第10話 野球少女

文字数 1,049文字

(お腹、空いたな)
 タクシーで金沢駅に到着すると既に7時、東京までは新幹線で2時間半ほどかかる、食事は済ませておいた方が良い。
 金沢と言えば海鮮、寿司や海鮮丼は魅力的だが大事なシリーズ中、避けた方が良さそうだ。
(そう言えば……能登牛!)
 基本的には肉好きなのだ。
 新幹線の時間もあるので近場の和食店に入ろうとすると……。
「石川選手ですよね!」
 中学生くらいか……10数名ほどの女の子に囲まれた。
「ええ、そうだけど」
 ワァーッ! と歓声が上がる。
「あたしたち、軟式野球チームのメンバーなんです、今日は試合を見に行きました」
「そうなの? 打たれちゃったけどね」
「でも石川選手の活躍、すごいです、あたしたちも励みになります!」
「え、ええ……ありがとう……」
 ここ金沢は『敵地』ちょっと戸惑ったが、地元湘南と変わらない激励。
 思えば、この子たちの頃、出来たばかりの神奈川ガールズリーグで野球を続けることができた、少年野球時代の監督のお父さんが神奈川県野球連盟の役員で、中学生になった野球少女の受け皿がないと野球を続けようにも続けられないから、と設立してくれたガールズリーグだった、その波は全国に広がりつつあることは知っていたが、当時はまださほど広まってはいなかった。
「金沢には何チームくらいあるの?」
「今、8チームです」
「そうなんだ」
 10年前、神奈川のガールズリーグは4チームで発足した、それが10年経っただけでここ金沢でも8チームある……。
「握手してもらえますか? できればサインも」
「ええ、もちろんいいわよ」
 再び上がる歓声、そしてどの笑顔も輝いている。
 雅美は改めて、今自分は女子野球を代表する存在なのだと感じた。
『背負う』と言う表現は使いたくない、そんなに重いものは背負えない、だが、後に続く選手と共に道を切り拓いて行く、その先頭に立っているのが自分なのだと、改めて自分に言い聞かせた。
「じゃあね、ミリオンズのファンでしょうけど、シーガルズも応援してね」
 全員と握手し、サインも書いた後、雅美がそう言うと……。
「え~っ、とっくにシーガルズファンですよ、みんな」
「え? そうなの?」
「だって女子選手がいるの、シーガルズだけですもん」
「みんな石川選手のファンなんです! 頑張ってくださいね!」
「ありがとう……」
 ちょっと胸が熱くなった。
 少し時間を取られたおかげで能登牛は駅弁で味わうことになったが、胸いっぱいに勇気を貰えた気がした。
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