼びかけ、立ち上がった。顔はじっとテスに向けたままだ。「来なさい」
間もなく階段を上がる足音。そしてまた、影が廊下から迫り、足許の出入り口を染めて部屋に入り込んだ。今度は実体ある者が現れた。やはり少年だった。藁の色の髪をきれいに切り揃え、薄手のチュニックとズボンを身に纏っている。
「リーユーです。参りました、アルネカ様」
背筋正しく立ち、顔をアルネカに向けて指示を待っている。
「ヤトかティルカを呼びなさい。二人の内のどちらかに、客人の案内をさせなさい」
リーユーと目があった。彼は初めてテスが目覚めていることに気がついたようだ。見開かれた目に、敵愾心にも近い警戒心を読みとった。少年は目をアルネカに戻した。
「侵入者の縄を解けとのご命令ですか?」
その声にはありありと、不信の色が滲み出ている。
「私の指示に疑問を抱いてはいけません」
リーユーが、さっと目をそらし、伏せた。
「彼 の者を客人として扱うことを、神はお望みです。私が呼べと言った者を呼びなさい。縄は彼らに解かせます」
「仰せのままに、アルネカ様」
「リーユー」
アルネカと呼ばれる女は、言葉を重ね、少年を引き留めた。
「ニハイに優しくなさい」
リーユーが動揺するのがテスにも見て取れた。顔が赤く見えるのは、赤い空の光を浴びているからだけではないようだ。少年は感情を殺した声で答えた。
「はい、アルネカ様」
キシャ、『亡国記』、その光が飛び去った方向へ、テスは歩いた。
歩き続けた。
線路に戻り、それに沿って歩くことも考えた。だが線路に戻れる自信はなく、戻れたとしても、その先の都市には自分の命を狙う言葉つかいが待ち受けているものと思われた。
言葉つかいたちがするように、鳥を作り、飛ばして偵察させることも考えた。一つの思いがそれを邪魔した。
自分が飛べばいいじゃないか。
何故そのようなことを思うのかわからない。だが、見よう見真似で試そうとするほどその思いは強くなった。さりとてテスの体が飛べる体に変じるわけでもなく、結局諦めて、ただ歩くしかなかった。
何度か鳥の羽音めいた音を頭上に聞いた。
その度にテスは立ち止まり、赤い空に目を凝らしたが、空を駆るものの影は見つけられなかった。何度めか空を見上げたときには、頬をかすめる柔らかい羽根を感じたりもした。
衣服と足許をよく調べても、羽根らしきものは落ちていない。
テスは目を閉じる。息を止め、思考を止める。意識を大気に拡散し、気配をよく探る。
空が急速に暗くなるのが、目を閉じていてもわかった。そして左手側に、何か大きなものの気配を感じた。
目を開けると、僅かな間に空は恨みがましいほど黒ずんだ厚い雲に覆われていた。薄い部分の雲は空の光を吸い込み朱色に染まっている。
その薄墨色と朱色のまだら模様の下を、鳥の影が十ばかり、群れ飛んでいった。
翔くものはテスの左手側、大きな気配のほうに去る。
体を捻って目で追えば、そこには城壁が影となって高く聳えていた。
それほど離れてはいない。五分も歩けばたどり着く距離だ。
城壁の向こうには何も見えない。ただそこにあり、テスの視界を、まだらな曇り空と壁とで二分しているだけだ。
不思議なことには慣れてしまったテスも、これをどのように解釈すべきかわからなかった。これまで見えていなかったのがおかしいのか……見えるようになったのがおかしいのか。
鳥たちを追って、テスは壁へと歩き始めた。土の上には小鳥たちの小さな足跡が残されている。壁との距離が縮まるにつれ、その石組みと、石の継ぎ目、上部の歩廊の小窓が見えるようになった。城壁の根に生える雑草が見える距離まで来て、テスは走り出した。
助走をつけ、それから全力で走り出す。土を蹴って飛び上がり、左足で大気の壁を蹴った。体が大気と同調し、ふわりと高く浮く。空中で体を丸め、くるりと回転する。抵抗を極力殺し、落下へと転じる直前、再び大気の足場を作り、右足でそれを蹴った。
ガラスの嵌められていない歩廊の小窓へと突っ込んでいく。
何もないはずの小窓で、だがテスは何かに引っかかった。
直後、全身を激しい衝撃で貫かれた。
熱い、と思ったときには地面へと弾き飛ばされていた。
放電音を聞いた気がした。
※
気だるさに支配され、意識を取り戻してからも、テスはしばらく目を開けられなかった。体は重く、ようやく瞼をこじ開ければ、ベッドに仰向けに寝かされていること、そして、拘束されていることがわかった。
ひどく静かだった。白い正方形の石を貼りあわせた天井に、水の波紋が揺れている。ゆっくり両手に力を入れてみると、思わず呻き声が漏れた。ずきずきと痛む両手は頭上に上げられ、両手首を縛られていた。ベッドの枠に縛り付けられているようだ。引っ張ってみるが動かない。徐々に力が戻ってきた。体のあちこちを動かしてみる。落下のとき、無意識のうちに受け身の姿勢をとったのだろう。どこも折れてはいないようだ。
光がくる方向へ、テスは顔を向けた。ベッドは部屋の中央に位置しているらしい。十歩の距離に壁があり、壁には六つの窓が並んでいた。壁の両端には、戸がないアーチ型の出入り口が口を開けている。その向こうは廊下で、廊下の窓は外に面している。光はそこから差していた。朱色に透き通る光の柱が雲の波間から降りていた。
目を細め、ゆっくり瞬いた。
足許のアーチ型の出入り口から、一つの影が部屋に忍び寄って来た。人かと思ったが、人ではない。テスは息を詰めた。
それは鉤型の嘴を備え、大きな丸い頭をしている。首を覆う羽毛が風にそよいでいる。丸く膨らんだ胸。人間のように二足で歩むもの。
テスは、その影の主が黄色と黒の猛禽の目をしていることを思った。それが歩み寄り、姿を見せ、拘束されたテスを観察する様を思った。だが影はゆっくり引いていき、部屋の入り口からも、廊下からも消えた。
部屋の中から衣擦れの音が聞こえたのはそのときだった。テスは部屋の奥側に顔を向けた。
壁際で、女が椅子に座っていた。まっすぐ伸びた金糸のような髪が、顔の両脇に垂れている。窓や入り口から差す光の当たらない場所にいたが、色白で端正な顔や、長い髪そのものが眩しく見えた。目を閉じている。膝の上の両手は編み針を持っている。編まれた赤い毛糸の布が女の膝に広げられ、傍らの小さな円卓には、赤い毛糸玉が乗っていた。
テスの視線がわかるのか、女は目を閉じたまま口を開いた。
「地獄は暗闇に満ちた場所だと考えておりました」
抑揚に欠けた、人間みの薄い喋りかただった。
「ゆえに、私は暗闇を恐れましたが、それは間違っていました。地獄は暗闇よりも恐ろしい、真っ黒い太陽が燦々と輝く場所でした」
手首を上げる。
右手で円卓の縁を探り、次にその上の毛糸玉の位置を確かめた。左手は膝の上の編み物の上をたどり、その終端を掴んだ。女は盲人だった。
「そして私は、むしろ暗闇を求めるようになりました」
女は左手で編み物を半分に折り畳んだ。まだ若い。同じ年齢くらいだとテスは考えた。そして、自分の身にこの後ふりかかる出来事を想像した。こうして捕らえられているということは、侵入者として扱われているのだろう。取り調べを受けるか……拷問されるか……。
「私たちが滅ぶとき、まずは色彩が死に、次に輪郭が、最後に言語が死ぬのです」
テスの生唾を飲む音が聞こえたのか、聞こえなかったのか、女は話し続けた。
「色彩が死んで、真っ黒い太陽が燦々と輝く地獄では、人間の体も炭のように真っ黒で、枯れ木のように痩せ細り、暑く、その黒さに恐れおののいて、私は汗と涙に濡れながら、家へと帰っていきました」
テスは女の無表情を見続けるしかなかった。
「私は黒さを洗い流そうと、シャワーの栓を捻りました。湯は出ず、水を浴び、タイルの上を黒く染まった水が流れ、排水口に吸い込まれていきます――」
編み物を、更に半分に折り畳む。
「――そして、体をこすればぼろぼろ崩れて輪郭が死んでいき、恐怖に泣き叫びます」
針と編み物をテーブルに置き、女は慎重に立ち上がった。聖職者のように、全身を白い
テスは何かを言おうとした。乾いた喉からは、弱々しい息の音と呻き声が漏れるばかりだった。その声で、女はテスの頭がある位置を把握したらしい。顔のすぐ横に膝をついて、覗き込むように顔を寄せた。
「私は望む闇を得ました」
女には目を使って覗き込むことはできないが、手をテスの顔に近付けてきた。そして、息を詰めているテスの前髪に触れ、額を撫でた。左の眉をなぞり、思わず閉じた左目の睫毛を指先で慈しみ、鼻筋を通って唇に指を押し当てた。そのまま顎へと指を這わせ、顎から頬へ、頬から耳へと輪郭を確かめる。
「ですが、あなたが美しい若者であることはわかります」
女の手が布団の中に入ってきて、服の上からテスの胸を撫でた。その感触で、薄手の服に着替えさせられていることがわかった。胸の左右を二、三度撫で回した末に、
唇が触れ合う直前、テスは声を絞り出した。
「やめろ」
女が動きを止めた。
頬と鼻と目の上に、ばさりと女の髪が落ちた。思わず目を閉じた。
ややあって、廊下で少年の声が響いた。
「アルネカ様?」
階段があり、その下から呼んでいるのだと、反響の仕方でわかった。声変わりが終わったばかりの少年といった感じだ。女の髪と気配が呼気と共に遠ざかり、テスは目を開けた。
「リーユー」女は声の調子を変えることなく呼びかけ、立ち上がった。顔はじっとテスに向けたままだ。「来なさい」
間もなく階段を上がる足音。そしてまた、影が廊下から迫り、足許の出入り口を染めて部屋に入り込んだ。今度は実体ある者が現れた。やはり少年だった。藁の色の髪をきれいに切り揃え、薄手のチュニックとズボンを身に纏っている。
「リーユーです。参りました、アルネカ様」
背筋正しく立ち、顔をアルネカに向けて指示を待っている。
「ヤトかティルカを呼びなさい。二人の内のどちらかに、客人の案内をさせなさい」
リーユーと目があった。彼は初めてテスが目覚めていることに気がついたようだ。見開かれた目に、敵愾心にも近い警戒心を読みとった。少年は目をアルネカに戻した。
「侵入者の縄を解けとのご命令ですか?」
その声にはありありと、不信の色が滲み出ている。
「私の指示に疑問を抱いてはいけません」
リーユーが、さっと目をそらし、伏せた。
「
「仰せのままに、アルネカ様」
「リーユー」
アルネカと呼ばれる女は、言葉を重ね、少年を引き留めた。
「ニハイに優しくなさい」
リーユーが動揺するのがテスにも見て取れた。顔が赤く見えるのは、赤い空の光を浴びているからだけではないようだ。少年は感情を殺した声で答えた。
「はい、アルネカ様」