第30話 女難 其の八
文字数 929文字
「何ですのん?妹らの お稽古の途中やし、お手短かに頼みますえ」
林家父子と共に座敷に現れた吉野太夫・珠子は、あのような目に遭ったばかりだというのに、さすがと言おうか気丈に振る舞っていた。
「それはスマン。なに、おぬしを拐かそうとした あの侍の正体が知れたので確かめたき事があってな」
「ほんまでっか?それは一体……」
「うむ。こちらの客に浄土井様という方はおられるか?公卿様だそうだが、まあ身分や名は隠しておられるやもしれぬのう」
一瞬、与次兵衛が身じろぎしたのを十兵衛は見逃さなかったが、何か言う前に目配 せされたので、気付かぬふりをした。
「公卿様は幾人もいてはりますが、浄土井様は……」
「そうか。太夫はどうだ?思い当たる御方はおらぬか?」
「さあ?うちはそのような御方は存じ上げしませんが、公卿様やったら御所の宴席に呼ばれた時に お顔を合わせておるかもしれまへん。その公卿様がどないしゃはったのどすか?」
「先日ここに押し入り瀬川と名乗った男だが、こちらの尼御がたの話によると、きゃつは浄土井家の青侍なのだそうだ。ならば、おぬしに怪しげな身請け話を持ち掛けたのは、浄土井公卿その人と見て間違いあるまい」
珠子は まえ と戸沢をちらと見ると、軽く頭を下げた。
「何やけったいな お話どすなあ。正面から身請けのお話が出来 へん何がおありなのやら。貴 い御方の お考えは、うちなんどには分かれしません」
「そうよのう……」
相づちを打つと十兵衛は煙管 に煙草を詰め、火を点ける。沈黙が流れたのを機に
「お話は終わりどすな?妹らを放っておくと遊び始めてしまいますよって、うちは これで」
と、手を仕えると新左衛門を従えて座敷を出て行く珠子の姿を、撫子はじぃっと見つめていた。
林家の門前で、まえ の乗った駕籠と付き従う戸沢を撫子と揃って見送ると、十兵衛は一人で与次兵衛の居室を訪れた。
「お待ち申し上げとりました」
「うむ」
上座に十兵衛を促し対面に座ると、与次兵衛は悩ましげに首をひねる。
「何からお話すればよろしいやら……」
「おぬしは浄土井公卿を存じておるのだろう?何やら宜しからぬ噂のある御仁だと聞いたが、太夫との繋がりはあるのか?」
十兵衛の煙管から登る煙を目で追いながら、与次兵衛は重い口を開いた。
林家父子と共に座敷に現れた吉野太夫・珠子は、あのような目に遭ったばかりだというのに、さすがと言おうか気丈に振る舞っていた。
「それはスマン。なに、おぬしを拐かそうとした あの侍の正体が知れたので確かめたき事があってな」
「ほんまでっか?それは一体……」
「うむ。こちらの客に浄土井様という方はおられるか?公卿様だそうだが、まあ身分や名は隠しておられるやもしれぬのう」
一瞬、与次兵衛が身じろぎしたのを十兵衛は見逃さなかったが、何か言う前に
「公卿様は幾人もいてはりますが、浄土井様は……」
「そうか。太夫はどうだ?思い当たる御方はおらぬか?」
「さあ?うちはそのような御方は存じ上げしませんが、公卿様やったら御所の宴席に呼ばれた時に お顔を合わせておるかもしれまへん。その公卿様がどないしゃはったのどすか?」
「先日ここに押し入り瀬川と名乗った男だが、こちらの尼御がたの話によると、きゃつは浄土井家の青侍なのだそうだ。ならば、おぬしに怪しげな身請け話を持ち掛けたのは、浄土井公卿その人と見て間違いあるまい」
珠子は まえ と戸沢をちらと見ると、軽く頭を下げた。
「何やけったいな お話どすなあ。正面から身請けのお話が
「そうよのう……」
相づちを打つと十兵衛は
「お話は終わりどすな?妹らを放っておくと遊び始めてしまいますよって、うちは これで」
と、手を仕えると新左衛門を従えて座敷を出て行く珠子の姿を、撫子はじぃっと見つめていた。
林家の門前で、まえ の乗った駕籠と付き従う戸沢を撫子と揃って見送ると、十兵衛は一人で与次兵衛の居室を訪れた。
「お待ち申し上げとりました」
「うむ」
上座に十兵衛を促し対面に座ると、与次兵衛は悩ましげに首をひねる。
「何からお話すればよろしいやら……」
「おぬしは浄土井公卿を存じておるのだろう?何やら宜しからぬ噂のある御仁だと聞いたが、太夫との繋がりはあるのか?」
十兵衛の煙管から登る煙を目で追いながら、与次兵衛は重い口を開いた。