格安殺人請負店

文字数 1,217文字

 昭和から続いている小さな飲み屋が密集したこの小路には、開いているのか閉まっているのか分からないどころか、店なのか物置なのかも判別がつかない建物がいくつかある。

 そんなところで店を構えている店は、十中八九ヤバい店だ。かく言う俺の店もその一つだし、売っているものも当然ながら非合法の商品……いや、労働力か。

――キイィィィィィ
 錆びた蝶番が来客を知らせる。
「すみません、私、スカルドライバーと申します」

 当然だが本名ではない。非合法の取引に本名で来店するようなバカには即刻お帰り頂くことになっている。裏には裏のマナーがあるのだ。

「はい、こちらへどうぞ」
 促されるままにカウンター席に座った男は、帽子にサングラス、マスクもして完全に顔を隠していた。

 向かいに座っている俺は、パーティグッズで売っている馬の被り物をしているのだから、端から見れば異様な光景だ。

 男が無言で差し出してきた封筒には、五十代くらいの男性の写真と、個人情報の資料。そして、現金がきっちり十万円。

「たしかに」
 封筒を寄せようとした手を、男がグッと掴んできた。

「これで、本当に殺してくれるんですよね」
 サングラスで見えないが、恐らく血走った目でこちらを見ているであろう男を見返す。

「スカルドライバーさんでしたっけ? うちは三年で三十パーセント。嫌なら他あたってください。運が良ければ五百万くらいで東南アジアあたりから流れてきている鉄砲玉を雇えるかもしれませんよ」

「そんな大金がどこに――」

「知りませんよ。だからアンタもうちに来たんでしょうが」

 ここまで言えばほとんどの客が諦める。自分で手を汚す覚悟もなければ、借金してでもプロを雇うという腹のくくり方も出来ていないクズ共なのだ。

 俺の店は格安殺人請負店。「遅い、不確実、でも激安」が看板だ。三年以内に三十パーセントの確率、そう言っておけばターゲットが死ななくても契約違反にはならない。まあ、簡単に言えば詐欺みたいなものだが、人殺しを他人に頼むようなクズ相手の商売だから見逃してくれ。

 男がすごすごと店を出ていったあと、俺は資料をバックルームで分別する。
「フン、あの男ツイてるな」

 俺がこの店を続けていく中で決めている裏のルールがある。この詐欺のようなシステムを続けていくためのルール。それは三年以内に三件の依頼でターゲットが被ったら、その殺人を実行する、というものだ。

 こんな詐欺のような店に客が来るのは、実際に死ぬ奴や大怪我する奴がいるからだ。そして今回がそのタイミングということになる。

 三年以内に三人から殺してほしいと依頼がくるような奴に、当然ながら禄な奴はいない。これまでに殺してきた奴らも、結婚詐欺師、ホームレス狩り、連続引ったくり犯、なんかのどうしようもない奴らばかりだ。

 さしずめ、クズから頼まれたゴミ掃除といったところか。
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