第5話 布施小屋

文字数 1,106文字

 現場頭の大魚に促されて、寝起きする布施小屋に向うと、もう夕餉のにおいが漂っていた。
作事中の食事も智識で賄われとったから、ありがたいことに食に困ることはない。
 お坊さまと同じ釜の飯だから、生臭ものを食することができんと嘆く者もおったが、陵に出入りしていた遊部のうちらにはさほど苦でもない。今日は芋汁かはたまた蕪かと唾を飲んでおると、何やら声が聞こえた。

 そっとお上人さんたちが寝起きする小屋を覗く。ここだけ説法にも使うので板敷きだ。奥の暗がりでお上人さんがお弟子さんたちとボソボソと話込んどるのが見えた。
その様子に、またあの話か…と見当はついた。

 お上人さんたちは橋ができる間、道に出て往く人に仏法を説いたり、庸調の途中で行き倒れた人に施しを与えたりされる。手厚い施しに感激してそのまま一団に加わる者も少なくない。
 だが、役目を終えて帰路を帰る途中の者なら良いが、都にたどり着く前にその場で役目を捨てようとする者もおる。これがやっかいや。
 きっとまたそういう者が駆け込んできたのやろう。

「道すがら倒れる者は数知れません。そんな人を救うために布施小屋があるのですが…」

と滑らかな声で話すのはお上人さんと年の変わらぬ恵信どの。お上人さんもなにかと恵信どのを頼るしっかり者だ。

「しかし、足も怪我しておるし、死を覚悟して逃げて参ったようです。生半可の覚悟ではない。」

「納税逃れに駆け込む者がいるのも事実。このたびの者がそうでないとは言い切れません。」

無著上人のきれいな眉が歪んだのが見えた。

「本当に酷い…これが国づくりなのか」

「お上人さま、あまりそのようなことは…」

「分かっています。しかし…」

「ただでさえ、我らは朝廷に逆らう身。これ以上の波風は避けませんと。」

 恵信どのが釘を刺したのも道理や。当時は律令でお坊さんや尼さんが寺の外で布教することは禁じられとった。僧は寺におるもの。そして、国のために祈るものであって、私たちひとりひとりの願いごとを聞くためにおるのではない。ということや。
 でも、お上人さんをはじめ、多くの僧や尼はその法を破って寺の外で活動しとる。民から慕われ、寺におり坊さんよりよっぽど仏法を世に知らしめてるんやけど、取締られても文句は言えん。寺に所属していないこと自体が脱法行為なのだ。
 逡巡するように黙り込むお上人さんを見つめていた恵信どのが、ずっと考えていたことなのだろう。意を決したように口を開いた。

「お上人さま、どうでしょう。よそに託すというのは」

「よそへ?」

「あのような者も、行基上人のところなら受け入れると聞きました。」

「行基どのが?」

お上人さまの顔がサッと曇った。
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