第19話B(3)鬼神の因縁

文字数 2,419文字

「Cブロックは多少の波乱ありといったところね」

 高島津製作所に割り当てられたテントに高島津伊織が入ってきた。

「ああ、姉上」

 硬い表情でモニターを見つめていた高島津幸村の表情は姉の来訪によって和らいだ。

「確かスサノオとは練習試合を行ったのよね?」

「ええ、山陰方面を武者修行しているときに手合わせをしてくれました」

「鳥取砂丘での例の一件も?」

「はい、共同で対応にあたりました。応援しておりましたが……残念です」

「スサノオの敗因をどう見る?」

 伊織は椅子に腰掛けながら尋ねる。

「……機体スペックを始め、劣っている要素はほとんどありませんでした。単純に機体数の差もあったとはいえ、海江田さんたちの方が上手やったということでしょう」

「ふむ……流石は歴戦の傭兵コンビと言ったところね」

「そうですね、勉強になりました」

「貴女はどうかしら?」

「と、言いますと?」

「因縁のある相手だから少しナーバスになっているのじゃないかと思って」

「姉上、遠慮がないでごわすな」

 幸村が苦笑を浮かべる。

「オブラートに包んだ物言いは嫌いでしょう?」

「それはそうですが……」

「昨年の大会では惜しくも負けちゃったけど……」

「あの敗戦がうちを大きく成長させてくれました。対策をとってきたつもりです。初戦でぶつかるとはやや予想外でしたが、リベンジの絶好機だと捉えております」

「頼もしい言葉ね」

 妹の発言に伊織は微笑む。

「姉上の方はここら辺をうろちょろしとるということは……?」

「うろちょろって人聞き悪いわね。参加チーム関係者という立場を利用して色々ね……」

 伊織は首から下げたパスをひらひらとさせながら呟く。

「手応えの方はどうです?」

「ぼちぼちと言ったところかしらね」

「今後の予定は?」

「しばらく関西に滞在してから東に向かうわ」

「東に……」

「ロボチャンの東日本大会が行われるのならば顔を出しておきたいわね。出来れば全国大会にも……

のはそれからになりそうね」

 伊織が上を指差す。幸村は飲み物を口にして呟く。

「下も下で何やらまだまだきな臭いようですが……」

「その時はその時ね、状況に応じて臨機応変に対応するつもりよ。父上の腰も良くなってきたようだから会社の方も当面の心配は要らないでしょう」

「それもそうですね」

「二人で食事に行こうと言っていたわね。この日に休みが取れそうだけどどうかしら?」

 伊織が端末を操作し、幸村に見せる。

「ああ、ちょうどうちも休みです」

「それは良かった。場所はどこにする?」

「……その後のことも考えると、この辺りが良かですかね」

 幸村が端末上の地図を指差す。

「そう。私としてもこの辺が良いわ。この近辺で良い感じのお店を探しておくわね」

「お願いします」

 伊織が席を立つ。

「ごめんなさいね、色々とバタバタしているところを長居しちゃって……勝利も勿論だけど……無事を祈っているわ」

「ありがとうございます」

 幸村も席を立ち、姉に頭を下げる。

「それじゃあまたね」

「ええ、また」

 幸村もテントを出て、伊織を見送った。去りゆく姉の後ろ姿をぼんやりと眺めていると、不意に声を掛けられた。

「お姉さんに慰めてもろうたんどすか? 随分と気の早い御方どすなあ」

「雷……ほんまのことを言うたらあきません……」

 艶やかな着物姿でおかっぱ頭の女性が二人並んで立っている。双子の為、顔はそっくりである。背丈は小柄な幸村よりも一回り程大きい。振り向いた幸村は苦々し気に呟く。

千歳風(ちとせふう)千歳雷(ちとせいかづち)……」

「『ツインテールの鬼神』はんとまた対戦出来るのはこの上もない喜びどす」

「心にもないことを……」

「あら、分かってしまいましたか?」

 おかっぱ頭の前髪に一部緑色のメッシュを入れた女がクスクスと笑う。

「風姉さまもお人が悪い……」

 前髪に一部赤色のメッシュを入れた女も口許を抑える。

「……わざわざこんなところまで来て何の用じゃ?」

 幸村の問いに、雷と言われた女性が答える。

「いえいえ、その綺麗なお顔をよ~く見ておこうと思いましてね」

「?」

「だってそうでっしゃろう? 試合が終わった後はあんさんのお顔、涙やら鼻水やらでぐちゃぐちゃになってまうんですもの」

「!」

 雷の言葉に幸村はややムッとする。

「去年なんかえらい傑作やったな~」

「雷、その辺にしときなはれ」

「あ~これは失礼しました。何分、正直な性格なもので」

 そう言って、双子は互いの顔を見合わせて、けらけらと笑う。幸村が口を開く。

「言いたいことはそれだけか?」

「「⁉」」

 低い声で呟く幸村に双子は視線を向ける。

「『おかっぱ頭の風神雷神』、『おかっぱ頭×双子=最凶』、『千年王城に君臨するおかっぱ頭』などなど、数多の異名で呼ばれ、常にその将来を嘱望されてきた……うちもジュニア時代から幾度となく、その後塵を拝してきた……じゃが、それも今日でお終いじゃ!」

「「⁉」」

「この大会でうちはアンタらを超えてみせる!」

「……ほう、これはこれは……」

「結構な心意気……試合を楽しみにしております」

 双子は踵を返し、その場を後にした。その数十分後、試合が開始された。

「Dブロック、試合開始!」

 審判のアナウンスが響き渡る。幸村の駆る鬼・極は早くも、緑色の機体と赤色の機体と接敵する。緑色の機体は巨大な布のようなものをなびかせており、赤色の機体は自らの周囲に太鼓のようなものを巡らせている。幸村が自問する。

(大京都鋳物堂……千年の永い歴史が生み出した最高のロボット二体、風神雷神……特殊かつ複雑な操縦機構の為、まともに稼働させることが出来るのは千歳一族の血を引くもののみ。……そんな強敵とさあ、どう戦う⁉)

「さて、どれほどのものか見せてもらいましょうか?」

「……」

「来ないなら、こちらから仕掛けさせてもらいます! 行きますえ、雷!」

「はい!」

「「‼」」

 銃声が立て続けに二発鳴り、頭部を撃ち抜かれた風神雷神がドサッと倒れ込む。

「な、なんじゃ⁉」

 対面する幸村が驚いた。
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