第16話

文字数 1,983文字

 ツナグ達は、湖に辿り着いた。

「懐かしいなぁ……」

 林太郎は、目を細めて呟く。

「綺麗……」

 日の光がきらきらと反射する湖は、静かに水を湛えていた。

「さて、ティータイムといこうじゃないか」

 ツナグが、叶奈からバスケットを受け取ると、ティータイムの用意を始める。叶奈は、ツナグの手伝いをしながら、湖を見つめた。

「本当に、静かで綺麗な場所ね」

 叶奈が、言葉を漏らす。ツナグは、大きく頷いて話し始めた。

「生きることに迷子になった人間たちは、ここに導かれることが多い。ただし、それは君たちのように彗星が通っている時だけだ。導かれた者は、自分を見つけて生きるか、このままこの世界に留まって、あえて死を選ぶ者もいる」
「「え?」」

 叶奈と涼太は、同時にツナグを見た。林太郎は、黙って二人を見つめる。
 叶奈と涼太は、唐突に出てきた、『死』という言葉に頭が追い付かなくなった。自分たちは生きていて、林太郎と剛は死んでいて、自分たちは、偶然この世界に一時的にいるだけだと思っていた。自分のそばに『死』が迫っているとは、微塵も思っていなかった。
 ツナグは話を続ける。

「君たちは、今君たちの世界で昏睡状態だ。君たちの肉体は、病院で眠っている。家族や親戚は、昏睡状態の君たちの目覚めを待っている」

 ツナグの言葉に、涼太は反論する。

「そんなバカな! だって、昨日まで僕は常連客にコーヒーを淹れていたんだよ? 常連客と会話をしていたんだよ? そんなこと有り得ない!」

 叶奈も反論する。

「私も、悟さんと会話したわ! 林太郎さんの子孫の方と、生きている人と会話したのよ?」

 そんな二人の話を黙って聞いていたツナグは、一瞬の間を逃さずに言葉を発した。

「そう、二人は人と会話をした。しかし、それは、かりそめの世界での話だ。涼太の店は実在しないし、林太郎の子孫は、遺言が心残りで、あの場所に留まっていただけだ。涼太の店の常連客も、成仏しきれずにいた者たちが来ていたにすぎない」

 ツナグは、湖に手を浸けると水面をかき混ぜた。すると、涼太の店が水面に映った。しかし、その店はいつもの店の様子と異なっていた。誰にも使われず、廃れていっている様子だった。

「そんな馬鹿な……」

 涼太は、湖面に映る様子に絶句する。
 ツナグは、もう一度湖面をかき混ぜた。すると、今度は誰かが眠っている様子の室内が映された。眠っているのは、涼太だった。そばには、母親が座っている。母親は、涼太の腕をさすりながら、何かを話しかけている。しかし、何を言っているのかは、わからなかった。
 ツナグは、さらにもう一度湖面をかき混ぜた。すると、今度は病院のベッドで横たわる叶奈の姿があった。頭と腕に包帯が巻かれており、涼太より痛々しい様子であった。

「そんな……」

 叶奈は、自分の姿を見つめて絶句した。にわかには信じ難い光景だった。
 二人の絶句する様子を見つめながら、林太郎が口火を切った。

「私が初めてこの世界に来た時も、実際は迷子ではなく、病気でこのような状態だった。しかし、自分は家族の元に帰ることを選んだ。今では、その選択をして良かったと思っているよ。自分は何者で、何がしたいのか、この世界に来てツナグと出会ったことで、そこがはっきりした。今度は、君たちが選ぶ番だ」

 林太郎は、真っ直ぐ二人を見つめた。叶奈と涼太は、顔を見合わせて、もう一度湖を見た。じっと、湖を見つめていると、だんだん自身の現状を思い出してきた。
 叶奈は、交通事故で重傷になり、頭を打った衝撃で昏睡状態に陥っていた。けがは徐々に治っていくものの、目を覚ます気配はなかった。湖面の病室では、そんな叶奈を、弟がじっと見守っていた。見守る弟の顔には疲労感が漂っていた。
 涼太は、原因不明の昏睡状態だった。強いて言えば、過労によるものかもしれなかった。
 カフェの経営をする為の資金集めの途中で、その日も仕事に出かけようと朝食を摂り、席を立った瞬間、倒れてしまったのであった。
 涼太は、ツナグに声をかける。

「僕は、あの世界に戻りたい。僕の夢が待っている。僕は、あのカフェに母を招待するという大切な目標があるんだ」

 ツナグにそう言った途端、涼太は二人と一匹の目の前から忽然と姿を消した。叶奈は「ひっ」と、声を出した。

「彼は、ちゃんと自分のしたいことを見つけていたんだねぇ」

 ツナグはそう言って、嬉しそうに目を細めた。

「叶奈。君はどうする? 戻るかどうかは、君次第だ」
「私は……」

 その瞬間、叶奈の視界は揺らいでいった。

「戻って行ったねぇ……」

 林太郎が、ツナグに視線を向けながら、言葉をかける。

「戻る方が良い。戻れば、向こうの世界でチャンスを手にすることができるのだから」

 ツナグは、目を細めて言葉を返した。
二人を見送った一人と一匹は、空を見上げる。木の隙間から見える空は、綺麗な青空だった。
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