1 出会い

文字数 2,329文字

私の二つ前の席に彼は座っていた。私の席からは彼の顔は見えない。彼の後姿が何故だか気になった。知っている人の後姿に少しに似ていたからか。
もうこの時から始まっていたのかもしれない。 

彼は年齢性別問わず周りの席の人たちと気さくに楽しそうに会話をしていた。
彼の周りの席には、私と同世代の女性が2人と私の息子世代の男性と20代後半の男性がいた。彼は私よりも15歳下だった。その5人は休憩時間をともにしていた。
私は一番後の席からその光景を見ていた。なんとなくの人間観察だ。 

私と息子世代の男性とは、休憩中に喫煙所でサッカーや職場の話をするようになっていた。
女性2人とは個別で少し話すようになった。
彼とはなかなか話す機会がなかった。けれど、廊下ですれ違うたびに私は勝手に彼の視線を感じていた。私は151センチで彼は179センチだ。わざわざ見上げなければ視線を確認することができない。だから確認はしなかった。

週2回4ヶ月の研修期間。
講義中の彼の発言はとても穏やかで誠実そうな印象だった。そして地頭が良さそうだ。

私の悪い思い込みなのかもしれないが、女性2人は彼らの輪に私を受け入れない見えないベールがあった。
私もわざわざ入っていく必要がなかった。
 
研修が後半になった頃に彼らは「この後お茶行こう」と話していた。
女性2人から声をかけられることはなかった。帰ろうとしていた時に彼から『さん』付けの苗字で呼び止められ「行かないの?」と声をかけられた。(そもそも誘われていないし)行かないよ。と私は答えた。(なんなの?私の中でざわめき始めている)

彼らがカラオケに行く話をしていた。1人の女性はカラオケが嫌いらしく、私とわりと仲良く話すようになったもう1人の女性に誘われた。『断る理由がない』と行く理由をつけて私は参加した。
彼の声は穏やかで優しかった。そして歌が上手い。 

次回は修了検定。という最後の研修の日に2度目のカラオケに行った。
後から思えば、私と同世代のカラオケに行った女性は研修の始めの頃から彼に恋をしていたのかもしれない。けれどまだこの時は、彼のことをかなり気に入っているのだと思っていた。

3人はお酒が好きなのか?酒に飲まれていた。
私は翌日早番だったので控えめに飲んでいた。
「バスで帰る」と言っていた彼のことを気に入っている彼女はバスを捨てて延長を希望した。
楽しそうに、沢山飲んで沢山歌っていた彼は酔いがまわったようだった。
私は彼のカバンに彼の荷物を入れ彼に渡した。
会計をしエレベーターに乗った時に事件が起きた。
突然、彼が無言でエレベーターの中の壁にパンチを決めたのだ!
見た事がない彼の目と表情に驚いた。

外に出てから、彼は無言で別れ自転車を押して歩いて行った。
私たち3人は無言のまま彼を見送り、駅に向かって歩き出した。が、私の中のセンサーが激しく反応した。
『違う!こっちじゃない。何一つ彼のことはわからないけれど、私は彼を追いかけないと!』
2人に彼と一緒に帰る。と言って私は彼を追いかけた。

はっきりとは覚えていないが、確か彼に大丈夫かと声をかけた。彼はびっくりした顔をしていた。私は彼に「心配だから途中まで一緒に帰る」と言った。彼は「それは優しすぎるんじゃない?」と言った。
エレベーターの中でパンチを決めたことに驚いた。怒っているのかと彼に聞いた。なんと、彼はエレベーターパンチを覚えていなかったのだ。
自分には他人との距離感が大事だ。自宅は暗いから帰りたくない。他人と特に女性とは上手く話せない。彼は酔いながらそう話してくれた。
研修で楽しそうに周りの人たちと話していたのに。と私は言った。
彼は、アレは本当の自分ではなく演じている。演じていないと他人と話せない。自分は人に嫌われたくないから演じて他人と関わっている。と彼は言った。
私は、少しわかる。と言った。
私が希望している距離感と相手の希望している距離感が微妙に違って気を遣うくらいなら1人行動をする方が気がラクだ。
2人で話しながら歩き国道に出てから別れた。

私の中のセンサーは大きく反応したままだった。
恋をしたのか?私。恋とは違うのか?私。
私の頭の中から彼が離れない。
私はもう、彼氏彼女の関係はいらない。結婚なんて懲り懲りだ。

帰宅してから、彼のことを気に入っている彼女と息子世代の男性に、国道に出てから別れた。多分大丈夫だと連絡した。
私は彼の連絡先を知らなかった。彼のことを気に入っている彼女に、大丈夫だったか?聞いて欲しいと連絡した。
翌日「あまり覚えてないみたい」と返信が来た。とりあえず無事に帰れたのならば良かった。と返した。

私たち4人は無事に修了検定に合格した。
私はやらないで後悔するよりも、やった結果ダメだった方が後々残らないので、とりあえず行動する。
私は自分のLINEのQRコードを開き、彼に「ぴっとして!」と言った。彼は勢いで「ぴっ」とした。これで彼と繋がっていられる!
彼はこの頃から私の下の名前に『さん』を付けて呼ぶようになっていた。

私と彼のことを気に入っている彼女は一緒にランチをすることにした。息子世代の男性に声をかけて一緒に行くことになった。
彼がいない。出入り口で彼を見つける。私は自分の気持ちに素直に従う。
彼をランチに誘った。最後の最後で少しだけ仲良しになれたみたいだ。

ランチの後、彼を気に入っている彼女も動き出したのだ。何故だかボウリングに行きたい!と言いだした。
私たちは、修了検定が不合格だった時に備えて予定を空けていたのでボウリングを楽しんでから解散した。

4ヶ月間、週2回普通に会っていた人たちと会えなくなるのが不思議なくらいに週2回会うことが普通になっていた。
うん。やっぱりなんだか寂しいな…。








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