第1話

文字数 2,194文字

 あなたが生まれた時のことを今でも鮮やかに思い出せるわ。待ち望んで、待ち望んで、やっと授かった私の子。それがあなた。夫と一緒になって喜んだわ。あなたを生んでよかったと今も心から思うわ。
あなたがいてくれたから夫がガンで死んでも、生きてこられた。あなたは私の希望だった。
あなたはいつも笑っていたわね。はにかんだ笑顔の可愛い、やさしい子だった。あなたの笑顔は周りに光をもたらしたのよ。けれど、その笑顔は私を心配させない為のものだったのね。あなたの机の引き出しから日記を見つけたわ。その時初めてあなたがいじめられていることを知りました。あなたがあんな目にあっていた時、私は一体何をしていたのかしらね。当時の私を何度殴りつけても足りないほど、私は間違っていたわ。楽しく学校に行っているものだと思ってた。あなたの心の声が聞こえなかった。陰であなたは泣いていたのに気づかなくてごめんね。母親失格だわ。本当は必死で助けを求めていたのにね。愚かなお母さんを許さなくていいよ。あなたはやさしい子だから、多分許してくれると思うけれど、私は私を許せない。一生私は私を許さない。
あなたはあの子たちにとって人間ではなかったのね。人という価値すらないのだから、人として扱われなくていじめられ、なぶられて辛かったね。
一度、担任の先生に手紙を渡したのね。
「先生なら助けてくれるかも」
と一縷の望みに賭けたんだよね。けれど先生は
「あなたの勘違いよ」
と言って手紙をその場で突っ返してきたんだね。その時あなたがどんなに絶望したか日記を読んで初めて知ったわ。日記には涙のあとがあったわ。あなたはめったに泣かない子だったのにね。
ごめんね。気づいてあげられなくて。
辛かったね。信じていたのに裏切られて。
苦しかったね。また地獄に逆戻り。
そして、あの子たちのいじめはだんだんと激しくなっていったのね。味をしめてしまったのでしょう。いじめが習慣化して、どんどんエスカレートしていったのに、あなたは最後まで私に心配かけまいとしていたのね。仕事先から疲れて帰ってくる私の為にご飯を作って待っていてくれたり、うたた寝していたら毛布をかけてくれたりして。いじめられていてもいつもと同じように振る舞って。
やさしい子。本当にやさしい子。
あなたはそんなにやさしい子だったから神様はあなたを自分のもとに早く呼び寄せてしまったのね。神に愛された子は早々に神のもとに行くというからね。もう傷つくことはないね。辛いことはすべて終わったからね。でもね、私は、もっともっとあなたと一緒にいたかった。いっぱい笑って、たまにケンカして、仲直りして。もっとあなたと『家族』を続けたかった。そういう日常がもうできないのは、この体が裂けるよりも辛い。そして、誰がなんと言おうと私は許さない。私からあなたを奪った全てを。あなたをいじめた子たちも、いじめを黙認していた先生も、あなたを天国に呼び寄せた神ですら、私は許せない。絶対に許せない。けれど、一番許せないのは私自身。あなたの痛み・苦しみ・悲しみをまったく知ることなく、のほほんと生きていた私自身。
いじめた子たちにとってあなたは人間じゃなかった、と日記に書いていたわね。いじめる子たちにとって人間じゃないあなたはどれだけ傷つけてもいい劣った存在だった、と。けれど、それは違うわ。あなたは大切な存在。大切な命。いたずらに傷つけていい存在じゃない。あなたは私の誇りなのよ。ずっと、いつまでもあなたは私の誇りであり自慢の子よ。
本当はね、今すぐにでもあなたのもとへ行きたい。この手で思いっきり抱きしめてあげたい。ごめんね、とちゃんと言いたい。けれど、今の私ではあなたのもとへ行く資格はないわね。だって私はまだ何もしてない。学校側はいじめがあったことを認めてないし、担任の先生も「いじめはなかった」と言い張って、あなたをいじめた子たちは今もぬくぬくと生きて学校に通っている。
だから、私は戦うわ。いじめがあった事実を白日のもとに晒してみせる。そして、この世界にいるであろうあなたと同じ立場の子や笑顔の裏で泣いている子の為にできることをするわ。たとえ神がいじめられたその子の運命は自殺と決めていたとしても、私はそれに抗いたい。まちがっているのは絶対に神の方だと思うから。あなたと同じ結末を迎えることは絶対に回避させるべきだと思うから。いじめをするすべての子と、いじめを黙認する学校と先生と、自殺によって早々に自分のもとへと呼び寄せる神と、私は戦うから。でも、最大の敵は彼らではないわ。最大の敵は私の弱い心。弱い私との闘争を生きている限り私はやめないわ。私がすることはただの自己満足かもしれない。すべて徒労に終わるかもしれない。けれど、何もしないままではあなたのもとへは行けない。だから、がんばるわ。
あなたは天国で見ていてね。あなたの母として恥ずかしくない私にきっとなってみせるから。今の私のままではあなたの前に立つことはできないけれど、いつか必ずあなたに会いに行くから。それまで私は生きるわ。あなたは私の誇りよ。いつもそうよ。これからだってそう。
 ありがとうやさしい子。あなたが私の子で良かった。私からの別れの言葉はこれで終わりよ。天国でいつかまた会いましょう。
 愛してるわ、私の子。神に愛された子。
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