第1話
文字数 1,897文字
綿飴のような入道雲を窓越しに眺めながら、電車を降りると、茹だるような暑さに参ってしまう。汗が吹き出るし、今年の夏は酷暑だ。太陽が眩しく、気持ちが屈してしまいそうになる。
大学生は夏休み真っ最中で、盆休みに帰省する予定だったが、新型コロナウイルスの影響もあり、やめにした。
隣駅にある国立大学に通学している。生活費を稼ぐ必要があり、アルバイトをしている。働いているのは町の書店で、たぶん十五坪くらいだろう。貼り紙を見て応募したら、運よく採用された。店長も親切だし、辞めずに続けている。町の本屋さんは、絶滅危惧種だ。将来は自然淘汰されてしまうだろう。
気になるのは、近くに精神科病院があることだ。白い巨大な建物がそびえており、存在感がある。外観は立派な病院だが、患者から搾取したお金が使われているのだろう。
病床は千床はあるだろう。歴史がある精神科病院だ。精神科病院は昔、脳病院と呼ばれていたらしく、近くには刑務所と医療刑務所がある。私が通っている大学のキャンパスも付近にある。不動産には詳しくないが、この辺りの地価は安いはずだ。
私は精神科を受診したこともなく、入院した経験もない。精神科医に強制的に入院させられそうで怖い。睡眠薬や精神安定剤は薬物依存症になり、廃人になるから絶対に飲みたくない。
精神科病院には暗いイメージがある。映画『カッコーの巣の上で』のように、電気ショックを行っているのだろうか。ジャック・ニコルソンの演技は素晴らしい。しかし主人公・マクマーフィーは、ロボトミーにより廃人になってしまう。昔は精神科医により、実際にロボトミーが行われたらしい。
精神科病院の院内にはコンビニエンスストアがあり、便利なのでよく立ち寄る。精神科の患者らしき人が、ぶつぶつと独り言を言って歩いていることがあり、薄気味悪かった。しかし害を受けるわけでもなく、慣れてしまった。精神科医ではないのでよく分からないが、統合失調症なのだろうか。精神疾患は、新型コロナウイルスのように感染するわけではない。
腕時計を眺めると、午後五時過ぎだった。アルバイトが終わり、いつものようにゲームセンターに行ってストレスを解消しよう、と考えていた。交差点を歩いていると、ミニスカートを穿き、肌を露わにし、サンダルを履いた女の子が素足で歩いている。周囲に誰もいないのに、一人でぺちゃくちゃとお喋りしていた。どうしてメンヘラばかり遭遇するのだろう。
しかし若い女性を観察すると、ワイヤレスヘッドセットを耳に挟んでおり、電話相手と話しているようだ。ポケットか鞄にスマートフォンを入れているはずだ。若者なのにIT機器に疎いから、恥ずかしくなる。いまだにスマートフォンではなく、ガラケーを使っているくらいだ。
アルバイトの帰りにゲームセンターに立ち寄り、得意なリズムゲームをプレイしていた。店内は大音響のように鳴り響き、思わず耳を塞いだ。パチンコ店や街宣車も大の苦手だ。自分ではHSPではないか、と疑っている。いつもは平気なのだが、体の調子が悪くなると、過敏になってしまうことがある。
突然、耳元にささやく声が聞こえてきた。自分でも驚いたが、確かに誰かがひそひそとささやく声が聞こえてくる。
「馬鹿じゃないか?」、「ここから出て行け!」、「最低!」、「死ね!」
きょろきょろと店内を見渡すが、誰が悪口を言っているのだろう。閑散とした店内では、客がいない。背中がぞくぞくする。もしかしたら幽霊なのだろうか。
「どこのどいつだ! いい加減にしろ!」
我慢できず、叫んだ。クレーンゲームの景品を補充していた店員が、あっけにとられた様子で、こちらを眺めている。そういう目で見ないでほしい。
恥ずかしさで居たたまれなくなり、ゲームセンターを飛び出した。アルバイト先の書店に戻り、本棚に並んでいた、初心者向けの精神医学の本を購入した。町の書店なので、専門書はもちろん置いていない。
表に出て、早速購入した本のページを繰った。幻聴が聞こえてきたということは、統合失調症の可能性があるのだろう。しかし本当に幻聴なのだろうか。現実としか思えないほどリアルな声だった。やはりメンタルクリニックを受診すべきだろうか。
心が落ち着き、声は聞こえなくなった。再び声が聞こえてくるのだろうか。自宅へ戻ったら、ネット通販でワイヤレスヘッドセットを注文し、取り寄せることにしよう。場にそぐわない独り言を口に出しても、世間の目をごまかせるかもしれない。(了)
※本作品には人権にかかわる差別的な表現が含まれていますが、作者の意図は差別を助長するものではありません。
大学生は夏休み真っ最中で、盆休みに帰省する予定だったが、新型コロナウイルスの影響もあり、やめにした。
隣駅にある国立大学に通学している。生活費を稼ぐ必要があり、アルバイトをしている。働いているのは町の書店で、たぶん十五坪くらいだろう。貼り紙を見て応募したら、運よく採用された。店長も親切だし、辞めずに続けている。町の本屋さんは、絶滅危惧種だ。将来は自然淘汰されてしまうだろう。
気になるのは、近くに精神科病院があることだ。白い巨大な建物がそびえており、存在感がある。外観は立派な病院だが、患者から搾取したお金が使われているのだろう。
病床は千床はあるだろう。歴史がある精神科病院だ。精神科病院は昔、脳病院と呼ばれていたらしく、近くには刑務所と医療刑務所がある。私が通っている大学のキャンパスも付近にある。不動産には詳しくないが、この辺りの地価は安いはずだ。
私は精神科を受診したこともなく、入院した経験もない。精神科医に強制的に入院させられそうで怖い。睡眠薬や精神安定剤は薬物依存症になり、廃人になるから絶対に飲みたくない。
精神科病院には暗いイメージがある。映画『カッコーの巣の上で』のように、電気ショックを行っているのだろうか。ジャック・ニコルソンの演技は素晴らしい。しかし主人公・マクマーフィーは、ロボトミーにより廃人になってしまう。昔は精神科医により、実際にロボトミーが行われたらしい。
精神科病院の院内にはコンビニエンスストアがあり、便利なのでよく立ち寄る。精神科の患者らしき人が、ぶつぶつと独り言を言って歩いていることがあり、薄気味悪かった。しかし害を受けるわけでもなく、慣れてしまった。精神科医ではないのでよく分からないが、統合失調症なのだろうか。精神疾患は、新型コロナウイルスのように感染するわけではない。
腕時計を眺めると、午後五時過ぎだった。アルバイトが終わり、いつものようにゲームセンターに行ってストレスを解消しよう、と考えていた。交差点を歩いていると、ミニスカートを穿き、肌を露わにし、サンダルを履いた女の子が素足で歩いている。周囲に誰もいないのに、一人でぺちゃくちゃとお喋りしていた。どうしてメンヘラばかり遭遇するのだろう。
しかし若い女性を観察すると、ワイヤレスヘッドセットを耳に挟んでおり、電話相手と話しているようだ。ポケットか鞄にスマートフォンを入れているはずだ。若者なのにIT機器に疎いから、恥ずかしくなる。いまだにスマートフォンではなく、ガラケーを使っているくらいだ。
アルバイトの帰りにゲームセンターに立ち寄り、得意なリズムゲームをプレイしていた。店内は大音響のように鳴り響き、思わず耳を塞いだ。パチンコ店や街宣車も大の苦手だ。自分ではHSPではないか、と疑っている。いつもは平気なのだが、体の調子が悪くなると、過敏になってしまうことがある。
突然、耳元にささやく声が聞こえてきた。自分でも驚いたが、確かに誰かがひそひそとささやく声が聞こえてくる。
「馬鹿じゃないか?」、「ここから出て行け!」、「最低!」、「死ね!」
きょろきょろと店内を見渡すが、誰が悪口を言っているのだろう。閑散とした店内では、客がいない。背中がぞくぞくする。もしかしたら幽霊なのだろうか。
「どこのどいつだ! いい加減にしろ!」
我慢できず、叫んだ。クレーンゲームの景品を補充していた店員が、あっけにとられた様子で、こちらを眺めている。そういう目で見ないでほしい。
恥ずかしさで居たたまれなくなり、ゲームセンターを飛び出した。アルバイト先の書店に戻り、本棚に並んでいた、初心者向けの精神医学の本を購入した。町の書店なので、専門書はもちろん置いていない。
表に出て、早速購入した本のページを繰った。幻聴が聞こえてきたということは、統合失調症の可能性があるのだろう。しかし本当に幻聴なのだろうか。現実としか思えないほどリアルな声だった。やはりメンタルクリニックを受診すべきだろうか。
心が落ち着き、声は聞こえなくなった。再び声が聞こえてくるのだろうか。自宅へ戻ったら、ネット通販でワイヤレスヘッドセットを注文し、取り寄せることにしよう。場にそぐわない独り言を口に出しても、世間の目をごまかせるかもしれない。(了)
※本作品には人権にかかわる差別的な表現が含まれていますが、作者の意図は差別を助長するものではありません。