第79話 彼がやってきた

文字数 2,999文字

 土曜日。
 今日はお休みだけど、昼過ぎに彼から電話があって、お(うち)デートになった。今日は彼もラフな格好をしている。

 ソファに座ると彼に言った。
「今日は服を脱がさないでね」
「え?」
「だって、明るいからだめよ」
「寝室はだめ?」
「ベッドに行ったら、貴方止まらなくなるでしょ?」
「ちゃんと一線は守るよ」
「あのね、今、私、女の子の日だからダメなの」
「あ、そうか。じゃ、余計に一線を守れるじゃない」
「ベッドに服を着たまま入るのは嫌よ」
「服を脱いでも、下着を着たままならいいんじゃない?」
「旅行から帰ってくるまでは寝室を使わないと私が決めたの」
「分かったよ。ごめんね」

「ううん。気持ちは分かるわ。あと1週間だから我慢してね」
「我慢するよ」
「……その代わり、胸以外の何処でも触っていいわよ」
「ほんと?」
「スカートの中には手を入れないでね。あの部分もだめよ」
「ありがとう」
「感じたら、出血量が増えて服が汚れるかも知れないでしょ?」
「あ、そうだね」
「だから、本当を言うと今日は嫌なの」
「じゃぁ、今日は軽く触るだけにしておくね」
「うん、ありがとう」

「コーヒーが冷めてしまったわね。温めてくるわ」
「ありがとう。体調の悪いときにごめんね」
「いいのよ。心配してくれてありがとう」
「旅行の車の中で話してもいいのだけど、生田神社のあと布引の滝に行くでしょ?」
「うん。その後は異人館1時間半の予定」
「その異人館は翌日にして、滝のあと真っ直ぐ六甲山に上がったらどうなんだろう?」
「確かに異人館1時間半は落ち着かないから、そのほうがいいかな」
「六甲山の上には観光地はないのかしら?」
「え~と、植物園・牧場・オルゴール・ガーデンテラス・天覧台夜景観賞などがあるね」
「天覧台でいいんじゃない? 神戸市内を眺めてゆっくりする。夜景はホテルで見られるもの」
「生田神社・布引の滝・六甲山天覧台・ホテル。翌日は異人館で一日遊んで帰る」
「変更ばっかりでごめんなさいね」

「いや、凄くいいスケジュールになったと思うよ」
「そうよね。凄くゆったりとしたスケジュールになったよね」
「うん、布引の滝を駆け足で行かずに済むよ」
「昼食は、生田神社の近くでも異人館の近くでも新神戸の近くでも、どこでもいいよね」
「天覧台とかで景色を眺めながらコーヒーでも飲めたらいいかも」
「翌日の朝はホテルの朝食頼んだっけ?」
「あ、忘れたけど、それはチェックインしたときに確認できるよ」
「翌日の昼食は異人館の付近になるよね。だから初日の昼は異人館付近は外すかな」
「夕飯は、帰りの時間によって、その時に考えたらいいよね」
「もう、これで完璧なプランだよね、きっと」
「あはは、そもそも漏れがあっても、ちっとも困らない旅だから」
「でも、私にとっては、一生に一度の大切な旅行なのよ」
「分かってるよ。大切にフォローさせていただきます」
「ありがとう」

 彼が私を抱き寄せて優しくキスをしてくれた。私も優しくキスを返す。唇を触れ合いながらキスをするって素敵。セクシーじゃなくって、愛を伝え合ってるような感覚になる。目を瞑りキスに陶酔して幸せを身体中に行き渡らせる。私はもう彼を愛しているのだ。始まりは結心さんが一瞬に落ちてしまったような燃え上がる恋ではなかったかも知れないが、デートを繰り返す毎に彼の優しさを感じ好きになっていった。

 そして、抱き締められて、キスをされて、性的な接触が増えてきた。その度に私の身体が新しい悦びを覚えていく。感じる姿を彼に見られるのは恥ずかしいけれども、でも身体が勝手に反応してしまうのは止められない。彼もそんな私の反応を悦んでいるのだから、恥ずかしいのだけれども本当は恥ずかしくないのだ。それよりも、どこまで感じ方が深くなっていくのだろうか? 不安であると同時に楽しみでもあるのよね。もっと感じるってどんなのだろうか。

 彼が、服の上から私の胸をそっと優しく(まさぐ)っている。気持ちいい。(かす)かな吐息が漏れる。うっとりとして身体の力が抜けていく。この感覚は何なんだろうか? 最初の頃に、こうして触られたときはかなり感じてしまった。軽い絶頂感があったような記憶があるのだが、今はそんな激しい感覚ではない。これが興奮の度合いによって変わってくるということなのだろうか?

 最初は興奮して一気に感じてしまったのだろうけれども、今は、ゆったりとした愛撫の悦び方を身体が理解して歓びの幅が広がったのだと思えばいいのだろうか? こうして、徐々に悦びが溢れていくのだろう。愛し合う時間が増えて長い時間楽しめるようになっていくのだろうか。そして、自分の身体をコントロールしながらお互いの心が溶け合って絶頂に向かっていくのだろうか。

 そんなことを考えていたのだが、段々身体が敏感になってきた。彼の手がいつものように服の中に入って胸の膨らみを直接触り始めた。《だめよ、軽く触るだけって言ったじゃない》と思ったが、もう感じ始めたから嫌と言えない。出るのは吐息と喘ぎ声だけになってしまった。敏感な部分を摘まんだりして刺激が強くなってくる。甘えるような声が出てしまう。突然、彼の手が胸から離れたので、どうしたのだろうと思った。

 すると、今度は彼の手は胸ではなくお腹や腰の辺りに移動して、ゆっくりとスカートの上をなぞりながら脚に向かった。太腿(ふともも)の付近をゆっくりと触り始めた。太腿の内側を微妙な力加減で触り始めると、突然身体がビクッと反応した。《ああ、そんなところを触るのは止めて》と言おうとしたが、今度は胸に移動して敏感な部分を触る。いつの間にかキスも濃厚になってきて、私の身体中が感じ始めた。

 彼の手は、忙しく私の身体を(まさぐ)っている。そして、私が感じる胸や脚の部分を交互に触り始めた。喘ぎ声が出ると次のところに移動する。どんどん感じるところが増えてきた。もう、どこを触られても感じているような感覚になってしまった。もう何も考えられないわ。彼の手の触ったところがびりびりと感じる。太腿の内側を(さすら)れると私は太腿を(よじ)るようにして(もだ)えてしまった。喘ぎ声が出てしまう。

 するとまた手が胸に移動した。《もう止めて》と思ったとき、胸の敏感なところから身体中に快感が弾けていき頭の中が真っ白になった。彼が私から離れ、慌ててトイレに走ったのをぼんやりと霞んだ目が追った。私は、そのまま放心したようになってソファの上に仰向けになっていた。身体に力が入らない。目を瞑って余韻を味わっていた。また新しい感覚を覚えたのかも知れない。

 彼が戻ってきて、優しく抱きしめてくれた。何故こうして抱き締めて貰うと嬉しいのだろう。私も彼の首に腕を回してキスをした。彼がまた私の胸を触る。
「もうだめよ。軽く触るだけって言ったのに」
「ごめん。最初は軽く触るだけの積もりだったのになぁ」
「だから、寝室に行かなくてよかったわよ」
「信用なくしたなぁ」
 謝るくらいなら、ちゃんと守ったらいいのに。まあ、私も感じ始めたら止められなかったので強くは言えないけど。
「私もちょっとトイレに行って、出血を確認してくるわね」
 やっと、私も立ち上がって、よろよろと歩いた。

 彼が来ると、いつもこんな風になってしまう。勿論、嫌なわけじゃない。寧ろ嬉しいし私の身体は待っているのだ。何もされなかったらきっと寂しいに違いない。でも、愛するってこういうことなの? 抱き締めるだけじゃだめ?


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登場人物紹介

矢野 詩織 《やの しおり》

大学准教授

近藤 克矩 《こんどう かつのり》

大学教授

天野 智敬 《あまの ともたか》

ソフトウェア会社社長

森山 結心 《もりやま ゆい》

パン屋さんの看板娘

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