旧(2)

文字数 1,123文字


(………そう。この娘(こ)ね…… )

わずか六ヶ月半。そんなにも早期に母体から切り離されて、けれど小さな生命は着実に成長し続けていた。

ジンコウシキュウ。

耳慣れない言葉と、風変りな機械。

けれどそれは我が子をたしかに護ってくれているのだ。

始源の香りを色濃く残す母親は、しかし不思議に安んじて眠っていた。

予言の子… やがて伝説となるだろう、娘。

" 神殿を護る民 "(アイン・ヌウマ)の隠された予言の書にはこう語っていた。


最後の斎姫
また最後の斎姫(いつきひめ)を産む。
時、宙空に光点輝き、
その娘は新しい時代の
" 輪を持つ者 "(かけはし)とならん。


(( ………起きなさい! ))

強く、母親は我が娘に呼びかけた。

胎児がそれに応えて、かすかに身じろぎする。

((私はあなたに伝えねばならない事がある。語り継がれた真実(でんしょう)の数々。未来へ渡る予言。

私は、あなたに伝えねばならないのだから。))

そう…奇跡的に伸ばされた、はかない命数が病(やまい)に途絶える前に。

((そのままでいい。お聴き。そして… 覚えなさい。))

斎姫は少しずつ、未だかたまりきらない柔らかい脳に刻印をほどこして行く。

かつて、自分が選ばれた後(のち)に先代からされたと同じように、少しずつ、少しずつ、過去から未来へと続く、膨大な人々の記憶を。



「…冴夢(サエム)……?」

夫が妻の肩にかけた手の平の重みで、深い集中は不意に破られた。

「何をそんなに喰い入るように… まだ、長く起きていては体に障るよ。

休まなければ。」

「まあ、もう?」

現実に引き戻されて斎姫は秘かに嘆息をつく。

「二ヶ月も縛りつけられていましたのよ、私は。子供が無事かどうかもはっきりとは判らなかったというのに。」

「もう二ヶ月待てばこの機械から出して腕に抱けるよ。君は、一度死んだんだよ、本当に。」

「えぇ… 覚えていますわ…」

ふっと、遥かを見つめる妻に、夫は言いようのない怖れを覚えた。

世の中が目に見えるものだけではないのではという気になってくる。

決して神秘主義者ではない、有能な行政家である彼が。

「 それはそうと、」

夫の心からも妻を切り離して包む、なにか膜のようなものを突き破ろうとして彼は言葉をつないだ。

「…子供、の名前、は、決めたのかい?」

「ええ。」

祝福し、はげますように彼女はチューブのなかへと微笑みかけた。

「とりあえず咲子(さくこ)…と。この娘はやがて別の名前で人々に呼ばれることになるでしょう。

でも今は、部族古来の名前で。

新しい世界を開く子供なのですから。」


「蘭(らん)家の咲子(さくこ)…か。いい名前だ…」




鳳蘭(ほうらん)

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