三輪車に乗った少女

エピソード文字数 668文字

「ヤア、お嬢ちゃん」とその声は言った。

 やけに楽しそうな声。
 三輪車に乗った少女が目をぱちくりさせた。
 彼女は心臓が飛び出しそうになった。
 まるで、おとぎ話か映画に出てくるような登場人物だった。
 もしかして、彼の正体はジョニー・デップかしら?
 少女の胸がキュンとときめいた。
 背後に道化師の格好をした男が三輪車をキコキコ漕いでいる。
 道化師は片手に虹色の綿あめを持っていた。

「この虹色の綿あめが欲しいかい、お嬢ちゃん」道化師はにっこり笑った。「ふわふわだよ」
「うん、ちょーだい」彼女は手を伸ばして綿あめを受けとった。

(おや、なんとマア、天然お馬鹿な少女でございましょうか……)

 三輪車に乗った道化師はあんぐりと口をあけた。

「おいしい」少女は綿あめをぱくぱく頬張りはじめた。
「オッフォン! それでは、自己紹介するよ。あたしの名はね、江戸外印(えどげいん)だ。またの名を踊り狂う道化師、一円惜しみともいわれているんだよ」
「ふーん」少女は無関心な顔のままもぐもぐしている。「ごちそうさま」

 つぎの瞬間だった。
 少女はまるで光のような速さで三輪車のペダルを漕ぎはじめた。

「おい、コラッ、ちょっとお待ちなさいお嬢ちゃん」道化師は両眼に涙を浮かべて必死に三輪車のペダルをキコキコ漕ぎはじめた。「これじゃ、これじゃ、夢にまで見たはじめてのかーちぇいすが台無しじゃござあせんか。あたしゃかちーんときたよ――かちーんとね」
「あばよ、江戸のおっちゃん」

 少女はふてぶてしい顔で中指を突き立てた。

 
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