神の8ビット・コンピューター

エピソード文字数 1,683文字

 ひと目見たときは、白と赤のコンパクトな機械だと思った。コントロラーが二つあることに驚いた。ⅠコントローラーとⅡコントローラーには、黒い十字キーと四角いAボタンとBボタンがあることに気がついた。一家に一台しかない十四インチのカラーテレビがディスプレイ装置となることに親はためらったが、わたしの兄は白い箱型のRFスイッチに被覆された半透明の(ろう)をライターであぶり、真っ黒に溶けた蝋をニッパーでつまみあげた。すると長さ三センチの銅線があらわれた。

「つぎはどうすればいいんだ?」
「わかんない」
 
 わたしの父と兄は、目を皿のようにして取扱説明書を読んでいた。柱時計の針は、すでに午後十一時四十八分をまわっていた。これは徹夜になるにちがいない――そう思ったわたしは、眠い目をこすりながらおおきな欠伸をした。

「ふわぁぁ~あ――まだできないの?」
「うるさい!」父は怒鳴った。「ガキは糞してとっとと寝ろ」
「えーん! パパにしかられた……えーん!」わたしは大声で泣きだした。
「あなたなんですか! そんな怒鳴らなくてもいいでしょう」母が言った。「いい子だから、もう泣かないの」頭をなでなでしてくれた。
「うん……ヒック、ヒクッ」
 わたしは泣きじゃくった。
「ちっ」と兄は舌打ちをした。
 わたしは兄に向かってあっかんべーをした。「べえっ」
「もう寝ましょう」
「うん」
 わたしと母は、手をつないでふとんを敷いてある和室へいった。
 
 わたしはふとんをかぶった、つぎの瞬間だった。
 ザァーッ――!
 テレビの砂嵐が鳴りはじめた。
「ちくしょう。どうして映んないんだ?」と兄。
「1チャンネルか2チャンネルを使用してくださいって、説明書に書いてあるぞ」と父は低い声で言った。

 ザァーッ――!
 わたしはうるさい砂嵐の音が気になったが、数秒後には深い眠りについた。


 翌朝になった。
「おーい、マー坊。起きろ」兄が叫んだ。「これ、めちゃくちゃおもしれえぞぉ」
「えっ、なあーに?」

 わたしは寝ぼけ眼のまま目をこすった。
 パジャマ姿のまま絨毯の上にちんと坐った。
 色鮮やかな野球ゲームの画面をみてびっくり仰天した。
「うわっ、すげぇー」
「まーく。やってみろよ」兄は目をキラキラ輝かせて、わたしにⅠコントローラーをさしだした。
「おれたちがGチームで、相手のコンピューターはTチームだ。いま相手のピッチャーが投げたら、タイミングをはかってAボタンを押して打つんだ。いいな」
「わかった」

 ピッチャーが投げた。
 ピュンッ!
 コキンッ!
 ビューン――! キューン――!

 打球はぐんぐん伸びる。
 白球はライトスタンド最上段に吸いこまれた。
 線審が頭のうえで腕をぐるぐるまわした。

 ♪デッテレレェレェレー、デッテレェレェレー、デッテレェレー 
 ワアーッ!
 
 スタンド内が七色に輝いてざわめいた。 
 打者は悠々(ゆうゆう)とダイヤモンドを一周した。
 わたしは生まれてはじめての野球ゲームで、初打席初ホームランを打ったのだ――あの感動を忘れることはできない――この機械の本体は、トランプや花札で有名なメーカーであることに気がついた。この機械がわたしにそっとささやいた。「よう、そこの坊や――おまえさんは大人になんかならなくていいんだよ――きみの一生分の運は、天に任せるとしようじゃないか――堂かね?」わたしはにやりと笑った。

 
 そして、それから長い歳月が流れた――わたしには妻も子供もいない、自由気ままな暮らしをしている独身男である――いつも部屋にひきこもっては、こっそり野球ゲームを楽しんでいる。

 野球ゲームは年々進化をとげてゆく。いまは『二〇一七年 家族球場 夏版』にぞっこんである。大人は誰しも社会の義務という重荷を背負っており、それに例外がないことはわたしも知っている。しかし、ああ神よ――この<神の8ビット・コンピューター>は、とてつもなく奥が深く、あまりにも面白すぎる。

 


 
 





 
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